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採石場にて

「どれくらい持っていけるんだ?」


 小汚ない服に身を包んだ、髪も髭も伸ばし放題である初老の男性が俺に訊く。

 うん、ちょっと体が臭われているので早めに帰りたいです。


「あの馬車に乗るくらいでお願いするわ。馬車までの運搬も頼むで」


 じいさんが即答する。

 おいおい、運搬も頼むって一人で持っていける分量なのか。



「これくらいか。亀裂が深くて良い石じゃないが勘弁してくれよ」


 男性は角張った岩に手をやる。高さは少し低いけど、事務机くらいの大きさだ。


「えーよ。どうせ切って石畳にすんやろーからな」


 じいさんの返事を受けて、男性は静かに目を閉じた。



『……覆い尽くすは雪の中、喰らい尽くすは竜の腹。願わくば、我の手中にも隠れまし』


 呪文を唱えた後、岩が消えた。

 おぉ、こっちの人の魔法を唱えているのを初めて聞いた。

 アンドーさんの封印解きも詠唱有りだったけど、あいつは人じゃないからな。参考にならない。



 唱え終えた男性は顔色が急に血の気が引いて、フラフラした足取りで馬車のある草地の方へ戻っていく。

 すかさず、御者のじいさんが肩を貸す。


「ナベ坊、魔力切れや。お前も助けたれ」


 そうは言うが、じいさんよ。その人、とても臭いんです。接触したくないんですが。

 などとは思ったものの、仕方ない。

 転けて怪我でもされたら依頼主としては後味が悪い。


 男性の脇の下に肩を入れて腕を回す。

 できるだけ口で息をしよう。若い女の子だったら大歓迎だったのにな。



 戻る道中でじいさんと男性は会話をしていた。

 俺は支えるのに必死なのとできるだけ息を堪えることに専念して黙っている。


「すまんな。年々衰えて、今ではこの有り様だ」


「そりゃ、しゃーないわ。他の連中と一緒に別の場所に移った方が良かったんちゃうか」


「今更、生活は変えれねーよ。一人で暮らすには十分だ」


「石切りのじいさんがいなくなって寂れ過ぎてんちゃうか。お前やったら、収納魔法が使えるんやから引手もあるやろ」


「俺の魔法じゃ短時間しか持たないからな。他じゃ使えねぇ。じいさんの墓守くらい、してやりてーしな……」


「そやろかな。まぁ、誰もおーへんかったら、あの石切のじいさんも成仏できへんか」


 その後も会話は続く。

 二人の話からすると、男性は石切の魔法使いとかいうのを慕っていたんだろう。だから、じいさんとの想い出の場所である、ここを離れないようである。

 石はゴロゴロしているが商売になる石は少なくて客足もだいぶ遠退いていると言っていた。


 馬車のキャビンの扉まで来た。

 もう立つことでさえ精一杯の男性を、御者のじいさんと二人で尻を下から押し上げて強引に上げた。

 絶対におならをするなよと俺は願っていた。


 じいさんは契約上キャビンに入れないというので、俺だけで中に入って石を置けるスペースを作る。

 ダミーで出している背負い鞄が無駄に重い。よくダンは持ち歩けているな。


 俺の作業を終えたのを横目で確認して、男性は転がったまま、呪文を唱える。



『咲き散る黄金の花の如し、または、涌き(いず)る清らかな泉の如し。……我は願う。身美しくたる狐が隠せし其が顕れ出づることを』


 石がキャビン内に出現する。重みで馬車全体が軋む。

 大丈夫か、これ。床が抜けるかもだぞ。


 転がった男性は石を出した後、動かなくなった。


 俺は男性の首もとに手を当てて生死を確認する。じいさんの指示だ。

 脈を確認。生きてました。



「ナベ、降ろしてや」


 じいさんはキャビンに入れないので、俺は男を抱えあげて馬車の外に出す。

 気を失って持ちにくいのは当たり前だが、それでも思った以上に軽くて、貧しさが伝わってくる。

 それにしても、もじゃもじゃの白髪混ざりの髪が顔に当たって不快だよ。油っぽさも抜群だしな。

 ダンよ、遠くで眺めてばかりでなく手伝ってくれよ。



 それから、俺はじいさんと二人で馬車から石運びの男のおんぼろな家まで運ぶ。

 小屋の中には石の台があって、その上に藁が置かれていた。ベッドだろうな。

 そこに男性を寝かせた後、アンドーさんに貰った金貨1枚を眠っている男性の手に握らせた。御者のじいさんは銀貨一枚が相場と言っていたが、俺の判断だ。

 大丈夫、金は無限にある。


 序でに昨日買ったばかりの干し肉の残りと、キャビンに残っていた果物とビスケットも置いてやった。

 それを見てカレンちゃんがつまみ食いしているのはどうかと思った。目の前にあった食べ物が名残惜しいだろうな。


 あと、再び来るつもりはないが、二度とあの体臭を嗅ぎたくなかったので石鹸もアンドーさんに貰った。

 10個も渡したから、俺がどれくらい辛かったか分かるだろう。

 彼が石鹸の使い方を知っていることを心から望む。

 客が来ない一番の理由じゃないのか。身なりは大事だぞ。



 俺が馬車に戻ったところで、ダンに告げられる。


「ナベ、絶対に、まだ俺に近付くな。シラミを移されている」


 そう言われると近寄りたくなるのが人の性だ。

 俺が近付くと、大きな体をしている癖に軽く悲鳴を上げていた。

 昨日からなかなか失礼な発言が多いな。

 が、まぁ、シラミは勘弁だ。俺はダンの除虫魔法を有り難く受けた。



「ほな行こか。馬好きの嬢ちゃんが収納したら教えてや」


 馬好きの嬢ちゃん?あぁ、アンドーさんのことか。

 なんかギャンブラーか、下手したら性的な方にも誤解されかねないな。

 じいさんはそのまま御者台に乗る。



 アンドーさんが指ぱっちんで岩を収納した。

 さっきのもじゃもじゃ男は身を削って収納していたみたいなのに、アンドーさんは余裕だ。

 床が重みで傷付いていたのも、アンドーさんが魔法で修復する。

 それから、皆でテーブルなどを元の位置に戻した。ダンは除虫に抜かりがなかった。


 一通り終わってから、俺は御者台に回ろうとした。

 今日もじいさんの横で暇潰しの会話をしよう。

 キャビンを出る際にティナに引き止められる。


「お疲れ様。これを二人で食べなさい」


 彼女は長い形のパンを手に持っている。


「このパンはティナが作ってないよな?」


 俺は昨日の夕食の惨劇を忘れていない。ティナの作ったものは口にしないぞ。


「どういう意図の質問よ。大丈夫。アンジェのよ」


 良かった。安心したよ。

 俺は快く受け取った後にティナがにっこり笑いながら言う。


「途中であの盗賊たちが待っているから、一応気を付けてね」


 おぉ、忘れていた!

 あいつらが素直にしているとも限らない。いきなり弓で打たれたらどうしよう。


「ガハハ。ティナ、からかうな。大丈夫だ、ナベ。歯向かうくらいなら逃げる方が得だと考えているだろうよ」


 あれだけ叩きのめすというか、散々にすれば、その通りだな。安心したよ。


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