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むちゃぶり

 カレンちゃんの覚悟がもたらした静寂を打ち破ったのはダンだった。


「カレン、約束しよう。この俺、ダンシュリードは決してお前をあの神殿に渡さない。地獄の業火に焼かれても、お前、ナバルの村のカレンを守ろう」


 急に何を言ってるんだ、お前。くっさいな。



 でも、まぁ、かっこいいな。

 カレンちゃんは床を見たままだけど、涙がポタポタ落ちちゃってるけど、肩が上下に揺れてるけど、ヒックヒック声がしてるけど、とても嬉しいだろうな。



 ただ、雰囲気が重いのは宜しくない。カレンちゃんは笑ってこそのカレンちゃんである。


「カレン、泣くのは止めなさい。泣いても幸せは来ないのよ。戦いなさい。私たちも一緒に戦うのだから、あなたも顔を上げなさい」


 ティナが厳しめに声を出す。

 珍しい。初めてじゃないか、こんな感じでカレンちゃんに対するのは。

 しかし、ハンカチを渡す優しさはいつも通りか。

 ただ、それではこの場の重い雰囲気は変わらぬぞ。



 カレンちゃんが涙を拭いて、落ち着くのを待つ。



 アンドーさんを見やると、ヤツもこっちを見ていて視線がぶつかる。

 と同時にニヤリとヤツの口が歪む。

 あっ、これ、久々な感じだ。



「カレン、笑え。今からナベが一発芸をする」


 おいっ!貴様!!

 葬式会場でいきなり言われるくらいの難易度だぞっ!!!

 お前がやれよっ!!!!



 ティナやダンも俺に注目する。

 カレンもそろりと顔を上げる。カレンの目が赤くなってる。

 別の意味で、俺の目にも涙が浮かびそうだ。



「ナベ、いっきまーす」


 クソッタレ!どうにでもなれだ!!

 俺はアンドーさんを手招きする。

 面倒くさそうに立ち上がるアンドー。


 なんだ、その顔は!ぶち殺すぞ。



 アンドーさんが近づいて間合いに入った瞬間、俺はクルリと背中を向ける!

 そして、お尻を突き上げて、


 ブヒンッッ!



 一瞬の沈黙。そして、


「くっさー!!」


 アンドーさんの絶叫!

 ナイス、恥ずかしさがない良い絶叫だ。


 申し訳ないが我慢しろよ、アンドー。

 これはお前が招いた惨事でもあるのだ。



 どうだ!?カレンちゃんの反応は!!

 頼む。俺を、俺を笑って、救ってくれっ!!


 ……くすりともしてない。呆気に取られるとはこの事か。

 このままでは絶望しか残らないぜ。

 本当に一人旅に出たくなるぞ。



 どうしたらいい、どうしたらいい?

 狼狽えるな、俺。

 答えはこれだ!!


「もう一発!」


 ブフォン!!


「クッサー!!!目、イッターー!!」


 両目を大袈裟に押さえながらのアンドーさんの再びの絶叫!

 こいつ、分かっているな。



 まずダンが笑いを堪えて肩を震わし、続いてティナが吹き出す。

 それらに吊られてカレンちゃんが破顔した。


 ミッションコンプリートだな。まさか、二回目の放屁ネタをするとは思わなかった。

 もう封印しよう。



 当たり前だが、余りに酷い芸風のために俺たちは店を追い出された。

 店主よ、すまない。お金はティナが弾んだはずだ。



 アンドーさんは勿論怒っていたが、形だけだな。怒っているフリの方が面白そうって感じなんだと思う。

 見た目や話し方と違ってノリがいいヤツだから、気にしてないんだろう。そもそも、アンドーさんが起因だし。


 それに身を削るのが俺だけなのは不公平だろうよ。



「ありがとう、みんな」


 カレンちゃんの言葉に皆が救われるし、彼女も救われている気がする。ほっとした表情と雰囲気をダン達三人からも感じられた。

 それでも、まだ心の傷は完全には癒えていない、主に俺のがな。



 宿屋まではまだ遠い。話題を変えたい。そうだ。


「お前、ダンシュリードって言うのか?」


 俺はダンが店で言っていた事を思い出す。


「いや、そうだが、そこは今関係ないだろ。それよりも、さっきのは何だ?打ち合わせ済みだったのか?」


 それには触れるな。不本意だ。


「アンジェも思い切るわね。私なら耐えきれないわ。ナベをぶん殴ってると思う」


 えぇ、そうでしょうね。


「……殴って良いか?本気で」


 良い訳ないだろ、アンドー。

 大体、お前は一蹴りで盗賊の背骨を折り切った奴だろ。

 死ぬぞ、俺。



「ナベの冒険者カードは特技おならにしたら良かったね」


 カレンちゃんがからかってくる。

 そんな奴に依頼事したくないだろ。常識で考えろ。


「カレンちゃんのカードには、嘘泣きって書いて貰えよ」


 言いつつも、大丈夫かなと俺は心配した。

 軽く返せるか、カレンちゃん。


「ナベ、ひどい。カレンは嘘泣きしてないもん。本気泣きだったもん」


 もっと笑えて余裕のある返答が良かったが、合格点だ。

 もう立ち直れそうだね。


 雰囲気も和らぎながら、俺たちはいつもの宿屋に入った。

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