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ティナの料理

 ダンとアンドーさんが戻って来ないまま、夕食時になった。外はまだ明るいんだが、カレンちゃんのお腹がしきりに鳴って、待機している宿屋の部屋に響く。だから、夕食時だ。


「私は料理苦手なのよ。アンジェみたいに出せないわよ」


 カレンちゃんの腹時計が鳴って、俺とカレンちゃんがティナを同時に見ての返事だ。


「でも、お腹すいたよぉ」


 それはもう、とびきり悲しそうな声でカレンちゃんが訴える。


「外に食べに行こうか」


 俺の言葉にカレンちゃんが無言で何回も首肯く。


「そうね。二人を待たなくていいか」


 ティナは粗末な椅子から立ち上がって、サイドボードに置いていたコインが入った皮袋を掴む。俺も肩掛け鞄を身に付ける。何か面白いものがあればティナに買ってもらって入れようとの魂胆だ。


 宿屋の主人に料理屋を訊く。素泊まりの予定で宿泊していたので宿屋での用意はされていなかったのだ。


 他にはないらしい。料理屋はこの宿屋の一階だけ。で、食材を宿屋が準備していなかったので、つまり、夕飯の危機である。


「ティナ、どうしよう?カレン、お腹が無くなって死んじゃう」


 プルプル体を震わせながら彼女は言う。とても大袈裟だが、顔色は蒼白で心からの言葉なのだろう。1食くらい抜いてもいいだろとは言えなかった。


「ご主人、保存が効くものくらいはあるのでしょ?」


「はい、御座います。といっても、パンとチーズくらいですが」


 宿屋の主人、人の良さそうなおっさんが奥からそれらを持ってきてくれた。カレンちゃん、それを見てホッとしている。


「良かったわ」


 ティナが皮袋から金貨を数枚渡しながら言う。おい、銀貨でいいだろとは思った。


 チーズは発酵が進んだ、硬い系の物だ。一口サイズよりも小さくサイコロ状にカッティングしてある。俺、この系統は臭いがきついのが多くて苦手なんだよな。


「御者のじいさんとこで料理するか?」


 俺はティナに提案する。


「ナベが出来るなら、それもいいかもね」


 俺なのか。俺も人様に食べてもらえるような物は作ったことないぞ。レトルトカレーとか、卵焼きとか、目玉焼きとか小学生でも出来るものくらいしか経験ないんだけど。


「アンドーさんとこに転移して、作って貰えばいいじゃん」


「ダメよ。どこにいるか調べないといけないから、プライバシーの侵害になるわ」


 何がプライバシーだよ。


「気にしないだろ」


「私が気にするわよ。勝手に居場所を探られたら誰でも気分を害すわ」


 続けて、ティナは小声で俺だけに聞こえるように言う。でも、カレンちゃんは硬いチーズをお食事中で夢中だから、囁く意味はないな。カレンちゃんはほっぺたにいっぱい詰め込んでリスみたいだ。


