山登り
今日も快晴だ。空には雲も少なく、気温も上がりそう。日本みたいに湿度が高くないのが非常に気持ちいい。
村人にダンが古い祠の場所を聞いていた。昨日、ティナがそこにも目的のものはなさそうだと言っていたが、一応向かうらしい。
そうそう、カレンちゃんが御者のじいさんとも木の棒で突き合いを遊んでいた。
近くで見ていたが、なんかカレンちゃんの突きが異様に速い感じがする。それをじいさんが歳に似合わない軽やかなステップで交わしていた。
俺がカレンちゃんとやったら負けるかも。いや、そんなはずはない。そんなはずはないから、しばらくは遊びでも対戦を避けよう。
「ガインも強いね」
ガインと言うのは御者のじいさんの名前らしい。俺も初日に聞いていたが全く覚えていなかった。興味がなかったわけじゃないんだ。
すまない、ガインじいさん。適当に聞き逃した結果、改めて尋ねることができなかったんだ。
「嬢ちゃんもえー感じやで。も少ししたら避けれんよーになりそうやわ」
そうなのか。お世辞だと思っておこう。しかし、本当なら俺も鍛えないとカレンちゃんに置いてきぼりされそうだ。
これはいかん。微妙に焦ってしまう。
「さあ、行くわよ」
ティナが俺とカレンちゃんに言う。良かった。そう、今日はカレンちゃんの村を山の上から眺めるのだ。何故高いところに行く必要があるのかは分からない。魔法でちゃっちゃっと映像っぽく見せることが出来るんじゃないだろうか。
あと、ナイフの件は忘れてくれているようだ。良かった。
昨日の夜は悪夢でうなされたよ。魔法みたいに体が浮かんで、落ちたと思ったらナイフが尻に刺さってるんだもん。その後、傍にティナが現れて『よく刺さったわね、嬉しいわ。さすがナベね』とか、夢の中とはいえ訳分からん誉め言葉を頂戴したわ。
それを思い出して尻を触る俺を傍目に、ティナが続ける。
「あの山がいいわね」
村の周りは連なった山だらけだが、その中でも一段高くなった頂上を指しながら言った。道がありそうな感じがしなく、獣道を見付けたりしながら上を目指すのだろうか。
これは、結構大変そうだ。
ダンとアンドーさんは、カレンちゃんが遊んでいる間に既に出発していた。少し遠いんだとさ。
あいつらも徒歩で行く必要があったのかという疑問がある。こんな事を思うのも、なぜなら、俺も今から歩きで登山するため『転移したいよ、せめて、空中浮遊でお願いしたいよ』という思いが強くなったのだ。
もう口に出して言ってみよう。
「ティナさ、魔法って楽でいいよね?」
「どういう意味?」
分かってる癖に。わざわざ遠回しに言ったのに最後まで俺に言わす気か。いいだろう。
「あの山に登る必要あるの?」
怠け癖、ここに極まりだ。いや、素人が山に入るのは危険って、よく言うしな。
「登るに決まってるでしょ。カレンちゃんの村の様子を見せてあげないと」
いや、だから魔法を使えばここでも見られる気がするんだよな。というか、間違いなく出来るだろ。
しかし、俺の気持ちに反して、ティナは少し続ける。
「それにナベは歩いた方がいいわよ。カレンちゃんは日々ダンと剣の練習しているのに、ナベは食べては喋って食べては喋っての生活でしょ?これじゃ良くないって、ダンと話したのよ」
まじ?そんな風に思われていたの。ちょっとショックです。
そして、カレンちゃんのちゃんばら遊びが剣の練習だったなんて。
「……いつ、そんな話を?」
「昨日の馬車の中よ。ナベとカレンちゃんが屋根に乗っている時」
愕然だ、愕然。俺の居ないところでそんな話をするなよ。
誉めて育てる方針で行って貰いたい。
ダンめ、今晩にも枕元にバッタでも置いてやる!
