第306話、イリク・グラスニカ
何やら騒動のにおいがした。
グラスニカ家で何かが起こっている。ソフィアの実家の話であり、アルガンテ王にとっても、頼りにしている宮廷魔術師一家の話だ。
そんなわけで、王城で勤務中のイリク・グラスニカが呼び出された。
「イリク、参りました」
「ご苦労。こちらへ来てくれ」
アルガンテ王が呼ぶと、痩身の中年男性――おそらくイリク・グラスニカだろう。彼がやってきた。
赤い豪華そうなローブをまとう姿は、さすが宮廷魔術師である。やや神経質な顔立ちをしているが、目元あたりがソフィアと似ているのは彼女の親らしいとソウヤは感じた。
そのイリクは、ソウヤたちを一瞥したが、レーラを見かけて息を呑んだ。
「もしや、レーラ様? グレースランドの聖女様ではございませんか?」
「はい」
自分に声を掛けられると思っていなかったのか、レーラが緊張した。イリクは礼をとった。
「お初にお目にかかります。イリク・グラスニカ。こちらで宮廷魔術師をしております。失礼ながら、一度お姿を見かけており、いつかこうして挨拶できればと思っていました。まさかここでお会いできるとは……」
「イリク様。グラスニカのことは以前より聞いております。こちらこそ、お会いできて嬉しいです」
「光栄です、聖女様!」
少々、興奮している様子のイリクである。アルガンテ王が咳払いした。
「イリク、もういいかな?」
「失礼しました陛下」
イリクは頭を下げた。
「うむ、貴様を呼んだのは他でもない。グラスニカ家でここのところ、いくつか問題が発生している件についてだ」
「はい。……ご心配をおかけしまして、申し訳ございません」
「こちらに直接何かがあったわけではないから、それは構わんのだが……どうだ、そちらのほうは片付きそうか?」
「はい、そちらは直、収拾をつけます」
頭を下げ続ける宮廷魔術師。アルガンテ王は言った。
「その問題とは、娘の呪いについてか?」
「はっ? 娘……でありますか?」
予想外の言葉だったらしく、イリクは顔を上げて、驚いた。
――あれ?
アルガンテ王が、ソウヤに向いた。
「娘……名前は何という?」
「ソフィアです」
「そう、ソフィア。彼女に呪いがかけられていたことが関係しているのではないかと、聞いている」
「ソフィアが……!? いえ、申し訳ございません、存じ上げませんでした。の、呪いとはいったい?」
知らなかったらしい。この反応は、演技とも思えない。ソフィアの呪いに関しては、イリクは白か。
「ソウヤ」
「……ソフィアは――イリク氏の娘さんは、何者かに魔法を封じる呪いをかけられていたのです」
「魔法を封じる呪い!? 彼女が! まさか、彼女が魔法を使えなかったのは――」
「ええ、その呪いのせいです」
ソウヤは、きっぱりと告げた。イリクは困惑する。
「そんな……」
「気づいておらんかったのか?」
アルガンテ王が呆れた様子で言った。イリクは首を横に振る。
「気づくも何も……。しかし、何故、娘に呪いを掛けられているとわかったのです? えーと」
「銀の翼商会のソウヤと申します。娘さん……ソフィアは、魔法が使えないことに悩んでいました。それで、私の商会にいる魔術師が診断した結果、呪いが掛けられていたことが判明したんです」
「……」
信じられない、という顔になるイリク。ソウヤは続けた。
「もちろん、すでにソフィアの呪いは解除しました。彼女は、もう普通に魔法が使えます」
「何ですって! それは、本当ですか!?」
「それは私も保証します」
レーラが口を開いた。
「いま、ソフィアさんは、魔法のトレーニングに励んでいます」
王都での魔法大会に向けて、師匠たちの訓練を受けている。いや、今はその大会のエントリーに行っていたか。
「ソフィアが魔法を……? ……すみません、ちょっと整理させてください」
イリクは近くの椅子にへたり込んだ。何もかも不意打ちで、しかも急展開だったのだろう。
彼の中では、ソフィアは魔法が使えず、実家のバロールの町にほぼ軟禁状態だったというところで止まっているのだろう。
――うん?
ソウヤはそこで疑問に思った。だから聞いてみた。
「失礼ながらイリクさん。あなたは、ソフィアが実家を飛び出したことはご存じでしょうか?」
「は? いや、飛び出した、とは?」
そこからか――ソウヤはため息をついた。実家にいるだろう人たちは、ソフィアの家出をイリクに報告しなかったのか。
「彼女は、いま、私たちの商会にいます。ちなみに、この王都にです」
「まさか、そんな! 飛び出したとは、いつのことです!?」
もうそれなりに日は経っている。少なくとも、バロールの町から王都へ使者を送っても余裕で往復できるくらいは。
「私のもとには、その報告は届いていません……」
愕然とするイリク。
――そりゃそうだ。実家に閉じ込めたはずの娘が、かなり前から外に出ていたなんて。しかもそれを知らされていないなんてさ。
ソウヤは、正直に反応に困った。
「つまり、実家は、あなたにソフィアの家出の件を報告していない。実に、興味深い話ですね」
家出を許したことの発覚を恐れたのだろうか? 冷遇されている娘とはいえ、実の親に知られたら、ただで済むわけがない。
それとも、親――イリクが、わざわざ実家に足を運ぶことがないと、黙っていればわからないだろうと、高をくくっているとか?
何とも怪しい話である。これは何かあるんじゃないか――ソウヤは思った。
「ひとつ、疑問があるのだが――」
アルガンテ王は言った。
「イリクよ。貴様の一族が忙しくしているのは、娘とは関係ないのだな? ならば、その事情とは何なのだ? トラブルとはいったい何だ?」
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