第311話、親子は話がしたい
「こちら、クラウドドラゴン。何故かうちに同行しています」
ソウヤの紹介に、当の灰色髪の美女――クラウドドラゴンは無言。一方のイリクは興奮を隠しきれず頭を下げた。
「お、お初にお目にかかります。偉大なる風の王」
「ふむ」
クラウドドラゴンは淡泊な反応だった。ソウヤは言った。
「こちら、さっきあんたが模擬戦やっていたソフィアのお父さん」
「ふうん……」
「……それだけ?」
「他に何か?」
クラウドドラゴンはソウヤを見た。
「別に。そういや、なんで、模擬戦なんかやったの?」
「ヒマだったから」
実にあっさりした理由だった。ソフィアに頼まれた、とか、彼女に何か光るものをみて試してみたとか、そういうのはないようだった。
「我が娘にご指導いただき、まことにありがとうございます!」
うやうやしくイリクは頭を下げた。クラウドドラゴンは、どう返したものか、と考える素振りを見せたが、諦めてスタスタと去っていった。
「……相変わらず、よくわからないドラゴンだ」
「ソウヤ殿は、伝説級のドラゴンにも、まったく動じておりませんな! ヒヤヒヤしました」
「そうですか? まあ……そうかもしれない」
ふつう、ドラゴンと言ったら、もっと恐れたりひれ伏したりするものかもしれない。
イリクは感慨深げな顔になった。
「しかし、ここは行商とは思えないほど充実していますね、ソウヤ殿」
飛空艇にドラゴン……。
「ドラゴンは、メンバーではなく同居人みたいなものです。なので商会とは関係がないんですよ」
ミストは除く。彼女は個人的にも、銀の翼商会の一員の自覚はあるだろう。影竜は絶対にないし、クラウドドラゴンはそもそも、銀の翼商会が何なのかすら知らない。
「それでも、この環境は目を見張るものがありますね。優れた魔術師に、偉大なるドラゴンからも指導してもらえるなど、王都の魔法学校よりも充実しています」
「王都の魔法学校には、ドラゴンはいないでしょうからね」
苦笑するしかない。ドラゴンがいたら困るんじゃないだろうか。
「もし、ここが学校なら、私が通いたいくらいです」
イリクは、やはりまだ興奮が抜けきれないようだった。
「ジン殿の魔法、ミスト殿の指導……クラウドドラゴンからも手解きを受けられるとは、娘が大変羨ましくあります」
伝説のクレイマン王に、上位ドラゴンに、伝説の四大竜の一竜。豪華過ぎる顔ぶれである。世界広しと言えど、ここまで豪華指導を受けられる人間など、そうはいないだろう。もう後は、神様から直接教わったくらいでないと。
「娘の成長にも感心いたしました。彼女の魔法は、私の見たところ一等魔術師のそれに匹敵します」
「声をかけますか、娘に」
ソウヤは促した。しかし、イリクは控えめな笑みを浮かべた。
「どうでしょうか。私は娘に嫌われている」
ソフィア自身が口にしていた言葉。冷遇してきた過去。その自覚があればこそ、イリクを尻込みさせる。
「かつては才能があったのです。私たちは、彼女の将来に希望を抱いた。ですが、ある日を境に、ソフィアの手から魔法が消えてしまった。それが呪いの仕業だと私たちは知らぬまま、彼女を遠ざけてしまったのです」
イリクは肩を落とした。
「それを今になって、手のひら返しです。……まったく、情けないったらありゃしない」
「……声をかけてあげましょうよ」
ソウヤは、ミストと話しているソフィアの背中を見た。
「今さら、と彼女も怒るかもしれない。でも、彼女は、あなたの言葉を待っている」
魔法を使えるようになって、家族を見返すんだ、と言っていたのを思い出す。見返す、ということは、イリクや一族の者たちに力を見せつけて、評価されたいということだ。
「むしろ、嫌われているかもと声をかけないほうが、もっと酷いことになると思いますよ」
「そう、ですかね……」
イリクは自嘲した。ソウヤとジンが頷いたので、彼も覚悟を決めたらしい。
宮廷魔術師である父は、娘のもとへと歩く。
ミストがちら、とイリクに気づいた。しかしソフィアは、魔法について話し続けて、父親がすぐそこにいるのに振り向かなかった。
「……なあ、爺さん、これ、ソフィアわざとやってる?」
「だろうね」
老魔術師は顎髭に手を当てる。
「年頃の子にありがちな行為だ。本当は話したいが、素直に向き合えない」
「つい意地を張ってしまうやつ」
「頭ではわかっていても、素直になることが恥ずかしい。こういう時は、つい余計なことを言って、しばしば関係をこじらせてしまうことがある」
「だが、話をしないことには何も変わらない」
ソウヤは、話が終わるのをじっと待っているイリクを見やる。声をかけるのも、ためらっているのか。自分が娘にどんな態度をとってきたかわかっているからこそ、踏み出すのが難しいのだろう。
「どうするね? 助け船を出すか」
ジンが聞いてきたので、ソウヤは肩をすくめた。
「このまま見て、ソフィアがどこまで話を引き伸ばせるか見物ではあるが、あいにく、そんな暇人でもない。さっさと動かしてやろう。――ミスト! すまん、ちょっと来てくれ!」
ソフィアの話し相手のミストを用事で呼び出して、話を無理矢理中断させるパターン。場の状況を察していたミストは、ソウヤの誘いにすぐに乗った。
「悪い。呼ばれたわ」
ミストは、ソフィアを残し、俺たちのほうへきた。結果、ソフィアとイリクが残った。
気まずいのか、お互いに沈黙している。
「……どちらから先に声をかけると思うかね?」
ジンが、懐から金貨を一枚出した。――おっと、賭けか。
「ソフィアが先に金貨一枚」
「私は、イリク氏に金貨一枚」
「ワタシは、同時に言って詰まるに金貨一枚」
やってきたミストが乗ってきた。
「お前、金持ってないだろ」
「あなたがワタシ用にお金をプールしているのを知っているのよ?」
ふだんお金を持たないミストだが、ソウヤは給料はちゃんと出していた。そのお金のことを言っているのだ。
「同時か……それは考えなかった」
俺たちは、グラスニカの親子を眺める。お互いに言葉はあるだろうに、なかなか切り出せないようだった。見ているこちらがじれったい。
イリクは何度か口を開くが、肝心の言葉がでなかった。
「……何か言うことはあるの?」
ソフィアが第一声を発した。
――よしっ!
賭けはソウヤの勝ちだった。静かにガッツポーズをするソウヤ。そうとは知らないソフィアとイリク。
「何から話したらいいのか……」
イリクは小さく首をふりながら言った。
「立派になったな、ソフィア」
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