第291話、邂逅、クラウドドラゴン
「クラウドドラゴン!」
ミストが振り返れば、そこにいたのは灰色髪の美女。どこかチャイナドレスを思わせる白と黒のドレス。二十歳前後の絶世美女が、柱の上に座ってこちらを見下ろしていた。
――ドラ、ゴン……?
ソウヤは目を丸くする。
同じくその場にいた、ガル、リアハ、ソフィア、ダルらも同様だ。まったく想像だしていなかったのだ。
「アナタからは風のニオイを感じるわ」
クラウドドラゴンと呼ばれた美女は、淡々とミストを見た。
「名乗るのを許すわ」
「ミストドラゴン」
「……なるほど、どちらかというと水の一族寄りね。道理でおぼえがないはずだわ」
美女は、それで興味をなくしたように周囲に視線を向けた。
「ここはいい場所ね。アナタのテリトリー?」
「ワタシのテリトリーではないけれど、ここの主なら、そこにいるわよ」
「ふうん……」
美女の目が、その主――ジンに向いた。一瞬、人間の目ではなくドラゴンの目になったのを、ソウヤは見逃さなかった。
なりは人間だが、このプレッシャーはドラゴンだ。
「ここの主さん? アナタ、ただの人間ではないわね。どこかワタシたちと同じニオイがする。名前を聞いてもいいかしら?」
「ジンというしがない放浪者だ」
老魔術師は答えた。
「そして、かつてクレイマンとしてここに城を築いた者でもある」
「クレイマン……懐かしい名前ね」
クラウドドラゴンは顔を上げ、天を仰いだ。
「そう、懐かしくはある。けれど、覚えていないわね。どこで聞いた名前かしら……?」
「5500年ほど前、この世界でちょっとした騒ぎを起こした人間だよ。ちなみに、直接会ったことはない」
「そう。ならいいわ。会っていないのなら、覚えていないのも道理」
ひょい、と柱から軽やかに飛び降りる。
「それで、こんな空を飛ぶ島という不思議なものでここにやってきた理由を聞いてもいいかしら? いきなりだから、ワタシも驚いたわ」
「それは、我らのリーダーである彼から説明がある」
と、ジンはソウヤに振った。
――ここでオレかよ! いやまあ、銀の翼商会のボスだもんな、オレ。
ソウヤは一歩前に出た。
「えー、とオレはソウヤ。十年前に、魔王を討伐した元勇者で、今は商人をしている」
「勇者……へえ、キミが」
興味なさげだった彼女の目に、わずかながらの好奇心の色がよぎる。
「それで?」
「ここに大精霊の本体があると、その使いである分身から聞いた。本体と分身を会わせるためにここに来た」
ソウヤは、正面からクラウドドラゴンを見つめる。
「ただ、あいにくとクラウドドラゴン、あんたがここに嵐を起こしていたから、普通の方法では近づけなかった。そこでこの浮遊島で直接乗り付けたってわけだ」
「ふうん、じゃあ、別にワタシが目的だったわけじゃないのね……」
「嵐が発生しているから、あんたに鎮めてもらえたら、って探してはいたんだがね。まさかその嵐の原因だとは思わなかった」
「それは災難だったわね。ごめんなさいね」
クラウドドラゴンが謝った。これにはソウヤをはじめ、一同に衝撃が走った。
伝説の四大竜、その一角であるクラウドドラゴンが、人間ごときに詫びる。人間を下等種族と見下しているドラゴンが……。
「でも、ワタシにも都合があったのよ。言い訳になってしまうけれど、一応聞く耳はお持ちかしら?」
「聞く耳はあるが、だいたいのところは理解している。あんたはウィスペル島をテリトリーにしていたが、そこで機械人形とゴーレムにぶつかって傷を負った。それで退避したんだろう?」
「……よく知っているわね」
クラウドドラゴンの目が険しくなった。
「まるで見てきたように言うのね」
「あんたを訪ねて、現地に行ったからね。人形やゴーレムの町があった」
「それには、私から一言」
ジンが口を開いた。
「あれは元々、私が作った古いガードだったものだ。防衛状態だったところに、何らかの事故であなたと接触、交戦となった。不幸な衝突であった」
「つまり、アナタの仕業?」
「……というより、あなたが私のテリトリーを侵害したのが衝突の顛末だろう」
老魔術師は謝らなかった。ドラゴン相手に人間がこのような態度を取るとは大胆不敵。
「ほう……?」
クラウドドラゴンの声がにわかに険しくなる。しかしジンは謝らない。
「私がしばらく留守にしている間に、あなたが私の島へとやってきた。そこでテリトリーを巡って衝突した。ただそれだけのことだ。自然界ではよくあることだ」
「その通り。その争いの結果、ワタシは負けた、それだけのことだ」
クラウドドラゴンはあっさりと矛を収めた。徐々に高まっていた気配が和らぎ、ソウヤたちは、そっと肩の力が抜けた。
だが。
「話はわかったわ。テリトリー争いの結果をどうこう言わない。ただ……ワタシ、ここが気にいったのよ。空を飛ぶ島なんて、風の竜であるワタシにふさわしいと思わない?」
「絵にはなるね」
ジンは言った。クラウドドラゴンの目が光った。
「この島をワタシにちょうだい」
島をよこせ、ときた。この浮遊島を新しいテリトリーとすることで、過去のことは不問にする――クラウドドラゴンの言葉は、つまりそういう意味だ。
いきなり問答無用で襲いかかるよりは、紳士的ではあるが……。
「居住権は認めよう。場所も好きに選ぶといい。島に自分以外の生物がいても悪いことはあるまい」
老魔術師は、すらすらと言った。
「もし認めないというのなら、その時は、テリトリーをかけて戦うしかないが」
「その時は、オレも手を出すぞ」
ソウヤは進み出た。
「仲間の家にちょっかいを出すなら、黙ってるわけにもいかないからな」
「ふうん、古の魔術師に勇者か。さすがに荷が重いわね」
クラウドドラゴンは、ふっと笑みを浮かべた。
「島に自分以外の生き物がいても悪いことはない、か……。いいわ。その条件でいきましょう」
すっとクラウドドラゴンは、ソウヤとジンのもとへと歩み寄った。
「それじゃあ、ワタシはこの島に住むから、よろしく」
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