巫女長からの質問
妙に部屋が静まり返る。
その静寂を破ったのは巫女長だった。
「分かるの?」
「何がですか?」
巫女長の妙な返しにまずいことを言ったんだろうなとは思うが、どの点かが分からない。
早く教えて欲しい。無駄にドキドキしてしまうじゃないか。
「これも分かる?我が御霊は聖竜とともに有り。我は願う。黄昏の海に堕ちし赤烏の囀りは闇夜を誘う。月映えする鱗を持ちしその竜が立つは真砂、憂れたし契りの地。思うのままに人は戯れて戦くは煌めく竜の眼差し」
巫女長が詠唱した。魔法を唱えたんだと思うが、何も起きない。
「何って言ったか分かる?」
クイズにもなってないぞ。全部言うのは恥ずかしい感じだ。覚えられなかったしな。
最後だけでいいな。
「竜の眼差し」
「他には?」
「月映えする鱗?」
頭の中に漢字が浮き出たから分かったような物だ。
指輪の効果だと思う。
声だけだったら、月映えなんて普通は使わない単語だからもっと曖昧に答えていたと思う。
「ほんとに分かっているのね。驚きだわ」
巫女長は少し笑みを浮かべてそう言った。
「何の魔法か分かる?」
分かんない。だから、また黙っておこう。
沈黙は金だよね。
「余り好きじゃないから使わないのだけど、『告解』よ」
何だそれ。効果もよく分からない。
巫女長が俺の目を見る。
「怖がらなくて大丈夫よ。聞きたいことがあるだけだから。嘘だけは付かないで。知ってると思うけど、虚偽に反応して呪いを掛ける魔法よ」
知らないって言っただろ。
呪いという言葉で、さっき見たばかりの黒剣から出ていた黒い何かを思い出した。
恐怖で涙が溢れる体験を生まれて初めてしたよ。
あれは再体験したくないです。正直に答えます。
「何歳なの?」
また難しい質問だ。
本当ならもう成人してるんだけど、こっちのこの体で答えた方が良いのか。
どちらが正解か分からないのに間違えたら呪われるとはハードモード過ぎるだろ。
「14歳」
見た目重視だ。
本当の年齢を言っても信じて貰えず、余計にややこしくなりそうだとの判断の結果である。
体に何も起こってないから正解だったかな。
「どこから来たの?」
これは簡単。
嘘を付く必要もないし、既にガインじいさんにも言ってるし。
「日本」
「ニホン?知っている、メリナさん?」
巫女長が背筋を伸ばして座っている隣のメリナに訊く。
当然、彼女の答えは否だった。
「何をしにこの国に来たの?」
「気付いたらここにいました」
「それは意思で?それとも無理矢理?」
本当の答えはアンドーさんに強引だな。
俺は電車で相席になっただけだ。改めて考えるとひどい話だ。
嘘を付いたらいけないんだっけ?でも、正直に答えてもいいのか。無理矢理なんて言うと、神様連中に矛先が向くか。
「電車に乗っている時に事情も話されずにです。連れてきたのは多分アンドーさん。変わった服を着た奴です」
言ったったわ。まぁ、何かあれば神様連中が何とかするだろ。
「デンシャ?何か乗り物ですね」
そっか翻訳指輪でも訳しきれないわな。こっちに存在しないんだもん。
「まぁ、いいわ。多分とは言っているけど、あの三人に連れて来られたので間違いないのね。帰りたいと思わない?」
微妙。色々あるけど、こっちはこっちで楽しいしな。
あっちに帰るとまた研究室に一日缶詰めだし。
もう少し居たいってのが俺の気持ちかな。
「まだこっちで遊びたいです」
俺の答えにちょっと目を伏せる巫女長。
なんだ、俺に帰って欲しいのか。
ちょっと精神的に来たぞ、その仕種。
でも、一瞬だけだったから気のせいですよね。
「あなたが信仰している神様の名前は?」
ここの竜じゃなきゃ処刑決定とかじゃないだろな。
「いません」
「神様じゃなくて悪魔なら?」
悪魔?他宗教の神を悪魔と呼ぶ風習みたいなものか。
しかし、そもそもだ、信じている対象を自ら悪魔なんて思ってる奴は少ないだろ。
「信じてないです」
「何も信じてないの?自然とかそういうのを信仰する感じ?」
あぁ、それはそうかもしれない。シャーマニズムだよね。
山とか海とか大木とか神秘的だもんな。
新幹線から富士山を初めて見た時なんか感動したもの。
「信仰心ほどじゃないですが、自然には感じるものがあります」
巫女長は続ける。
「あなたは魔力が外に漏れないように何かしてるわね。何故隠しているの?」
それはそもそも魔力ゼロだから。
でも、それはこの世界では異例すぎるんだよな。ティナが言ってた。
「特異体質です。魔力はないらしいです」
「無いにしてもそこまで感じ無いのは死体くらいよ。いえ、コバエの死体よりも魔力がないわよ」
そこまで言わないで欲しい。
虫けら以下の魔力なのか、俺は。いや、死んでいるんだから未満か。
知るのは怖いのもあるが、興味としては逆に俺と同じ魔力ゼロのものを教えて欲しい。
ミカヅキモくらいには勝てるだろうか。植物性プランクトンに勝ったところで何も嬉しくないな。




