魔剣発見
作業は無情にも開始された。
箱は持ち手も引っ掛りもないから、床から持ち上げる時が1番苦労した。腰を痛めないように片膝の体勢から始めるのが大事。
階段も予想通りきつい。
一回二回なら、そう大したことはないのだけど、何度も往復運動を繰り返すことで、俺の太股はパンパンだよ。
ダンがいくつもの箱を重ねて運ぶのを横目に俺は袖で汗を拭く。風が通らないから、余計に暑いんだよな。
「ナベ、階段は俺がする。お前は上で荷物を外に出す所を頼む」
おぉ、俺がへばり出したのに気付いたか。
そして、何たる気配り上手さ。
俺が女だったら、この瞬間に惚れていたな。
「分かった。サンキュー。あと、日本語で言うぞ。魔法でちゃっちゃっとしたらいけないの?アンドーさんに収納させて、上で出させるだけじゃないか」
「あ?」
なんか、後ろから怖い声が聞こえたが無視だ。そいつと目を合わせると絡まれる。
「たまには体を使うのだ、ナベ。空からは変わらず監視されているのだしな」
くぅ、監視しているヤツ、恨むぞ。せめて、何かコンタクトしてきてくれよ。
「巫女長が言っていた、お前らが盗ったものはどうするんだ?」
「心当たりは本当にないのだ。あのガイコツの事かもしれないが、あいつを出すわけにはいかんからな。貰った剣でも渡すか」
どっちかに決まっているだろ。
ただ、確かにガイコツを出したらメリナさんが驚くな。そんなもんが神殿の倉庫に住んでいるはずがないだろ。
あの聖竜を滅殺するとかいう剣を出すしか選択肢はない。
でも、あれを聖竜が保管していたと言われても納得いかない。さっさっと破壊しておけよとか、人目に付かない所に隠しておけとか思うわ。大体、存在を知っていたのかさえ疑わしい。
……いや、確かに地下深くにガイコツと一緒に埋もれてたな。しかも岩盤に擬装封印までしてた。
ダンとかアンドーさんじゃなきゃ気付かないくらい厳重にしていたとも思える。隠していたのか。
「これを持って行ってくれ」
ダンが何の飾りもない小さめの細長い箱を俺に渡す。
重っ!思わず、落としてしまった。
蓋が開いて中身が見えた。
これか。
ガイコツから貰った剣、ビデオで見たのと同じのが、箱の中の巻物とかの上に雑に置いてあった。魔力のない俺にも、剣の周囲に溢れ出る黒いオーラがはっきり見える。
なんか頭の中でガラスを金属で擦った時みたいな、不愉快でゾワッとする高音が響く。目から何故か涙も出る。
やばいよ、やばいよ、得体がしれないけど、これ、やばいよ。
慌てて蓋をする。呪いの装備だな。間違いない。
素手で触るのなんて、もちろん厳禁だ。
「おまっ、これ、あれだろ!?」
ちょっと声が裏返りつつ、俺はダンに問う。
「うむ。あれだ。よく耐えた、ナベ」
「あれって何?」
カレンちゃんがはたきをパタパタさせながら近付いてきた。
ダン、こっちの言葉に切り替えたんだな。
話し相手が何の言語を喋っているのか分からないのが、ティナに貰った指輪の欠点だな。
剣が入っている箱には蓋をしたから、あの黒いもやもやしたオーラはもう見えない。
カレンちゃんが開けようとしたので、俺は本能的に止める。
「ナベの意地悪っ。ちょっとくらい見せてくれてもいいのに」
とは言いつつ、カレンちゃんはアンドーさんに呼ばれて別の箱にはたきを叩きに移動してくれた。
「日本語な。お前、これ、どこから出したんだよ?」
「箱に細工した上で転送させた」
「おまっ、監視されてるから魔法使えないって言ってただろ?」
「たぶん気付いてないぞ。空のヤツも監視対象がばらばらになっている上に、箱の中までは覗いていないだろう。箱から魔力が漏れないように細工して、そこに転送させたのだ。突然、蓋が開いて剣が出たのに驚いているのではなかろうか」
俺も驚いているわ!
これほどのものとは思ってなかったぞ。禍禍し過ぎる。
早くお役目御免となりたい一心で、俺はその箱を運び出す。
一階に上がると、石で出来た彫像を運ぶティナがこちらを見た。怪力ですなとか軽口を叩く余裕は俺には無い。
「なかなかのものね」
声をかけてくれたが、こっちはそれどころじゃない。
重さで両腕の力が抜けそうなんですけど。
ティナは彫像を床に置いてから言う。
「手伝うわ。ナベ、辛そうだもの」
俺の正面にティナが立ち、木箱の片端に手を回す。それを受けて、俺はティナが持ってくれた側を離して二人で運ぶ形になった。というよりも、ほとんどティナが重さを負担していて俺は手を添えているだけだ。
助かった。
落としたりしてあの剣をもう一度目にしたら、正気で入られないような気がしていた。
「どんなものかしら。ちょっと失礼するね」
ティナは俺が必死に両手で持っていたものを軽々と片手で支え、蓋を開けやがった。
黒い蒸気みたいなのが、また見える。
そして、頭に響く不快な高音、溢れる涙。今回はそれに加えて、歯茎が腫れ上がるんじゃないかと思うくらい、ガタガタ歯が鳴く。
この歯の根が合わないのって、シバリングとかいう現象の一つだっけとか、妙にどうでもいいことを考える俺もいた。
完全に現実逃避気というか、意識がおかしくなり始めたかも。俺、今から死ぬんじゃないか。
「ふふん、年季の入った呪いねぇ。そんなのは、こうよ」
楽しそうにティナは指先で剣を弾く。
ただ、それだけで禍禍しい雰囲気が剣から無くなった。
残ったのは、黒光する鞘に入った片手剣。特に装飾もなく、素朴な一品だ。
「手を離していいよ、ナベ」
優しくティナは言ってくれるが、俺の手は緊張のし過ぎからか硬直して動かないんです。
弱々しく手をゆっくり動かして、俺はまず額の汗を拭く。その間にティナが蓋をした。
「……今のは呪いだよな?」
「そうよ。恐怖とか不快感を与えるみたいだったから、精神系が中心の呪いかな。脳の扁桃体に直接刺激を与えるみたいだからナベにも効くんだね。いい経験できたね」
良くはないだろ。俺の血の気のない顔面を見てくれよ。
それにしても、カレンちゃんが蓋を開けるのを止めて本当に良かった。
これ二回目に見た方がひどい症状だったから、蓄積するタイプか?
三度目はおしっこ漏らしちゃうぞ。




