第613話、命の計算
「おやぁ……まさか、こんなところに来訪者とはぁ」
ダークエルフ男が、気怠い声を発した。緑の墓所の奥には、彼と、ガラスケースに収められ、虚ろな目をしているエルフたちがいた。
「ここには生きたエルフはもういないはずだが……いやぁ、違うなぁ。お前たちはエルフではない」
青いローブをまとう、魔術師のようなダークエルフは、ソウヤたちを見た。
「エルフでないものが、エルフの墓所にいるとは……お前たちは、アレか。墓泥棒か」
「集落に誰もいないから、こっちにエルフがいるんじゃないかって思ってきたんだ」
ソウヤは答えた。
「あんたはここの管理人か?」
「管理人……まあ、今となっては、そんなものかもしれないなぁ」
ダークエルフは、面倒臭げな態度で言った。
「エルフの森に入る人間というのも珍しいが……」
「ここで何をしているんだ、あんたは?」
「研究と生産」
ダークエルフは、近くにあった椅子に腰掛けた。
周りにいるエルフたちは、まるでマネキンのように動かない。呼吸はしているし、時々瞬きをするので、生きているのは間違いないが、抜け殻のようでもある。
「何を研究しているんだ?」
「複製、いや再生かな? 死んだエルフに新しい魂を吹き込んで、その体を動かす術」
「なっ……」
レーラが絶句する。リアハやカエデが息を呑み、カマルも驚く。
「死者を復活させる術か!?」
「いやいや、そんな大層なものじゃない」
ダークエルフは、小さく手を振った。
「私がやっているのは、死んだエルフの脳味噌を動かすことだ。お前たちは知らないだろうが、エルフのここは、とある装置の部品になるんだなぁこれが」
魔王軍の浮遊装置!
ソウヤは寒気と共にそれを思い出した。とあるエルフの集落が襲われ、魔王軍の飛空艇を飛ばすためのパーツを製造していた。おぞましき所業!
「お前は魔王軍か!」
「おやぁ、今の会話でそれがわかるとは、さてはエルフのここが何に使われるのか、知っている口だね」
ダークエルフは自分の側頭部を人差し指でグリグリやりながら言った。リアハやフラッドが武器を構える。ガルやオダシューはすでに武器を抜いている。
「まぁ、私も生きている者を殺して素材にするってやり方は好きじゃないんだ」
ダークエルフ魔術師は、ガラスの向こうのエルフたちへと視線を向けた。
「だから私は、死んだエルフたちを素材にすることを提案したわけだ。生きているエルフをわざわざ殺さなくてもいいじゃないかって……なあ、そう思うだろう?」
「ふざけるな!」
リアハが叫んだ。
「死体を玩ぶな! 人の尊厳を踏みにじるな!」
「……わからないかなぁ」
自身の髪をかきながら、ダークエルフは子供の問いかけにうんざりする大人のような態度で言った。
「10人のエルフの脳が必要だとする。生きたエルフからそれを取り出せば10人が死ぬ。だけど元々死んでいるエルフの死体10体からとれば、新たに10人のエルフが死なずに済むんだよ? 簡単な計算だ」
ここにいるエルフたち。彼の言い分から推測するに、死んだエルフだ。それをダークエルフが復活、いや再生させて、再び生きている状態にしたものだろう。
生気を感じさせない目や動かない表情のエルフたちを見ると、それは果たして生きていると言えるのか疑問だが。
「き、きさ――」
「なるほどでござる」
メリンダがいきり立つ中、フラッドが遮るように低い声を出した。
「アガタ殿も、ここのエルフたちと同じだったということでござるな。体はアガタ殿、しかし魂が新しい、別のものだったから、かつての記憶もなかった、と」
カーシュが保護し、連れてきたアガタの正体。この墓所に眠る彼女の遺体を、このダークエルフが再生させたものだというのか。
ここにいるエルフたちも、空になった棺に眠っていた者たち!
ダークエルフ魔術師は言った。
「エルフは遺体を腐らせない処置をする。おかげでここの遺体は新鮮だったよ。いくら魂を入れようとも、体が腐っていては意味がないからねぇ」
「死霊術士!」
サジーが杖を構えた。ダークエルフ魔術師は横目で、ため息をつく。
「私はむしろ錬金畑のエルフなんだが……。その様子だと、私の慈悲について、まだわからないようだ」
「慈悲だと? 死者を利用するなど外道の所業! 断じて許すわけにはいかない!」
「許す? お前たちの許可などいらない。いったい何様だぁ人間? 許すも許さないもない」
ダークエルフ魔術師は正面から向き直る。
「そもそも、お前たちはここのエルフと何の関係もないだろう? 関係ないエルフのこと云々で口出しする権利はない」
「関係なく――」
「人間の論理を、さも正しいことのように振りかざすのは、やめたまえ。滑稽だよ。だからお前たちは、下等な猿だって言われるんだ」
「もういい、黙れ!」
リアハが一喝する。しかしダークエルフ魔術師は鼻で笑った。
「弁舌で勝てないから吠えるか。そうやって黙らせようとするのは、自分は負けましたという何よりの証拠だ。……何と言ったか、そう、弱い犬ほどよく吠えるだったか」
ダークエルフ魔術師は淡々と言った。
「まあ、いいさ。私を殺して、ここのエルフたちも一緒に殺せばいい」
「言われるまでも――」
「待て!」
ソウヤは声を張り上げて、ガルやメリンダ、リアハの動きを止めた。
「まだ話は終わっていない。……あんた、ここのエルフはどうした?」
「ソウヤ?」
カマルが目を剥いた。
「ここのエルフって、死者に新しい魂を入れて、あんな抜け殻のように――」
「そうじゃなくて。……集落にいたエルフたちだよ」
墓所の遺体ではなく、カーシュやダル、アガタの再生体、集落で生きていたエルフたちはどこにいるのか?
「いい質問だ。……えーと、ソウヤ、だったかな? 君は冷静だ」
ダークエルフ魔術師は、薄く笑みを浮かべた。
「おかげで、ここの集落のエルフたちは、人知れず闇に葬られずに済んだかもしれないわけだ」
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