出て行って欲しい
巫女長が俺の顔を見る。じっと見詰められる。俺も反らす訳にも行かず、落ち着かないが相手の目を見る。
しわくちゃだけど小顔なんだよなぁ。50、60年くらい前に会いたかったよ。
隣のメリナに劣らず美人だったんだろうな。
「告解の魔法は罪の意識を高めるの。些細な、本人が気付いていない罪でもね。あなた、表情が変わらないけど、とても意志が強いのね。明らかな嘘を付いても何とも動じないなんて」
嘘?今の魔力のことか?
巫女長は笑いながら続ける。
「辛くて涙を堪えるとか、声が震えるとかもないのね」
黙っていたメリナが巫女長に言う。俺の方は見ない。
「心を持たない道具か、罪を感じない異常者かと思います。巫女長の魔法は鬼でさえ号泣して謝り続けさせるのですから」
ひどっ。
かわいい顔してどぎつい言いようもするのね。
魔法が効いてないってのが頭に浮かばないのか。そもそも嘘を付いてないのに。
メリナは続ける。
「あなた、今まで生きてきて罪を感じることはなかったの?親を困らせたとか、誰かをからかって辛い思いをさせたとか。あるでしょ?」
罪悪感?
んー、小学校の時の修学旅行で女子風呂に間違えて入った小林くんを皆でやいやい言ってたらしばらく不登校になったんだよな。あれは親にも勘違いされて、いじめは最悪だ、絶対にダメだと怒られて泣いたものだ。
でも、小林くんは勘違いで入ったんじゃないと思う。入る前の顔を見たもん。あいつは真剣に勝負師の顔をしていた。
小林くんも反省して、中学校では入浴時間前の男子風呂に手書きで女子風呂って紙を貼って無垢な女の子達を入れようと必死に頑張ってたしな。
懐かしい。皆でワクワクしたもんだ。
「あることはあるんですが、今泣くほどの事はありませんね」
俺の回答に明らかに不服な顔のメリナ。
「魔法が発動していないのかもしれませんね、メリナさん」
「そんな訳がありません。巫女長の術を無効化できる人間が存在するわけがありません。それも詠唱に対して無詠唱ですよ」
巫女長が言った事に対してメリナが強く否定する。
「メリナさん、このナベさんは私の竜語での詠唱を恐らく完全に理解されています。そういう方なのですよ」
これか。
『竜の尾の一閃』とか『眼差し』とか、普通の人間には言語的に理解できないんだな。
指輪の力が都合の悪い感じになったのは初めてだ。
巫女長の言葉に隣に座るメリナは黙ったままだ。ちょっと俺の顔を見ようとしたが、丁度メリナの様子を確認しようとした俺と視線がぶつかって、すぐに巫女長の方に向き直された。
「どこで、リュウの言葉、をオべたの?」
巫女長は相変わらずニコニコ顔で俺に問う。
奇妙な発音に聞こえたがご老人だから、喉が乾きやすいのかな。オベタは多分覚えたってことだろう。
返答で指輪のせいだとは答えていいのか。
悪い人間に知られたら指とか手首ごと切られて奪われ兼ねないぞ。だから、答えない。それが正解だろう。
「秘密です。言えません」
俺の回答に巫女長が上を向く。何かに祈るような動作にも覚えた。
俺は次にメリナを見るが、そこに彼女はいなくて気付けば巫女長の横に立っていた。
音もなくよく動けたな。魔法の一種か。
「あなた、今のは何のつもりなのかしら?私は悪魔の言葉で喋ったのよ。それを悪魔の言葉で返すなんて趣味が悪いわ。しかも、流暢過ぎるわ。人間と思って欲しくないのかしら」
巫女長が真面目な様子でこっちを注視しながら続ける。
「ナベさん、あなたが悪魔だとは思いたくありません。ただ、普通の旅人でないことも確実です。私どもに関心がないのであれば、どこか遠くに去って頂きたいわ。また、本件、貴方が悪魔の言葉に精通きている事に関してはスードワット様にはご報告させて貰います」
結論はそこだな。出て行って欲しい。
その動機がより強まっただけだ。だから、失敗じゃないよね。
「仲間と相談します。今はカレンの獣人化を治したいのです。別の場所でも、それは出来ると思いますが、二、三日は滞在するかもしれません」
「獣化なら、あの軟膏で解決できているでしょ?」
進行をストップさせるだけならね。
塗り忘れたら、また顔に変なかさぶたみたいなのが出来るかもしれないじゃん。薬に頼らないように完全に治したいんだよ。
俺が黙っていると、メリナが強い言葉で言う。
「あの子が獣人と知って、なお一緒にいるのですか。私どもに引き渡しなさい。絶対に悪くしません!」
どうするってんだよ。顔がスズメバチになるんだぞ。
食事とかも人間の口に合わせたものは噛めないと思う。
カレンちゃんから食の喜びを取ったら絶望しか残らないぞ。毎食、肉団子を食べさせ続けるのか。
「メリナさん、お止めなさい。ナベさん、ごめんなさい。メリナのご家族にも獣人がいらっしゃったのよ。私たちが保護して、今は幸せに暮らしているわ」
うむぅ、そういった事情もあるのか。
ダンから聞いただけだけど、獣人は迫害されてるって聞いたもんな。
虫系なんかだと家族にも及ぶとか。このメリナも苦労したのだろうか。
「カレンさんでしたね。あの子は虫になるのでしょ?私どもは責任を持って育てます」
「それを含めて仲間と相談します」
ティナやアンドーさんは預けないと思うな。俺も嫌だ。
だって手続きってやつをすれば、いつでも自分で何とかできるんだもん。
「カレンさんの問題が解決すれば、あなた方はこの街を去るのね」
「そうです」
「分かりました。スードワット様にはそれもお伝えしましょう」
伝えなくて良い気がするが、止めるのも変か。
「その聖竜というのは簡単に連絡が付くものなのですか?」
そこまで身近に偉大なものがいるなら、もっと敬われていても良いと思う。なのに、この神殿は観光地程度の認識で皆がいるからおかしいと思った。
「聖竜様との連絡に興味があるの?あなたにお教えするのは危険な気もするわね」
そこで、一旦、巫女長は言葉を止める。
少し考えてから再び口を開く。
「いいわ、言いましょう。スードワット様からは不定期にお言葉を貰えます。その際にこちらの意志もお伝えできます。ただ、この件については、聖竜様もお気になされており、明日にでもお話しできるでしょう」
「分かりました」
明日とかいうのは嘘かもな。聖竜にとっては緊急事態みたいだし。
巫女長は知恵が回る人だ。こちらを油断させたり、悪く思わせないためにそう言ったかもしれない。
俺はお掃除の任務完了の証拠である紙を手にして立ち上がる。
扉は巫女長が開けてくれた。
帰り際に巫女長が言う。
「もしも、スードワット様があなた方にここにいても良いと言うなら、またお話したいわ。あの冷たいお菓子も美味しかったわ」
また茶目っ気のある口調に戻っている。
問い詰められた感があって気が重くなっていた俺の心も少し救われる。
「そうですね。許しがあるのであれば、またお会いしましょう」
俺も笑顔で答える。
奥のメリナにも目をやるが、彼女は笑ってなかった。むしろ、殺気があるんですけど。




