第56話、ブレスと巨岩と
ソウヤが真顔で問うた時、ミストは目を丸くしてしまった。
「ワタシにブレスが撃てるかですって?」
挑むように、その目が光った。
「愚問だわ。ソウヤ、今のが冗談だったら、最高に下らなくて面白くなかった」
「割と本気」
「だったら、どうしようもないマヌケな質問よ」
ミストは鼻をならした。
ドラゴンが恐れられる理由のひとつ、ドラゴンブレス。
口腔から放たれる魔力のこもった吐息は、時に炎となり、氷となり、雷となり、光となる。
どんな軍勢も、遮蔽のない場所でドラゴンに挑もうものなら、その吐いたブレスの一撃で壊滅的打撃を被るだろう。
単独行動の多いドラゴンが、多数の敵を制圧する威力を持つのも、ドラゴンブレスによるものが大きい。
「でもそうね……。本当に撃っちゃう? 撃っちゃっていいの?」
気分を損ねたかと思えば、そうでもなさそうだった。
「誰も見ていないからな。派手にやってもいいぞ」
「その言い方は少し傷つくわね。あなたは見ているでしょ?」
「まあな」
ソウヤは、崖のようになっている上から、下でひしめているコボルトの大集団を指さす。
「すでに先頭は通路に沿って進撃しているだろうけど、ここにいる奴らにまず打撃を与えてやろう」
「いいわ。やってあげる」
そう言うとミストは隠れていた岩から、身を乗り出し、高台から崖下を一望した。コボルトが顔を上げれば、漆黒のドレスをまとう美少女の姿が見えるだろう。
すっと息を吸い、呼吸を整える。深呼吸を三回。そこでミストは、カッと目を見開いた。
「やるわ」
すっと深く息を吸う。体内の魔力が活性化、それを呼吸に混ぜて口腔へと集束する。
ダンジョン内に光のような炎が走った。
ドラゴンブレス!
ミストドラゴンの吐息は、金属をも溶かす業火となって、下にいるコボルトの大集団に降りかかった。
ギャッ、と悲鳴が聞こえたのも一瞬、薙ぎ払うような一閃が数十ものコボルトを飲み込んだ
その熱はすさまじく、直接熱線を浴びなかったコボルトの装備を溶かし、毛を焼き、炎をまとわせた。
阿鼻叫喚。
炎に巻かれ、のたうつコボルトが無事だった仲間たちに火を移し、さらなる炎を広げる。大群ゆえに身動きがとれず、炎は次々に伝播していく。
コボルトたちの絶叫が木霊し、地獄が具現化する。少なくとも百体以上が、ブレス攻撃で消失ないし炎上する。悲鳴じみた遠吠えが響き渡る。
「密集などしているから悪い」
ソウヤは同情はしなかった。それにまだ序の口だろう。
こちらに気づき、生き残ったコボルトたちが、比較的緩やかな傾斜へ迂回し、ソウヤたちのいる高台へと駆けてくる。他は切り立った崖のようになっているので、登ってくるルートは限定されているのだ。
「ここから局地戦だ」
ソウヤはアイテムボックスを開き、英雄時代にストックしていた『巨岩』を選択する。
「それいけぇ!」
取り出した大岩が、斜面に沿って転がっていく。巨岩が坂を下り、勢いを増す。登ってきたコボルトたちに襲いかかる殺人ボーリング。潰れ、肉塊となるコボルトを次々に巻き込み、血を撒き散らす。
「なにあれ?」
ミストの問いに、ソウヤは相好を崩す。
「昔、魔王軍との戦いの時に使っていた投石器の弾だよ」
かつての戦いで、魔王軍相手に用いた大岩転がしや投石器用の大岩――場所をとるからとアイテムボックスに入れて持ち運んでいた時のものだ。
「なんで持っているのよ?」
「オレが運べば輸送の手間がかからないからな」
投石器用の岩を運ぶのに必要な人員を節約できるのだ。
「さすがに今持っていても売り物にはならねえから死蔵されていたんだが、意外に使い道もあったな」
「ふん、便利なものね」
ミストは微笑した。ソウヤは次の大岩を用意する。
「球はあるが、これもある程度しか使えんだろうな。敵さんも、ここ以外の場所にもいるだろうし、効率悪いようなら場所を変えるぞ」
向かってくるコボルトたちに、再度の巨岩転がし。登れる斜面の範囲が限られているので、連続して落としてやると回避もままならないのだ。
コボルトがいとも容易く轢き殺されていく。勢いよく転がる巨岩を受け止めるなど、コボルトではまず無理で、骨を砕き、圧殺されていく。
それでも、無謀な突撃が何度も繰り返された。転がってくる大岩が、そんなに沢山あるはずがない、と判断したのだろうか。
だがソウヤがアイテムボックスにしこたま巨岩を運んでいたことなど知らない彼らは、突撃と引き換えに、同族の無惨な屍を量産する結果となった。
「あいつらは馬鹿なのかしら?」
「仕方ないさ。あいつら、こっちがどれだけ岩を出せるか知らないんだから」
呆れるソウヤたちを余所に、これはいよいよおかしいと判断したか、コボルトたちは斜面を登るのを諦めた。
そのまま別ルートをとって、この空間から移動を始めたのだ。つまり――
「こっちを無視するわけね。生意気ぃ」
「そういうことなら……!」
ソウヤは出した大岩を掴む。魔力による身体強化で、巨岩を持ち上げる。
「どうりゃぁぁあっ!!」
持ち上げた岩を投げる。人間カタパルトだ。投げた巨岩は、コボルトたちが通りつつある別ルートへの入り口に落下し、下にいた者を踏み潰すと出入り口を封鎖した。
「そうれ、もういっちょぉぉっ!」
連続して岩を放り込んで完全封鎖。進もうとしていたコボルトどもが足止めを食らい、恨みがましく吠える。
足の止まったコボルト、これまた数十体。
「ミスト、ここでの仕上げだ。焼き付くせっ!」
「承知!」
バサッと背中からドラゴンの翼。ミストは飛び上がると、再び口腔に魔力を集めて、コボルトの集団の上から、一気に浴びせかけた。
またも多数のコボルトが溶け、そして燃え上がる。
ソウヤは戦果を確認し、満足した。
「ここはもういいな。ミスト! 場所を移すぞ!」
「それはいいけど、ソウヤ」
すっと翼をはばたかせて、降りてくるミスト。
「ここはどうするの? ワタシたちが引いたら、ここから追ってくる奴らもいるんじゃない?」
「そうだな……ここは岩で道を塞げばいいだろう」
それでこちらの背中を襲われることはない。ソウヤはミストとこの空間から撤収し、大岩で通路を封鎖した。狭い出入り口に数個の巨岩を重ねたから、何人で押そうがコボルトでは突破できない。




