第63話、ベルタ・ランドール
コーメ村の近くの丘陵地帯。晴れ渡る青空の下、ソウヤはバイクを降りて、何もない草地の上に片膝をついた。
アイテムボックスから、治癒の聖石と呼ばれる、青く輝く球体を取り出す。
ミストは荷台の上から、ソウヤを見守り、セイジは予備ポーションを持って、ソウヤのそばに立った。
「それじゃ、やるぞ」
ソウヤがアイテムボックスに左手を突っ込む。頷くミスト。セイジも緊張を隠せない。
「出てこい、ランドール!」
ソウヤはアイテムボックスから取り出したのは、ひとりの青年。茶色い長髪、緑の鎧をまとった彼はしかし、腹部に大穴が開いていて、出てきた瞬間、血がボタボタと垂れた。苦痛に歪んだその顔は、生気を失い、死にかけているのは一目瞭然だった。
「聖石!」
ソウヤは治癒の聖石を青年の腹部近くへ押し当てる。すると球体は、まばゆいばかりの青い光を放ち、青年の体を包み込んだ。光は体の穴を埋め、再生を促す。
治癒の聖石――それはいかなる傷も再生させ、瀕死の人間をも立ち所に回復させる奇跡の石。先日、ダンジョン探索で手に入れた超レアな品だ。
光が和らぐ。青年の傷が消え、その表情は苦痛から解放された。穏やかな表情。ソウヤは青年の脈を見る。
「……よかった、生きてる」
死亡まで残り数秒と思われた青年――ベルタ・ランドールは、治癒の聖石で奇跡の生還を果たした。ミストとセイジもお互いに顔を見合わせ、笑みをこぼす。
魔王討伐時代の勇者の仲間であるランドール。彼が死の運命から逃れたのを確かめ、ソウヤは安堵した。
肩の重みが、一瞬だけ解放された気分だ。だが、それはわずかの間でしかなかった。
ランドールが目覚めたら、ソウヤは、重い現実を突きつけないといけない。それを思うと、自然と表情が曇った。
・ ・ ・
ベルタ・ランドールが目覚めたのは、治癒の聖石が力を失い、消滅してからしばらくだった。
日が傾き、丘陵の陰が伸びる。目を覚ましたランドールは、まず自分の腹部の傷がなくなっていることに驚いた。
次に、自分がまったく心当たりのない場所にいることに目を回し、最後に十歳年をとったソウヤの姿に絶句した。
「よう、ランドール。色々困惑しているだろうが、ひとつずつ説明してやるから、まずは話を聞いてくれ」
魔王討伐の旅の道中、魔王の四天王のひとりとの戦いの最中、腹に魔法の槍を受けて貫かれてしまったランドール。
その四天王との戦いの結果を簡潔に説明し、ランドールはソウヤのアイテムボックスに収容されたこと、その後の旅で魔王は討伐され、それから十年の月日が流れたことを告げた。
「十年も……?」
ランドールは不安げな顔だった。普段から、冷静な戦士で、その落ち着き払った言動は、仲間たちの中で兄貴のような安心感があった。――たしか、二十四か、五歳だったような。
「いまじゃ、オレのほうが年上になっちまった」
「俺は……変わってないのか?」
「ああ、時間が経過しないアイテムボックスに入っていたから、あんたはあの頃のままだよ」
そこまで言って、ソウヤはランドールに頭を下げた。
「すまない。十年もかかっちまった」
時間の流れは残酷だ。ソウヤ自身は異世界召喚された口で、この世界に家族がいるわけではない。戦友たちは心配してくれていたが、十年経っても、懐かしい友人に会った気分で済んだ。
だが、家族や親友、恋人などがいる人間にとっては、十年ぶりの世界は違って映るだろう。兄弟姉妹が結婚して、子供がいたり、好きだった異性がやはり別の男とくっついていたり、あるいは身内の誰かがすでにこの世を去っていたり……。
「せっかく一命を取り留めたのに、元の場所に返してやることができなくて、ごめん」
「……いや、お前が謝ることじゃない、ソウヤ」
ランドールは空を見上げた。何を考えているのか、窺いしれないその表情。
「そうか、魔王に勝ったんだな。さすがだよ、ソウヤ。それでこそ勇者だ。世界は平和になったんだな……」
「……」
「そんな顔をするなよ。お前だって十年もベッドに縛り付けられていたんだろ? 同じだよ」
――いや、同じじゃないぞ。
ソウヤは心で思ったが、口には出せなかった。
「なあ、ソウヤ。俺は、故郷ではどう伝わっているんだ?」
「聞いた話じゃ、魔王との戦いの中で、戦死した扱いになっている」
ソウヤが昏睡、そして死亡ということになって、アイテムボックス内に収容されている者たちの生還もほぼ不可能になった――と、生存した仲間たちは判断したらしい。
その結果、王国にも死亡という報告が上げられた。もっとも、アイテムボックスの中に瀕死の人間などがいる、というのは仲間たちと極一部の者しか知らない、トップシークレットだったが。
「王国からは、あんたの村と家族に功労金が支払われてる」
「じゃあ、俺が帰ったら、功労金は取り上げられてしまうのかな?」
冗談めかすランドールだが、正直笑えない類いの冗談だった。
「そっか……もう変わっちまったわけだ。まずは、そこを受け入れないとな」
かつての戦友は遠くへと視線を飛ばす。
「随分遠くへ来てしまった気分だ。ここはコーメの近くだな?」
「ああ、あんたの故郷」
ソウヤは首肯した。
「オレは、十年前のコーメを知らないから何とも言えない」
どこがどう変わったのか、ソウヤの口からは説明できない。何せランドールから聞いたのは、故郷の名前と、家族構成や友人話くらい、実際に家族らと会ったことはなかったのだ。
「まあ、魔王との戦いで、十年後の未来に飛ばされちまった、とでも考えよう」
何とか前向きな発言をしているが、表情の硬さをみれば、ランドールがまだこの事実を全面的に受け入れていないのは明白だった。
いや、何とか受け入れようとしているのかもしれない。
「どうするのが最善なのか、わからない。だが俺はソウヤに助けられたのは間違いない。ありがとうと言っておく」
「ああ……」
それが正しかったのかはわからない。時間がかかっても助ける――その自分への約束は果たしたが、実際に人生を歩めるのはその当人だけ。十年の月日が、ランドールにとっては『死んだほうがマシだった』というものになっている可能性もある。
「だが、案外よかったのかもしれない、と思うかもしれない」
ランドールは立ち上がった。
「すぐに故郷に帰りたい気持ちもあるが、同時に怖くもある。しばらく、旅をするのもいいかもしれない。時間の流れってやつを受け入れるためにも」
「それがいいかもしれないな」
時間の流れは、時間をかけることで解決するかもしれない。少なくとも、ランドールの中で覚悟というか、現状が納得できるきっかけになることもある。
そこでふと、ランドールはソウヤの肩に手を置いた。
「ところでソウヤ。腹が減った。何か食い物あるか?」




