第332話、母と子
王都にあるイリクの屋敷の前、ソウヤは建物を見上げる。
大きな屋敷である。バロールの町近郊にあった実家もかなり大きかったが、王都にある屋敷もまた負けていない。
ソフィアもまた、自分の家でもある屋敷を見上げている。その隣に立つリアハが口を開いた。
「緊張してる?」
「ええ……」
「落ち着いて」
「わかってる……」
深呼吸をするソフィア。
――ガチガチに緊張しているじゃないか。
ソウヤは、ソフィアとリアハのやりとりを聞きながら思った。
父イリクとの関係が良化したソフィア。魔法が使えるのは間違いなく、それならば胸を張って母に報告すべきとの勧めを受けて、今に至る。
ついでにイリクは、ソフィアがお世話になっている銀の翼商会と、魔法の師匠たちを屋敷に招待した。
そんなわけで、ソウヤとミスト、ジンもお呼ばれされたのだが――
「何か、こっちまで緊張してきた」
「ワタシも、ちょっと後悔しはじめているわ」
ミストは口をへの字に曲げた。
「何でワタシも呼ばれたわけ……?」
「師匠枠だろ。聞いてなかったのか?」
「さあ、忘れたわ。師匠ならお爺さまがいるじゃない」
「まあまあ、せっかく招待されたんだ。断るのも失礼だろう?」
ジンが取りなすが、ミストは肩をすくめる。
「知らないわよ、人間の作法なんて」
広い庭がある。奥の屋敷から執事と思われる初老の男性がやってきた。
「銀の翼商会の方々とお見受けします」
「……」
「ああ、はい」
オレが返事するのか――と、周囲の視線でソウヤは気づいた。
「ようこそ、おいでくださいました」
「旦那様がお待ちです。こちらへどうぞ――」
というわけで、敷地内に足を踏み入れる。執事らしき人物の案内で、ソウヤたちは屋敷の中へ。
入った途端、整列していた従者たちが頭を下げた。
「扱いがVIPだな」
思わず声に出るソウヤである。昼間ぶりのイリクが、美人の女性と立っていた。
「ようこそ、グラスニカ邸へ」
イリクはソウヤたちを歓迎した。彼の隣の女性……おそらく奥さんだろう彼女も淑女らしく礼をした。暗めの赤いドレスをまとうその女性は、二十代後半ほどに見えるが、ソフィアによく似て、美人だ。
「こちらは妻のアヴラ」
「アヴラです。お初にお目にかかります」
娘がお世話になっています、という彼女に、ソウヤは「こちらこそ」と応じる。
当のソフィアはリアハと後ろにいて、ソウヤたちのやりとりを見守る。
そして、彼女とアヴラの視線が合った。ソフィアは口を開くが言葉は出なかった。何て言えばいいのかわからなかったのだ。
実家に引きこもり、しばらく顔も見ていない母親に対して、かける言葉が浮かばないようで。
アヴラもまた、ソフィアを見つめたまま、言葉を探しているようだった。彼女もまた、久しぶりの娘にどう対応したらいいか悩んでしまっていた。
気まずい。
そこへイリクがソウヤたちを奥へと招いた。
――おっ、母と子が会話しやすいように、俺たちを移動させるつもりだな。
屋敷の主の誘いでもあるので、ソウヤはそれに乗っかった。ソフィアの問題は、つまるところ家庭の問題であるわけで、部外者があまりとやかくいうものではないのだ。
・ ・ ・
ソウヤたちが移動すると、予想通りアヴラが残り、それにつられてソフィアも残る格好となった。
リアハが、「頑張って」と囁いて場を離れた。いよいよ二人となり、ソフィアはしばし母を見つめる。
話すなら今だ。だが何といえばいいのか。思えば、ここしばらく、母親とはろくに会話すらなかった。
嫌っているわけではない。むしろ遠ざけていたのは自分だという思いがあって、ソフィアは格好がつかないまま躊躇ってしまう。
「……お帰りなさい」
アヴラが先に声をかけた。とっさのことに、ソフィアは戸惑う。
「あ……ただい、ま……」
ぎこちない返事。アヴラの視線を受けて、ソフィアは落ち着かなかった。
「その……」
「……」
「お、お母様」
ソフィアは落ち着かず視線が、泳ぎぱなしだった。まるで悪いことをしたのを親に叱られるのを恐れるように。
「その……私……。……、……魔法が、使えるようにな――」
何とか言葉を出そうと四苦八苦していたら、ふいにアヴラに抱きしめられた。柔らかな母の胸に抱かれて、何が起きたのか一瞬わからなかった。
だが、それが何かわかると、急に目の奥が熱くなってきた。
「お帰りなさい、ソフィア」
「おかあ、さ――」
視界が歪んだ。涙が溢れて、ソフィアは母の胸に顔をうずめた。
わけがわからない。理性も理屈もなく、ただ感情が、母の温もりに吸い寄せられ、ソフィアは泣いた。
・ ・ ・
晩餐に招待され、お食事が進む。
イリクはジンと魔法談義。
ミストは、ここの味付けが気に入らないようで、いつものように焼肉タレを所望した。一応、ホストであるイリクに断りをいれた上で、ソウヤはミストのステーキに焼肉タレを使用。
イリクは、銀の翼商会での食事について知っているので、むしろ「申し訳ない」と謝っていた。ドラゴン様の機嫌は損ねないに限るのは知っている。
ソウヤは、ソフィアとアヴラが中々現れないことを気にした。親子でじっくり話しているのだろうとは思うのだが……。
「心配ですね」
リアハが友人を思い、そう言った。グレースランドのお姫様もまた、気にかかっているようだ。
「ま、なるようになるさ」
祈る他ない。ソウヤは食事に戻るのだった。
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