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竜のわがまま

「え、はい。正確には私が道をお教えした方々で、朝の段階では本当にご訪問されたかの確認はしておりませんでした」


 巫女さんは背筋を伸ばして返答した。凛とするって言葉がよく似合う。顔立ちが良いから見とれてしまいそうだ。


「分かっています。そう固くなさらず、メリナさん」


 巫女長は優しく巫女さんに返事をする。それでも巫女さんは姿勢を正したままである。


「さて、皆さん。私は困っているのです」


 巫女長がこちらに向き直って続ける。


「スードワット様のお告げに従いたいのですが、大事なものが何なのかよく分からないのです」


 俺も分かっていないぞ。


「でね、スードワット様の勘違いで、倉庫からひょっこり出てきたらいいなぁとも思ってるの」


 無茶言うな。

 俺たちが盗んだ、若しくは取ったと思っているのだろうが、そんな都合よく出てきたら余計に怪しまれるだろ。


「倉庫にある方がおかしいのではないだろうか?」


 ダンも当然そう思ったようで、言葉に出す。


「いいのよ、スードワット様はその大切な物があれば満足されると思うわ。少なくとも私は満足よ」


 本当にそんなに簡単な話なのか。

 盗人を罰しないと竜の威厳が霞んだりしないか。


「もしよ、倉庫にあったとしても、その大事なものが何なのか分からなければ、私達にもあなた達にも、それで合っているのか判断できないんじゃない?」


 ティナが言う。それについてもその通りだ。


「そうねぇ、後日スードワット様に直接お聞きしますわ」


「そもそも、そのスードワット様ってのは本当にいるのか?」


 俺も横から話に入る。


「います!」


 それまで黙っていた巫女さんが強く俺に断言してきた。手を固く握って、表情からはよく分からないが、かなりお怒りの様子だ。


「スードワット様は私にも話し掛けてくれます!」


「メリナさん、落ち着いて。他国の方なのですから。ナベさん、でしたか?スードワット様はたまにお告げをなさって下さるのです。とても神秘的で素敵なお声なのですよ。声が聞こえないとお疑いになるのは当然とは思うのですが、スードワット様はいらっしゃいます。そのお告げを聞くことが出来たものだけが、ここの巫女として従事しているのです。そして、スードワット様からお力も少しばかりお分け頂けるのですよ。それを実感するからこそ、メリナさんも深く信仰されているのです」


 巫女長はそう言うと、少し池の方へ歩く。そして、手を軽く前に出して魔法の詠唱を始めた。



『我が御霊は聖竜と共に有り。我は願う。その誉れと祈りに震えた骸を砕くが如く、輝く水面(みなも)と大いなる風天の間に響くは竜の尾の一閃』


 巫女長が唱え終えると、轟音と共に池に水柱が立つ。


 そして、それが収まると池が割れていた。一本の道のように底が見え、その両側は水を湛えたまま、一種の壁のようになっている。

 池の周りを歩いていた他の参観者達が驚いている。あと、水飛沫でずぶ濡れだ。

 何のつもりですか、やりすぎです、巫女長。


「どう?こんな力もスードワット様はお与えに下さいました」


 巫女長は子供のように無邪気な表情で軽やかに言う。

 この人、歳の割りにお茶目なんだ。笑顔も気持ち良くて若い頃はモテたんだろうなと、強く感じた。

 魔法の凄さはアンドーさんとの比較になるので、余り良く分からない。


「そこのメリナは更にスードワット様の慈愛を受けられているのですよ。ねぇ、メリナさん?」


「いえ、とんでもないです。巫女長様」


「私のことは名前でお呼びなさいと言っているのに、ホント固いわね。あなたも私の立場になれば分かるわよ」


 メリナと呼ばれている巫女さんに優しく伝えた後で、こちらに再び話し掛ける。あくまで気さくにだ。



「でね、スードワット様はたまに我が儘を言うのよ。今回のものはとっても大切な物みたいで、どうしても取り返したいみたい。倉庫にあるといいのだけど」


 それに俺は答える。


「ないかもしれないよ?」


「それは困るわ。でも、何かあると思うのよ。なかったら、私やメリナが祠に行った人を傷付けないといけなくなるのよ」


 急に物騒な話が出たな。

 ダンとアンドーさんを?それは無理だろ。逆に巫女長さんが痛め付けられちゃうよ。


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