「神様の間の暗黙の了解なの。お互いに安心して生活できるように了承があったり、緊急事態じゃなければ、そういった事はしないのよ」


「構わんだろ」


「例えばよ、実はダンとアンジェが恋仲で、転移した先でラブラブしていたら気まず過ぎるじゃない」


 その可能性か。ほとんど無いと思うが、確かに目撃してしまうと今後も含めて嫌な雰囲気になりそうだ。夕飯くらいでそうはなりたくないな。


「分かった。次の選択肢としては、御者のじいさんとこで作って貰うことか」


「自分で作る選択肢はないの?」


「お前もないじゃん」


「私の料理?見た目でカレンちゃんが泣くかもよ」


 何が作られるのか興味はあるが、無理強いはやめておこう。蛙とか蛇の系統なのか。それとも、ぐちゃぐちゃマゼマゼ系なのか。

 昔、女の先輩が作ってくれたビーフのワイン煮込みという名の、牛肉入りホットワインを思い出した。水面に浮いた油とグラスに沈んだ肉片が今でも鮮烈に記憶に残っている。

 よく我慢して飲みほしたもんだな、俺。



 ここはじいさんに頼るしかないな。ということで、俺達は宿屋を出た。

 宿屋からじいさんの居る広場までに食材屋というか雑貨屋があるというので寄ってみる。


 その店は昔ながらの駄菓子屋風の佇まいで、軒先に壺が何個か並んでいる。奥行きはそんなにない。

 壺の後ろの低い台に金物道具が並んでいる。一部は錆びてるな。

 壁には棚が三段くらいあって埃を被ったコップとかナイフとか紙束とか液体が入ったガラス瓶とかが雑然とに置かれていた。うん、基本的には雑貨屋だな。


 食料は天井から紐でぶら下げられた乾物くらいか。キノコと干し肉かな。基本的には茶色だ。

 まぁ、この辺りを持っていけばじいさんが何とかするだろう。あのじいさんは冒険者時代に料理慣れしているだろうし。


 店員がいないので、俺は少し奥に入って呼ぶ。


「すいませーん、買い物に来ました」


 返事はないが、がさごそと立ち上がってこっちに向かう音がする。


 予想通りの、駄菓子屋によくいた感じのしわくちゃ婆さんだ。


「そのでっかいキノコと干し肉下さい」


 キノコは円形の傘が掌くらいある。干してこの大きさだから生だったらだいぶ大きいものなんだろう。

 干し肉は何の肉だ?獣の太股から足先までの一本肉が干されていた。削いで食べればいいのかな。


「あい、あい」


 嗄れた声で婆さんは曲がった腰でこっちに来た。


「どれかいの?」


「これとこれ」


 俺は指を差しながら欲しいものを示す。


「届かせんのぉ」


 どうやって吊るしたんだよ。と思いながらも、俺は婆さんが持っていたハサミを受け取って紐を切る。


「おばあさん、こっちの壺には何が入ってるの?」


 ティナが声を掛ける。


「あん?壺かいな?塩じゃ」


 それも欲しいな。確か、御者のじいさんがここの名物でキノコの塩焼きっぽいのを言っていたはずだ。


 俺は壺の中に入っていた塊の岩塩も取って、カウンターに置く。


「ちょっと待ってなあ」


 スローな動きで婆さんが勘定をする。キノコ4つに干し肉2個、岩塩一塊だ。


「銀貨10枚じゃ」


 どれが幾らなのか不明だが、そんなものなのかな。


 銅貨じゃないのが意外だった。この村では非正規通貨である銅貨が使われてないのか。

 前にダンから聞いた話だと、パン10個分の値段だな。ちょっと安い気がしないでもない。ただ、銀貨1枚2万円の計算だったら20万か。ぼったくりバー並だな。

 ガールズバーでこの婆さんが出てきたら、ぶん殴りそうだ。

 しかし、実際に食材ごときでこんな寂れた村でそんな額を出す奴はいないだろ。


 ティナが金貨を1枚渡すと、


「すまんなぁ。お釣りがねぇわ」


 口調も変わらず婆さんはそう告げる。

 ただ、上目遣いでそう言っていて悪気はなさそうだ。


「お釣りはいいのよ」


 ティナがそう言うと、婆さんは壁の上の方の棚を漁り始める。腰は曲がったままで手だけを伸ばしてるから取りにくそうだ。かといって俺が手伝うのもおかしな気がするので見守る。

