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アンドーさん怒る

 俺の疑問にダンが答える。


「意味はない。ただ、その運命を決めた奴がそうしたいだけだ。カレンが蜂となり、人が恐怖し、カレンは討伐され、世界を敬う。カレンが死ぬ事自体には意味はない。蜂になって死ぬのはカレンじゃない誰かでもいい。儚さを人が感じ、畏れを持てば良い。だが、根本的には他の方法でも人間に世界への畏敬の念を抱かせることは実現できる」


 自分がキラムでしたことも起因の一つだけど。それを無視して、聖竜を責めるのな、ダンよ。

 神様でも無意識に保身するのか、それとも俺に対する誘導か。



「手段が多すぎると考えるのを放棄しがちになるのよ。で、私たちに運命は変えられないと教える意味でも、この場で、今、カレンちゃんを変えた。こうすれば、普通の人間であれば絶望して、自分の矮小さ、軽薄さを思い知るからね。調子に乗った奴を潰すには、まぁ、好手よ。ナベにも何かをしようとしたのかしら。許せないわね」


 二人とも多弁だ。俺に話すことで心中の怒りを解消しようとしているのか。神でも人間と同じ心理が働くのか。

 いや、やっぱり普通に怒っているんだろうな。目がいつもより鋭いもん。



「俺達がキラムで問題を起こさなかったとしてもこうなっていた?」


 俺の質問に三人は同時に首肯く。


「そいつは今、こう思っているかもしれない。『あの偽善者どもは、助けようとした少女が目の前で蜂の頭になっても偽善を続けられるのか。蜂の頭で笑うことも泣くことさえもできないのに、話し掛けるのか。街に出る時は、常に仮面を無理矢理着けさせるのか。それでも羽根が欲しいと願う少女に何を伝えるのか。殺してと文字でも書いたら、あっさり殺すんだろ』……最高の罰で、クソッタレだ!俺達がキラムであのガイコツと遭遇しなくとも遅かれそうなっていた。もっと唐突な感じで、それこそ衆人の前でな」


「虫頭はモンスター。すぐに討伐される。殺される」


「キラムの件があったこそ、私たちの前で羽化させたのかもよ。そうでなければ、カレンちゃんが一人の所で変化させて、私たちは亡骸を見るだけだったかもしれない。ほら、あの巫女長や巫女がカレンちゃんの事を竜に伝えたら、そうなりそうでしょ」


 確かに二人はカレンちゃんの獣人化を知っていた。

 巫女メリナは巫女長と違って、配慮なんかせずにそのまま竜に伝えてしまいそうだ。



「街に行き、奴隷になり、羽化して殺される。それが彼女の運命」


 アンドーさんがゆっくり、ぽつりぽつりと続ける。


「ティナは憐れな子を、一人だけを救ったのみ」


「それさえも竜は許さないってことよね。もっと早くあの竜がそれだけの能力があると気付いていれば良かったわ」


「いや、気付かなくて良かったのかもしれない。カレンが羽化の呪詛ではなく殺される最悪は免れた」



 ここで、ダンが俺を見る。


「おかしいだろう?救える人間を救えないなんて。神であるのに、他の神を気にして控えるなんてな」


「分かった。で、どうするんだよ?」


 俺も段々と怒りみたいなものを覚えている。無力感から来ているのだろうか。しかし、どうすれば良いのか分からない。


 この感情をどこにぶつければいいのか!



「ナベ、売られた喧嘩は買うべきだろ?」


 アンドーさんが言う。

 薄ら笑いがやたら怖い。

 俺の怒りはぶつける前にあっさり消えた。



「誰に喧嘩を売ったか、体に教えないといけないだろ?許しを乞うのを一億年は拒否しないとな。存在が罪であり罰であることをじっくり教えてやらないとな」


 アンドーさんも少し多弁な上に、ニヤニヤし過ぎ。

 怖い、怖いよ。

 その中学生ジャージと童顔には似合ってないよ。

 背中から真っ黒いオーラが浮き出てきている様な錯覚があるよ。



「さあ、殺そう。何百回と死を与えずに殺してやろう。全てを与えた上で全てを奪って、奪い尽くして殺してやろう。ただただ存在してしまうことを苦悩に変えよう。苦痛とともに快楽も与えよう。その快楽をまた苦痛に戻そう。全身が腐っても意識だけは残して見せよう。絶望の底の底に閉じ込めよう。希望の上にも絶望が塞いでいることを教えてやろう。死が唯一の希望など戯れ言に過ぎないことを思い知るが良い。狂えない自分に失望し、諦めることも出来ない状態をなんと表現するのか楽しみだ。さあ、やろう」


 何を言ってるのか分からないし、黙ってくれ、恐怖しかないわ。



「ま、まあね。でも、アンジェ、やりすぎは良くないからね」


「そうだ、アンジェ。向こうからすると、喧嘩を売ったのは我々だからな。そこはちゃんと覚えておこう」


この二人もアンドーさんの勢いで怒りが去ったか。


「あぁ、そうだった」


 アンドーさんも戻ったようで良かったよ。

 世界が滅亡するのかと思うくらい怖かった。

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