キラムの村
夕方になる前に俺たちはキラムの村に着いていた。
じいさんと一緒に御者台にいたが、余り話は弾まなかった。俺が戦闘の疲れを感じていたからだ。
蹴られた手首がまだ痛むし、それ以上に感じるのは、やけに体が重いことだ。今までにないくらい緊張したのが大きいんだろう。死をあれほど間近に感じたことがなかったわけだし。
じいさんも気遣ってか、盗賊の話はしてこなかった。
あれ、よく考えたら、この手の痛みもアンドーさんに治して貰えば良かったな。それさえ考えられないくらい頭が疲労しているのか。
外から見たキラムの村は朝出た村よりも小さい気がする。まあ、麓の村から山道を一日掛けて行った所にあるんだからな、人が余り住みたくない立地なのは間違いない。
逆になぜ、こんなとこに人が住んでいるのだろう。
昨日、村に入った時と同じように幾らかお金を払う。違うのはシャールの街で書いた手形を見せて、もう一度それぞれ名前をサインすることで村の外れでなく、家々がある中に入れたことだ。
御者のじいさんの説明では村を出る時に手形を返して貰って、シャールに持って帰らないといけないとのことだ。村で何事もなく過ごしましたよという証明書になるらしい。
特に『村の中では魔法は使用するな、使うなら見つかるな』と強めに言われた。
宿屋もぼろいけどあったが、御者のじいさんは手形を書いてないので、町外れの広場で待つことになったのが不憫だ。
こうなるなら、手形の金くらい出してやったのに。そう思いながらも、金を出すのは俺じゃないってのが情けない。
誰もいないことを確認したダンによる恒例の部屋の除虫が済んでから、カレンちゃんはそのダンを誘って遊びに行った。
カレンちゃん、木の棒でちゃんばらごっこするの好きだな。ムキムキ戦士を目指しているのだろうか。
一息着いたところで、俺はティナに話し掛ける。
「盗賊と戦う前に地面が光っただろ、あれは何だったんだ?じいさんはアンチマジックって言ってた気がするけど」
「そうよ、それであってるわよ。魔力を無効化するのよ。私たちには関係ないけどね」
「ティナ達は魔法を使っていなかったのに、じいさんが驚いていた」
「あー、火や水を出すだけが魔法じゃないのよ」
「ん?アンドーさんがしたような、瞬間移動みたいなのも魔法なんか?」
「そりゃね。ナベの世界で出来ないことは大概は魔法よ。その魔法の源である魔力を無効化するのがアンチマジックだから、御者さんは驚いたかもね」
ティナが戦闘の時のように瞬間移動で俺の後ろに回る。いや、移動自体は見えているから高速移動なんかな。
「これはね、魔力で移動してるのよ。私はそれにプラスして空気や地面に震動が起こらないように別の制御もしているわ」
「足がムキムキになったりはしないんだな」
ほら、アニメとかで本気になったら筋肉が膨れ上げるのあるじゃん。あんな感じをイメージした。
「別に筋肉自体を肥大化させて筋力を上げてるんじゃないからね。しようと思えば出来るけど、筋肉を大きくするだけじゃ見掛け倒しになりがちかな。シャールで大剣を担いだ人を何人も見なかった?あれなんかも体内の魔力を自然に使って筋力を出してるのよ」
なるほど、だから、あんな重そうな物を持って歩き続けられるのか。移動だけで重労働だから無理するなよと思ってた。フルアーマーでも同じことが言えるんだろうな。
「そういや、じいさんは俺の事も強いって言っていたぞ」
「盗賊の動きを止めたからかな。アンチマジックの中で何かの魔法を使ったら、相当の使い手と思われることが多いから」
「俺が魔法を使った?」
「そのナイフよ」
ティナは俺の腰に差してあるナイフを指で示してながら喋る。俺、魔法のセンス皆無のはずでは。
でも、ちょっと嬉しい。俺もファンタジー体験がこれから出来そうだ。
「普通ならアンチマジックで、武具についた効果も出ないのよ。無効化されるからね。アンジェがいいのをくれたから助かったわね」
優しく微笑んでくれたが、それを使う前に、俺が足を刺される前に助けてくれよと心から思う。
「あとね、どんな生物も生きるためにも魔力を使っているのよ。例えば、心臓も魔力で補助して鼓動しているの。だから、アンチマジックの中だと思うように動けなくなるのに、ナベが平気だったことも驚いたんじゃないのかな」
「盗賊たちも平気だったぞ?カレンちゃんも」
「カレンちゃんは必死に走ったのよ。で、盗賊さん達は仕掛ける側。自分達には影響しない様に術式を整えるのが普通。じゃないと実戦で使えないもの」
そうなのか。その程度でじいさんは俺のことを強いと言ったのか。
「俺は魔力が使えないから、アンチマジックが関係ないってこと?」
「そうそう。こっちで言う、希少種ね。魔力が本当にゼロなんて、たぶん他にいないわよ。あのナイフも使えるか心配したんだけど、魔力がない人間が使うと周りから魔力を補うのね。知らなかったわ」