 頑張れ、婆さん。もう少しで何かが取れそうだぞ。


 婆さんの指が長細い箱に引っ掛かり、ようやくそれを手にすることが出来た。


「おまけじゃ」


 婆さんはそう言って、買った食材と合わせて俺に渡す。それ、銀貨10枚と釣り合っているんだろうな。

 そもそも釣り銭の変わりなんだろうから、おまけじゃないだろ。


 開けたら小さいキノコの乾物だった。食べられるのかな。

 ばあさんに聞いたら、スープに使えとのことだった。


 包装とかないんだな。俺は剥き出しのまま、鞄にキノコを詰め込んでいく。もう鞄はパンパンなので、干し肉は俺とカレンちゃんで一本ずつ持った。

 カレンちゃん、とても嬉しそう。



 広場に行くとじいさんが馬車の下で寝ていた。なるほど、日陰になっていいわな。馬たちは放されて、それぞれ草を食んでいた。


 少し周りは暗くなっていて夕方に近いんだろう。太陽の位置は経験的には15時位のところにあるから違和感は凄くある。

 こっちでは日時計なんかは役に立たないんだろうな。


「じいさん、飯にしないか?」


 俺は馬車の下を覗きながら、イビキをかいているじいさんを起こす。


 ノサノサと這い出てきたじいさんは、まだ眠そうだ。大袈裟に欠伸なんかしてやがる。


「ナベ坊、どないしたんや。宿屋で食べたらえーやろ」


「素泊まりで泊まっていたから飯は付いてないんだ。で、アンドーさんが戻ってこないから夕飯がなくて」


「ガイン、カレンね、お腹すいたの」


 カレンちゃんも訴える。


「ナベ坊か、そこの嬢ちゃんが作ればえーんちゃうか?」


「私の料理はレベルが高すぎて皆の口に合わないのよ」


 ティナの料理の腕前を知りたいところだが、見た目で泣ける料理は避けたいな。


「そうかいな。ナベ坊は?」


「自信はない」


 独り暮らししてたけど、料理は余り経験してないからな。コンビニ万歳、学食万歳だ。


「んで、ここに来たんか」


 じいさん、大笑いしてくれた。


「よっしゃ、ちょっと早いけど、作ったろか」


「ありがとな。で、これが食材」


 俺は背負い袋から大小のキノコと干し肉、岩塩を出す。


「はん?その食材で何を作る気なんや」


 言われて気付く俺。何が出来るんだ、これで。


「焼けば何とかなるだろ」


 ここは強気で攻めるべしだな。攻めた先に何もないが。


「まぁ、ええわ。あれやな、前に話したキノコの丸焼きを食べたいんやな」


 さすがじいさん。覚えていてくれたか。



 じいさんの指示で水を汲んでくる。桶に関してはじいさんが馬車から出して貸してくれた。それ、馬と共有じゃないよね。


 桶にキノコを全部浸ける。なるほど一度水で戻すんだな。

 水は広場にあった井戸から俺とカレンちゃんで汲んだ。でも、料理するまでにキノコが戻るものなのか。


 その間にじいさんは竈で火を起こす。火打ち石でも使うのかと思ったら、水桶と一緒に馬車から持ってきていたマッチ箱くらいの小箱の中に入っていた火種を使っていた。

 じいさんに訊いたら、やはり魔道具であった。火を起こすのに必須なアイテムらしい。

 俺も欲しいな。俺には使えないって話だけど、アウトドアグッズって妙に心惹かれるよね。


 次にじいさんは干し肉を少し削って口に入れる。


「カチコチやな。えらい年季入った肉やで」


 俺も貰って口に入れたが、噛みきれない。スパイスは効いているな。

 ガムの様に噛んでいると、少しずつ旨味が唾液に溶け込んで来るのが分かる。まぁ、スルメみたいなもんだな。


 じいさんは、干し肉を削いで細かくしていく。干し肉は2枝買ったが、1枝の半分も使っていない。買い過ぎたようだ。


 その間にカレンちゃんが岩塩を木製容器に入れて、上から短い棒で叩き砕いていた。じいさんの指示でキノコ焼きに振り掛けるためだ。意外にカレンちゃんの筋が良い。


「お手伝いでやってたよ」


とのこと。

 俺は袋とか瓶に入った塩しか知らないからやったことないな。

 いや、お洒落なお店でガリガリ回して料理に振り掛けるヤツは経験あるか。あれ?でも、胡椒だったかな。


 キノコの水戻しは短時間で終わった。吸水性、優秀。

 じいさんが布で水分を取ってからフライパンでジュウジュウ焼いておりますわ。焦げ目もしっかり目ですな。

 それを皿に置いて、カレンちゃんが塩をパラパラと掛けていく。


