第176話、聖騎士カーシュ
カーシュ・ガラディンは、勇者時代のソウヤにとって友人と呼んでも差し支えない関係にあった。
魔王討伐の旅では、カーシュは初見の人たちに勇者と間違われることがしばしばあった。だから時々、ソウヤとカーシュは並んで『どっちが勇者に見える?』と質問して、人々をからかったりした。
そんなカーシュは、致命傷から復帰した早々に眉をひそめた。
「やあ、ソウヤ……だよね?」
「俺の顔を忘れたのか? 冷たいな」
そう冗談めかせば、カーシュもまた微笑した。
「目が覚めたら、君が老けているんだ。びっくりもするさ」
十年も経てば顔つきも変わる。昏睡していても歳をとっていたソウヤと、アイテムボックスの中で時間経過がなかったカーシュ。まったくあの頃から変化がないカーシュからいわれるのは皮肉なものである。
ソウヤはカーシュに状況を説明した。
魔王は十年前に討たれたこと。今、ソウヤは行商をしていること。そして助けるのが遅くなったことを詫びた。
「いや、君は最善を尽くしてくれたと思う。それに、魔王は死んだんだ。ならばそれは喜ぶべきことだ」
カーシュは実に前向きだった。以前から、人を責めるということがあまりない人物である。その辺り、聖騎士として評判もよかった。
それはさておき、問題になるのはこれからである。何せ聖騎士である。王国に復帰するにしても、十年の経過は馬鹿にならない。
このまま『戻りました』で『はい、どうぞ』とはならないだろう。何かしら騒ぎになるに違いなかった。
「が、復職する方法がまったくないわけじゃないんだ」
「と言うと?」
「カロス大臣に相談する」
こちらがそれっぽい理由をでっち上げた時、力添えをしてくれる人物が必要だ。勇者の活動に好意的だった大臣には大いに頼っていいだろう。借りを返してももらおう。
「カマルの奴と連絡が取れれば、大臣に話も通せるだろう」
あー、とカーシュは頷いた。かつての仲間であるカマルのことは、当然、彼も知っている。
それはそれとして、十年ぶりの復帰である。故郷に帰ったり、家族に会ったりしたいのでは、とソウヤは思った。それを聞いたらカーシュは神妙な表情になった。
「正直に言うと、僕は魔王を倒したという実感が湧かない」
カーシュの感覚では、魔王討伐の旅の途中だったのが、いきなり終了を告げられたのだから、まだ気持ちの整理がつかないのだ。
「故郷や家族も気にはなるんだけどね……。ただ、十年経っているという世界というのが、不安でもあるんだ」
――浦島太郎だろうな、うん。
ソウヤは心中を推し量る。カーシュは言った。
「もし、迷惑でなければ、君の仕事の手伝いでもいいから置いてはくれないか?」
「銀の翼商会にか?」
「十年の変化が知りたいし、王国に復帰するとしても、まだ少し先になるだろうから」
大臣に話を通すにしても、一日二日で解決する問題でもない。その間も、カーシュは生きていかなければならないわけで、当然ながらソウヤは仲間を助けて放り出すような真似はしない。
「わかった。うちは冒険者業もやっているから、腕っ節頼りの仕事もあるぞ」
「それはありがたいな。僕は騎士だから、商人についてはよくわからないから」
カーシュは苦笑した。ソウヤは相好を崩す。
「ちなみに、次の仕事は盗賊退治だ!」
「盗賊……なるほど、それなら役に立てそうだ」
任せてくれ、とカーシュは自身の胸を叩いた。
「それにしても……な」
「何だ?」
薄く笑うカーシュに、ソウヤは問うた。聖騎士の青年は皮肉げに言った。
「いや、十年経っても、君は人を守る仕事をしているんだな、と思ってね」
「ん? あー、そうかもな。案外、人間ってのは変われないもんだ」
「まったくだね。君は外見は歳をとったけど、中身はあの頃のままだ。十年経っているなんて信じられないくらい、合致しているよ」
――それは褒めてるのか?
微妙な彼の言葉に、ソウヤは首を傾げるのだった。
それはともかく、あるいはこの時だったのかもしれない。カーシュという男が、聖騎士という称号を捨てたのは。
・ ・ ・
例によって例のごとく、新しく加わったカーシュを、メンバー全員に紹介した。
「カーシュ?」
キョトンとしたのはミストだった。
「そういえば、あなた居たわね」
「……?」
まるで知っているような口ぶりのミストに、カーシュは首を傾げた。
黒髪美少女の顔を見やり、元聖騎士は眉をひそめる。
「うーん、僕と会ったことがあったかな?」
「会ってるわよ」
ミストは考えるような仕草を取った。
「霧竜退治の場にいたでしょ、あなた」
「霧竜……」
カーシュはますます困惑する。
――おいおい、ミスト。お前自分から正体バラすつもりかよ?
彼女の正体がミストドラゴンであることは、ここのメンバーはソウヤ以外知らない。
十年前、ミストがまだドラゴンの姿だった頃に、ソウヤたち勇者パーティーは彼女に会っている。
ソウヤの勇者時代、上級ドラゴンの血を求めて霧竜とひと悶着があったのだ。当初は力づくで制圧という計画だったが、話せばわかる相手だったので交渉に切り替え、より希少な竜の涙を獲得したのだ。
カーシュも、その時、一緒にいた。
――うん、これはマズい。
少なくとも、他のメンバーがいる前で話せば、ミストの正体が発覚してしまう。現在の良好な関係が悪化するようなことになっても困るので、ソウヤはカーシュの肩に腕を回してつかむと、一度、仲間たちから引き離した。
「あの娘、ミストドラゴンなんだ」
「本当にっ!? いや、冗談だろう?」
とかいうやりとりを小声で交わした後、子細を説明。ミストの正体は伏せる方向で、と説得し、ついでに銀の翼商会の外ではソウヤ自身も勇者ではなく、勇者マニアとして周囲には通しているのでよろしく、と付け加えた。
「あと、ここの仲間は、ライヤーとフィーア以外は、オレが勇者であることを知っているからよろしく」
「……」
それから仲間たちのもとに戻って、改めて紹介。十年前の聖騎士の加入に、ガルとライヤーはいつも通りに接し、ソフィアは『ガラディンの家名には聞き覚えがあるわ』とか言っていた。
なお、セイジが、一番純粋に憧れのような視線をカーシュに向けていた。彼からすれば、聖騎士は憧れの存在なのかもしれない。
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