「私と離れてナベだけ別に一人登山するのもありよ?」
笑顔で言うな。俺、死んじゃう。
「頂上で爽やかな空気を皆で吸いたいなぁ。さあ、皆で出発しよう」
俺、すっげー棒読みだけど、これくらいで勘弁な。
ダンが出してくれた俺用の鞄を肩に掛ける。至って普通の革製鞄だ。魔法的な収納はない。
カレンちゃんもポシェットを身に付けていた。ティナに獣化の進行を止めるナイトクリームと同時に貰った奴だな。
御者のじいさんはお留守番である。そもそも一緒に来る理由がないしな。
眼前に目的とする山は見える。聳え立つ山脈の峰の内、村の背後にある一番高いやつだ。昨日まで馬車で通った道はその山脈に延びているが、当然峰ではなく谷間の方向に伸びていて方向は違う。
とりあえず、柵の開いた所から村の外に出る。村人が山に入るために使っているのであろう小さな道を進む。両脇が草だらけで、虫や蛙が飛び出て来る度に驚く。
先頭にはティナが立つ。
他人が見たら、従者っぽい俺は主人に何させているんだと思われるだろうな。
「これ、今日中に戻って来れるのか?」
「何とかするのよ」
ティナは振り返って俺に笑い掛ける。何か天気が良いのもあって、すごく輝いて見えた。女神の魅力って奴だろうか。
俺は柄にもなく少し目をずらした。昨日はナイフに刺されと強要されたばかりなのにな。
結局、その笑顔は何だったのか。山登りは至難を極めた。特にモンスターが出たわけでもないのだが、体力的な限界に挑戦し続けていた。
普通、登山道って角度を緩めるためにクネクネした道で距離を稼いで登っていくじゃない。なのに、麓から頂上へ一直線に登るとは思わなかった。
さすがに木があれば避けたりくらいはしていたが、ひたすらティナが鉈で草を払って突き進むんだもん。
急な斜面では四つん這いになり、もっと急ならティナが掛けたロープを掴んだりで登った。
激しすぎて汗まみれ、涙まみれだ。疲れすぎると勝手に目が熱くなるんだな、知らなかったよ。
「到着~」
俺が息も絶え絶えな中、先頭のティナが呑気な声を出す。
「カレンちゃん、大丈夫?」
俺の心配もしろ、ティナ。どう見てもカレンちゃんより俺の方がやばい感じだぞ。
そう、カレンちゃんはそんなに疲れてなさそうだ。山育ちなのか、こんな無茶な登山なんて日常茶飯事なのか。
「大丈夫だよ。でも、ナベが死にそうだよ」
「ハハ、ナベはあー見えて頑丈だから心配要らないわよ。ね?」
登りきったという意味では頑丈だったよ。ここで終わりか。よし、水を飲みたい。
俺は鞄から小さな水筒を出し、一気に喉を鳴らす。
「ダメだよ、ナベ。一気に飲んじゃダメ。お腹壊すよ」
カレンちゃんが注意してくれる。ありがたいが、俺の本能は許してくれない。
すまないが少し黙っていてくれ。水をゴクゴクと飲ませてくれ。
「ナベもよく付いて来れたね。偉いよ」
先程の冗談はさておきで、ティナが座り込んでいる俺に手を差し出す。それを受けて俺もティナの手を握って起こしてもらう。
何か情けないな。あと、ティナの手、柔らかい。少しドキッとしちゃったよ。
「ふぅ、カレンちゃんは山登りが得意なのか?」
「うん。毎日登って食べ物探してたよ。でも、こんなに速く登ったのは初めてだよ」
カレンちゃんはそう言いながらも、少ししか汗をかいていない。うむぅ、もしかして、俺、かなりダメな奴なんじゃないか。
「さてと。頂上に着いたはいいけど、見張らしは良くないわね」
ティナの言う通りだ。ここが頂上だと言われても周りは木々で囲まれて、本当に頂上なのかどうかさえ分からない。
「じゃ、切り倒すから、カレンちゃんとナベは私に近付いてね」
えっ、切るの?いいの?村人さんの中で利権とか仕来りとかあるんじゃないの。
カレンちゃんが素直にティナの側で待機する。俺も遅れてそれに続く。
「それじゃ、行っきまーす」
ティナが手を合わせるのが見えた瞬間、突風が吹いて気付けば周りは切り株だらけだ。元にあった木はきれいに先を外に向けて円状に倒れている。
スゲー、何かの魔法だろうけど何が起きたのか分からなかった。
「凄い、ティナ!どうやったの!?」
カレンちゃんのテンションはマックスだ。子供って素直でいいな、俺も照れずにそんな感じで驚けば良かった。
「頑張ればカレンちゃんも出来るようになるよ」
本当なのか。カレンちゃん、優秀だな。
でも、俺は、俺には無理か。アンドーさんがそういった何か道具を作ってくれないかな。




