竜の巫女、再び
翌朝、俺たちは聖竜の神殿に向かう。昨日受けた、お掃除の依頼のためにだ。
大きな池がある広い中庭で、知った顔の女性を見付けた。
あのクソ高い筆記用具を売ってきた巫女さん、キャッチセールス巫女である。
整った顔なのに、あんまり性格は良くないと思っているぞ。
「こんにちは。また会いましたね。どうかされましたか?」
向こうもこっちに気付く。
ダンの背が高いこともあるが、アンドーさんの服装が独特過ぎて気付かない方が無理だな。
「冒険者ギルドの依頼で倉庫の掃除に来たんだ」
「そうですか、ご苦労様です。あちらの事務所までご案内致します」
「何も買わないぞ」
俺は機先を制す。だって、また買わされそうなんだもん。いや、お金はいっぱいあるんだけど、強引に使わされるのは、ちょっと嫌。
俺の言葉にも彼女は表情を乱さない。俺の横を歩きながら返答する。
「案内するだけですから。でも、あのペンの使い心地は如何でしたか?」
宿のおかみさんに上げたから分からないな。とは言いづらい。
「まあまあかな」
「水でも滲まないし、紙でなくても書けるんですよ。高価なものにはそれなりの理由があるのです」
「そうなのか」
「そうです。私どもは使いこなせると見越した方にしか薦めておりません。ですから、どうぞ物が泣くことのないようにご使用下さい」
毅然とそんなことを言われると、俺が悪い気がしてきた。
そう思わせる作戦な気が強くするけど言い返せないな。たぶん、口喧嘩では勝てない相手だ。
「お姉ちゃん、元気?また会ったね」
カレンちゃんが巫女さんに話し掛ける。
「元気ですよ。あなたもお変わりないかな?」
俺への対応とは違って、本当の笑顔だ。
「うん、元気。カレン、盗賊の人をブッ飛ばしたんだよ」
確かに盗賊のお頭を棒で豪快に吹き飛ばしていた。羨ましい強さだ、カレンちゃん。
「そうですか。とても強いんですね。危険を払い除けるのは大切なことですね。聖竜スードワット様も敵は焼き尽くせとおっしゃっています」
そう言った巫女さんはカレンちゃんを見やる。
ちょっと目が真剣な感じに変化したような気がした。
あと、スードワットさん、ストレートな過激派ですね。
「スードワット様は、子を守れ、子は家を守れともおっしゃっています。あなたはまだお外に行かなくとも良いかもしれませんね」
あぁ、こんな小さい子を一緒に連れていくなよっていう俺たちに対する言葉だよな。
「カレン、守る家ないよ。お父さんが奴隷になれって言ったもん」
そして、カレンちゃん、直球だな。
「今も奴隷なんですか?」
巫女さんはティナに訊く。驚いたような、且つ、少しだけ批難するような響きがある。
「まさか。これだけ仲良しなんだから、奴隷な訳ないでしょ?」
ティナが軽くカレンちゃんの頭を撫でる。
「そうだよ。ダンが私を買って、奴隷じゃなくしてくれたの」
まぁ、奴隷商に売られてすぐに買ったから奴隷期間は数分だったけどな。
「そうですか。良い巡り合わせがあったのですね」
その後もカレンちゃんと巫女さんは話し続ける。その中でキラムに向かった話題が出た。
「そう言えば、古い祠には行かれましたか?」
巫女さんが俺に唐突に言う。まるで、訊くのを忘れていたみたいな感じで。
「俺は行ってない。ここにいる、ダンとアンドーさんが訪ねたよ」
巫女さんは歩みを少し緩めて、俺が言った二人に並んでから話し掛ける。
先頭は俺になったが、目指す建物は目の前のヤツだろうとそのまま進んでいく。道を間違えてたら教えてくれるだろう。
後ろから会話をする声が聞こえる。
「どうで御座いましたか?」
「うむ、趣のある場所であったな。雰囲気としては古戦場跡であったか」
「よくお分かりです。スードワット様のお伝えに依りますと、大昔の戦で亡くなられた方々を鎮めるために建てられた祠とのことです。今では訪れる方も少なくなっておりますが」
「道理で静謐な所であった。アンジェに至っては、あの大木の下で瞑想もしておったぞ」
それ、お前の到着が遅いから寝てただけだろ。振り返ってアンドーさんを見ると、思っきりダンを睨んでいた。
「何か他にお気づきになられたことはありませんか?」
「うむ、特にはないな」
事務所の門前に着いたため、巫女さんはダンの言葉に反応しなかった。
ダンは祠近くの地中でのガイコツとの一戦を隠した。巫女さんに余計な不安を与えたくないからな。聖竜スードワットと因縁のある奴だったから黙っておいた方が良いっていう判断だろう。今となっては害も無さそうだし。
「倉庫の鍵を取って参ります。少しお待ちくださいね」
巫女さんが建物の中に去っていく。
カレンちゃんは池の側で水中を覗いていた。
なんだ、また美味しそうな魚を探しているのか。そんな事を思うだけでも罰当たりな行為になりそう。




