第192話、はっきり分かれる好き嫌い
影竜と思われるドラゴンから、念話が届いたミスト。ソウヤは『不明者を見つけたら帰る』とミストに返信させた。
ジンが、ソウヤの近くにきた。
「……よいのか? ここにいる理由を聞かなくて」
「順番ってやつだよ」
まずは、こちらの目的を明らかにしてやることが大事だ。
念話を飛ばしていたミストが眉を潜めた。
「『帰れ』と繰り返しているけど……? 相当苛立っているみたいよ」
「その答えには、オレも苛立ちそう」
ソウヤは舌打ちしたいのを堪える。
「『不明者を見つけたら帰る』繰り返せ」
ミストは肩をすくめて、念話を飛ばした。さながら伝言板のような状態だ。少々長い沈黙は、何かのやりとりか。
次の瞬間、ミストが槍を構えた。
「動いた。どうも痺れをきらして、こっちを襲うつもりみたい」
「ミストの時は話し合いがうまくいったのになぁ……」
ぼやくソウヤに、ミストは笑った。
「世の中、ワタシのように寛大かつ賢いドラゴンばかりじゃないってことよ」
「頭の硬い奴はどこにでもいるってことだな」
ソウヤも斬鉄を握り込んだ。
「話のわかる奴とは、あまり戦いたくないんだがな」
「そうも言ってられないんじゃない? 相手はお冠のようよ」
「お前、何か怒らせるようなこと言ったんじゃないだろうな?」
「『人の話を聞け、根暗野郎』くらいは言ったわね」
ミストは冗談めかした。
「おいおい、煽ってんじゃねえか」
ソウヤは首を横に振る。ジンが、強化防御魔法を重ねがけして、ドラゴンの攻撃に対する備えを万全にする。
「で、ミスト。その根暗竜は、どの辺りまで来てる?」
「すぐそこまで迫っているわ! ……とっ?」
ミストが頭を上げた。
「止まったわ。すぐそこで」
「何で?」
身構えていたソウヤだったが、急な停止に拍子抜けしてしまう。ジンが、のんびりした調子で言った。
「眩しいから、足が止まったんじゃないか?」
「あ……」
暗闇の中に生きる影竜である。それまで真っ暗闇の中で活動していたのに、陰がまったくないほどの明るい通路に差し掛かって、それ以上進めなくなったのかもしれない。
「どうする?」
「このまま進んだら?」
「そうしよう」
光球と共に前進。すると――
「あ、ドラゴン、後ろに下がってる」
「光がまったく駄目な奴か?」
このドラゴン、実は大したことなくね?――唐突に漂う弱そうイメージ。
「まあまあ。自分の得意領域がいきなりなくなれば、本領を発揮できないのはよくあることだ」
ジンがフォローするようなことを言った。
闇の中では滅茶苦茶強いが、そうでないとまるで力が出せないタイプなのかもしれない。
「特に今回の光源は、ギンギンに強いからね。ふだんの松明やカンテラの光とは比べものにならないくらい眩しい」
確かに。火の明かりと違い、蛍光灯でガンガンに照らしている並に明るい。
ゆっくりと進んでいると、ふと、ミストが鼻をひくつかせた。
「やばっ、毒息よ!」
「え、マジ!?」
こっそり毒のブレスを放たれていたか? 不意をつかれたソウヤだったが――
「毒の大気を逆流させよう」
ジンが慌てず風の魔法で空気を押し返した。流れていた毒の大気が、ドラゴンのほうへと流れていく。
「やべぇ、防毒マスクを着けるべきだったかな」
老魔術師の機転に助けられたソウヤ。気づいたミストもグッジョブである。
「毒を返されてドラゴンにダメージとかないか?」
「ポイズンブレスを吐くということは、地中の毒成分を取り込んでいるということだ」
ジンは首を横に振った。
「自分の毒にやられるようなドラゴンではあるまい」
三人はさらに進む。闇に潜むドラゴンは後退を続けている。
「もうじき、広い空間に出るわ」
ミストが魔力による走査で、地形を割り出す。となると、いよいよドラゴンの姿も見られるかもしれない。
鬼サイズが通れる通路とはいえ、ドラゴンのそれからすれば小さいだろう。かなり小柄なドラゴンか、あるいは闇に溶け込んでいる部分が光を嫌って後退しているだけで、本体は広いところにいるのか。
やがて、通路から広い空間に出た。
『そこで止まれ』
重々しい声が降りかかった。念話ではなく、はっきりと聞こえた。
影竜か――ソウヤは三度構える。
『帰れ、と言ったはずだ。今ならまだ間に合う。我が逆鱗に触れぬうちに立ち去れ!』
「……」
追い詰められて話しかけてくるとは、自分から劣勢を知らせているようなものである。討伐すべき対象なら、ここで一気に押し込むところだ。だが今は調査、捜索依頼でここに来ている。
話し合いができるなら、乗らない手もない。
「先ほどから言っているとおり、こちらは行方不明になっている冒険者を探している。それを見つけたら、立ち去る用意がある」
ソウヤは声を張り上げた。相手の姿はよく見えないが、その辺りにいる気配は感じる。
『信じられぬな。さっさと立ち去れ!』
「信じられないなら、話しかけてくんな!」
ソウヤは怒鳴り返すと、ジンに振り返る。
「なあ、爺さん。ここ全体、照明で照らせるか?」
「やってみよう」
老魔術師が、光球の数を一気に数倍に増やして、全体を照らした。それまで薄ぼんやりだったのが、視界が晴れた。
『ぐぬぅぅ』
ドラゴンが呻いた。漆黒のドラゴンだった。高さは十メートルを超えている大型ドラゴンだ。背中に二枚の翼、四つ足――いや、前が小さいので腕だろう。長い首に尻尾と、姿自体は、スタンダードなドラゴンだった。
「ソウヤ、あれ……」
ミストが奥を指さした。何だか大きくて丸いのが二つ見える。
「ひょっとして、卵か?」
ドラゴンが殺気だって、帰れコール連発していた理由に合点がいった。
要するに、卵を守ろうとしていたのだ。




