俺の修行
初仕事を終えての記念に少し豪華な食事を取った後に、シャワーを浴びて男部屋に戻った。
就寝まで時間を持て余すため、ダンと会話して潰す。
「俺さ、カレンちゃんよりも全然弱い気がするんだよね」
「ん?そうか。ナベはナベで良さがあろうに」
「いんや。俺はカレンちゃんみたいに盗賊を棒で吹き飛ばすとかできない」
「ナベも鍛錬すべきか。カレンは、そうだな、毎日励んでおるか」
そうそう、そこなんだよ。
毎日って言ってもここ4日くらいの話なんだ。
それであの強さを身に付けたわけじゃないと思うんだよね。何か秘訣があるはず。
「俺も一週間くらいで強くなりたいんだ」
「いや、無理だろ」
おぉ、神よ、身も蓋もない。ダンは続ける。
「カレンはな、あぁ見えて才能があるのだ。魔力の流れを見れば分かる。さすがに獣人であってな、魔力の総量やポテンシャルが素晴らしい。少しコツを掴めばドンドン強くなれる。それに目が良いな。相手の動きをよく観察できている」
くっ、もしかして天才ってやつなのか。
「俺は、練習するしかないのか?」
「ナベか。うむぅ、まずは筋力が必要か。しかし、それでも限界が早いな」
「筋力なぁ。それでも、こっちの魔力を持ってる奴には力では勝てそうにないな。小さい女の子でも大剣を背負って走ってたしな」
俺はギルドから歩いて帰る途中で見た光景を口にした。
「そうだな。俺の力を貸すのも少し違う気がするしな」
いえ、存分に貸してくれてもいいんだよ。
カレンちゃんの手前、恥ずかしくて言えないけど。
「このナイフを確実に刺すことを学ぶか」
俺はナイフを鞘の上から叩きながら言う。
「うむ。しかし、それを練習で振り回すのも危なかろう」
ダンはワインの瓶を持つ。馬車の中にあった奴を拝借した奴だ。なかなか美味しい。
「今晩は、これで構えを保つ練習でどうだ?」
「そんなので強くなれるの?」
俺の言葉にダンが笑う。
「お前はすぐ結果や効率を求めるのな。それではいかんぞ。遠回りだと思っても出来ることから始めないと。実行あるのみだ」
軽く説教された。
ただ言うことはよく分かる。理屈捏ねる前に実行しろってことだよな。
俺はワイン瓶の口側、細い方を持って、自分の思う通りに構える。
「こんな感じか?」
「いいんじゃないか」
「ナイフの刃は、相手に先を向ける?それとも横に寝かせた方がカッコいいか?」
「いや、ワインボトルで言われてもな。痴話喧嘩中の嫁の様だ。そのボトルも棍棒みたいだな」
俺だって疑問に思ったさ。
お前が薦めて渡したんだろ。嫁に脳天を砕かれろ。
「まぁ、その体勢で30分間保て。時間は俺が教えてやろう」
ダンがそう言うので俺は続ける。
結構きついな。5分くらいで腕が痛くなってきた。が、俺は我慢する。
耐えた。30分耐えた。頑張ったよ、俺。
汗が凄いが、今さらシャワーを借りに隣の女子部屋に入れるだろうか。いや、やめておこう。アンドーさんがニヤニヤしながらめんどくさい事を言ってきそうだ。
それにしても、腕痛いよ、もげそうだよ。
しかも、この構え30分に意味あるのかよ。
男子中学生が稀に行う謎修行、そのものではなかろうか。
「よくやった、ナベ。さあ、そのワインを飲もうか?」
お前、既に一本開けてるだろ。俺が構えている間も遠慮なく飲んでただろ。
俺も飲みたかったんだよ。喉がうずうずしてたんだよ。
「これじゃなくて、冷えてるのを出せよ。出来れば、ビール」
キンキンの奴だぞ。居酒屋で出てくる氷点下に冷やしたジョッキに入ったのがよろしいぞ。
そこまでは流石に無理か。こっちには無さそうだ。
「ガハハ、良いだろう。俺の秘蔵を出してやる」
ダンが出したのは俺がよく見知った、有名な緑の缶に入ったオランダ製のだ。
禁酒の国のはずのイランでもホテルでこっそり飲めたと大学の先生が言っていた逸品だ。
「お前、これ、どうやって入手したんだよ?」
「ナベの世界にいた頃にワンケースで買っていたのだ。もう入手できないから貴重だぞ」
ワンケースだけかよ。もっと買っておけよ。しかし、
「ナイスだ、ダン!他にもあるのか?」
「ガハハ、ビールに関しては色々買ってある。七福神の名前の奴は、多めに買ってあるからな」
その商品が好きとは、かなりのビール好きだな。あのコクの強さは本物だもんな。いや、他の会社のも美味しいんだけどな。
テンションが上がって、通ぶっただけだ。気にするな。
摘まみはナチュラルチーズとナッツを皿に出してくれた。
運動のあとのビールは旨いな。一缶だけだが堪能して、俺は眠りに付く。