 干し肉の方はキノコの戻し汁を一部を使って、別の竈でコトコトしている。

 今までに見たことないくらい真剣な目で、ティナがゆっくりクルクル回している。集中し過ぎていて、話しかけにくい。



 俺は近付いて鍋の中を覗く。

 濃い緑色だ。弱火で炊いているので、たまに泡が表面に浮かんでくる。汁に粘度があるのかその泡がしばらく残る。

 具は干し肉と小さいキノコしか入れていない気がしたが、野菜か何かを追加したのか。


「見たことないくらい食べ物に思えないけど、美味しいのか?」


 俺はティナに尋ねる。何せ、一言で言えばグロいってヤツだからな。


「……さぁ」


 珍しくティナの声が弱気だった。よく見たらお玉をかき混ぜる手が震えている。


「……何、入れたの?」


「何も入れてないのに色が変わったのよ。……おかしいよね」


 おかしいな。それなのにかき混ぜ続けるお前もおかしいな。

 もっと早く、その異常を教えろよ。臭いも食物の臭いじゃなくなって来ただろ。


「いつもこうなのよ。たぶん、見た目通り不味いわ。それどころか、お腹を下したりするかもよ」


 やめろよ、分かってるなら止めてくれよ。

 そんなものを俺たちに食べさすつもりだったのか。


 俺はじいさんを呼ぶ。キノコの焼き担当はカレンちゃんに代わってもらった。

 鍋の中は空っぽになっていた。ティナの尊厳のために俺がティナに中身を転送させたのだ。


「すまない。中身を全部溢したんだ。もう一度作ってくれないか」


「あぁん?ナベがやったんか?しゃーないヤツやな」


 じいさん、憎まれ口を叩きながらもやってくれた。

 溢したスープがどこにあるかは聞かれない。じいさん、実は鋭いからな。たぶん、ティナの異様に残念そうな雰囲気から、察して黙っているのだろう。

 戻し汁を分けるところからやってもらって、美味しそうなジャーキースープになりつつある。油もほどよく浮いていて、美味しそう。干し肉に施してあった匂い付けのスパイスがスープの香りとしても抜群だ。食欲を促す芳香を漂わせる。もう少しで出来上がるとのことだ。

 入手先さえ分かれば、玉ねぎとかの野菜も買えば良かったな。



「ありがとね、ナベ」


 小声でティナが俺に礼を言う。


「昔からなのよ。料理すると、いつも変なのが出来るの」


「普段はどうしてんだよ」


「食べないのよ。食べなくても死なないし」


 そうだった。ティナ達、神様達は食べなくとも良いんだった。

 しかし、料理できないにしても程があるだろ。ただのスープが魔法使いのババアが混ぜている毒薬みたいになっていたぞ。


「久々よ。こんなに頑張ったの。うまくいかなかったけど」


「林檎は美味しいから、食べ物を育てる方に特化するしかないんじゃない?」


 とりあえず、慰め言葉くらいはくれてやる。俺は二度とティナに料理を任すことはないと誓う。


「んー、でも、折角作ったから食べて欲しいな」


 いや、無理です。困った顔で、こっちにお願いするな、ティナさんよ。


「お腹を壊すかもしれないって言う物を勧めるな。明日、盗賊にでも振る舞ってやれよ」


 すまんな、盗賊ども。俺の身代わりになってくれ。

 腹痛の際はティナが責任を持って何とかしてくれるだろう。


「それ、いいね。やっぱり他人の評価を受けないと料理って上手にならないものね」


 一般的にはそうだが、あのスープというか、謎汁を作り上げたお前には当てはまらないと思う。


「シャールに転移して食べて戻るっていう案もあったんだけど、久々に楽しかったわ」


 おい!先にそれを言っておけよ。


 じいさんがスープが出来たと教えてくれた。カレンちゃん担当のキノコ焼きも皿に盛り付けられている。



 うまいな、キノコ。塩だけの味付けだが、外側がパリパリしていて中はジューシーな歯応え。切り取ってパンに乗せても結構いける。

 スープも干し肉から出た油と塩が程よく、登山で疲れた体に染み込んでいくようだ。

 色も茶色透明だ。濃緑なんかじゃない。



 食べ終えて食器を片した後は、じいさんを残して宿屋に戻った。日の暮れもいいとこだが、まだダンとアンドーさんは帰って来ていなかった。ちょっと心配。

 いや、死んでるとかそんなでなく、本当に恋仲で宜しくやってたら嫌だなと。


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