えー、神様が効果が出るか分からない物を実戦で使っていたのか。
「どういう事?」
「魔具と魔道具って言葉が似ているけど、魔道具は道具の中に魔力を組み込むの。ただ、起動に少しの魔力が必要だから、これはナベには使えないと思うよ。宿屋のランプとかね」
ティナは俺の指輪を指してから続ける。
「で、魔具はね、使う人の魔力を吸い取って効果を発動させるの。魔力を中に入れておく魔道具よりも強力な効果が出すためにね。でも、使用者の魔力を吸っちゃうから、魔力が足りないと効果が出ないか、生体維持分も無理に吸って倒れたり、死んだりするのよ」
恐ろしい話だわ。場合によっては呪いの武器みたいじゃんというか、そのまんまじゃん。
「そのナイフね、魔力を相手に過剰供給させて相手の動きを止める仕組みなのよ。だから、使う人の魔力が高いほど効果が高くなるヤツね。魔力のないナベが使うとどうなるのか、一目見た時からすっごく興味があったわ。で、あの時は体を通して周りからナイフが魔力を吸い取っていたのよ。何でだろ。不思議だわ。どれくらい周りから魔力を吸いとれるのかしら。面白いわ」
ティナはそう言いながら、俺のほっぺを撫でる。ちょっとドキッとしてしまうだろ。何のためのスキンシップだよ。
「良い感じだった」
横でブドウを食べながら黙っていたアンドーさんが言う。相変わらずのジャージで、椅子に座って足を組む姿はくそ生意気な女子中学生まんまだ。
「私が作った」
なんだ、そのドヤ顔は。しかし、俺は笑顔だ。
「アンドー様、次は炎が出る剣を下さい!」
「危ないだろ。そこらが火事になったらどうするんだ」
にべもない。まぁ、おいおいお願いすれば何とかなるだろう。それよりも気になることを聞いておかないと。
「前にさ、俺には魔法が使えないって言っていたけど使えたじゃん」
俺はティナに向き直して尋ねる。
「全く魔力を感じないから使えないと思ってたわ。そういう意味じゃ間違えてたわね。魔具みたいなものであれば使えるのね」
「この指輪は?」
俺はティナから貰った翻訳指輪を嵌めた手を見せる。
「私の魔力を込めているから、それを使っているのよ。凄く特別な逸品よ」
そう言うと、ティナはアンドーさんに近付いてブドウを手にしながら続ける。
「今回のはアンジェのナイフが相当良かったのね。でも、持っただけだと魔力の流れはなかったわ。今も周りから魔力を吸ってないし。……あのナイフを地面に立てて、誰かが刺さっても同じように麻痺の効果があるかを調べたいわ。いえ、でも、それじゃ地面の魔力に依存しちゃうのかしら。アンジェはもうやってるだろうけど、私は知らない。ナベ、早速地面に置いて刺されてみて」
何でだよ。嫌に決まってるだろ。
「ナベ、私たちも魔力が全く無い者は初めて。だから、どんなものか知らなかった」
「そういうことよ、そのナイフがナベでも使えるって分かって、私たちも大発見したのよ。もっと、知りたいから刺さりなさいよ」
何か大発見だよ。
そうか、だからギリギリまで盗賊の様子を窺ってたんだな。俺がナイフを使ってどうなるか試した訳か。
くそっ、こっちはモルモットにされた気分だ。
しかし、まぁ、俺が本当に危なくなったら助けてくれたんだろうとも確信している。ここは一つ大人になろう。
「とりあえずは、ありがとな。このナイフは大事に使うよ」
「ふむ、良い心掛け」
「じゃなくて、刺さりなさいよ。私が刺したんじゃ意味ないでしょ」
アンドーさんは普通なのにティナが興奮し過ぎだな。怖いですよ。俺はそんなマゾじゃないし、マゾでもレベルが格段に高いヤツだ。
話を変えよう。
「カレンちゃんの件が落ち着いたら魔法について勉強したいな。学校みたいなものがあれば行きたい。序でにここの文字も読めようになりたいからな」
「ナベがそう言うなら、それで良いわよ。私たちは一緒には行かないかもだけど。あと、ナイフに刺さりなさいよ」
ナイフの件は無視だ。刺さるわけないだろ。
「えっ、来ないの?」
心細いじゃん。この世界で一人きりなんてしないで。
「だって、学校は退屈だよ。私たちが知らない事なんてそうそうないんだから。だから、分からないことは知りたいのよ。でね、ナイフに―」
「刺さんないよ」
俺はティナの言葉を遮る。
しかし、ぐむむ。いや、学校に行ってる間くらいは離れても良いか。親離れならぬ神離れしないと、俺もダメ人間になってしまう。
「そろそろ夕飯。ダンとカレンを呼んでこい」
アンドーさんが俺に命令する。それこそ、魔法で呼べよとか思ったけど、ここはナイフのお礼だ。素直に聞いてやった。ティナからも逃げられそうだしな。
御者のじいさんにも差し入れして、ハンバーグとパンを食した。カレンちゃん、お肉大好きみたい。アンドーさんにお代わりをお願いしていた。美味しそうに食べるので、俺も何か楽しくなってきたな。今日は疲れたこともあって、よく眠れそうだ。




