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圧勝

 俺の上で倒れている仲間を見ても盗賊たちは傍観しているだけだった。多分、何が起きたか理解出来ていないのだろう。


「よくやった、ナベ」


 アンドーさんが俺に向けて言う。


「後は任せろ」


 いや、こうなる前から任せていたんだが。何回、任せろって言ってるんだよ。



 アンドーさんが喋ったのを契機に盗賊たちも我に返る。


「やれ!!」


 盗賊のリーダーが短く命令を下し、馬車から飛び降りる。


 前方にいたリーダーを除く五人の盗賊の内、中の三人が剣を抜いてティナを勢いよく襲う。それなのに、ゆったりとティナが細剣を抜くのが見えた。


 と同時に残りの弓矢を持った二人が矢を放つ!

 照準は分からない。俺に向けてではない。

 矢って、こんなに速いんだな。ナイフで刺された足が痛すぎて目が霞んでるのもあるか。


 そこまで見届けてから、俺は上に乗っかっている盗賊を押し退ける。

 足の傷が響くが我慢だ。声が出そうになるのを耐えながら必死に腕に力を入れたり、体をずらしたりしながら上体を起こすことに成功した。

 力むと足に激痛が走る。傷からの血は止まっているかどうか分からない。


 どうにか盗賊をずらしてから改めて前を見ると、アンドーさんがいくつもの矢を手で握っていた。

 俺が見てない間にも矢が放たれていたんだろう。それを全部片手で受け止めたのか?どうやったんだ。


 俺が疑問を抱いている中、アンドーさんが指を鳴らす。いや、遠すぎて音は聞こえず動作でそう分かった。

 俺の左足が白い光に包まれ、それが消えた頃には痛みが消えていた。動く、動くよ、僕の足。アンドーさんが何かやってくれたよ。魔法だよね。


 アンチマジックなんかじゃないな、地面の光。まだ輝いていやがる。

 唾もきれいにして頂けたら有り難かったが、そちらは自分の袖で拭う。ウェットティッシュがあればな。



 急いで立ち上り、御者のじいさんの所へ走る。一番無防備なのはじいさんだからな。守れないかもしれないが、傍にいてやった方が良いだろう。


「さて、お仕置き」


 アンドーさんが消えた。目で追えない速さだっただけなのかもしれない。

 次に見えた時には、アンドーさんが弓を持った盗賊の後ろに回って単純な前蹴りを喰らわせていた。棒を倒す様に蹴っただけなのにゴガッと凄い音が響く。

 盗賊は吹き飛ぶ事はなかったが、腰が有り得ない角度で曲がったまま地面に倒れる。

 ひー、絶対に背骨折れてる…。尻と背中がくっつくことなんてあるんだ…。というか、死んでるんじゃないか。


 気付いたときには、アンドーさんはもう一人の弓を持った奴も倒していた。倒れた相手のお腹を踏みつけたのが見えた。

 それ、俺がさっきやられたやつじゃん。とても痛いから止めてあげて。


 アンドーさんはまだ止まらない。

 指を鳴らしたら、突然数珠を握った盗賊が出現した。何やらブツブツ呟いている。たぶん、居場所が変わったことに気付いていない。

 アンドーさんはその顎をアッパーぽく殴り付けた。足が浮く程の衝撃で吹き上げられ、そして、その盗賊は後ろ向きにドサッと倒れる。

 地面の光が消えた。きっと、さっきのがアンチマジックとかいう魔法の術者で、どこからか転送させたんだろうな。

 でも、そのアンチマジックはアンドーさんには全く効いてないのでは。あとで、ゆっくり聞いてみよう。

 アンドーさん、魔法使い系なのかと思っていたけど、戦闘スタイルは格闘家なんだな。



 さて、ティナはどうしてるんだろう。


 あぁ、ヤバい。


 ティナは細剣でちくちくと盗賊の体を次々に刺しつつ、且つ、分かりやすい喉とか目とか、そういった急所は外していた。完全にいたぶってます。


 盗賊は血まみれで既に戦意を喪失している様子だが、ティナが許さない。

 尻餅を付いたりすると、立ち上がるまで手の甲や頬をすばやく何回も突く。逃げようとするとアンドーさんみたいな瞬間移動に近い速度で先回りして、また致命的にならない箇所を刺す。

 なのに、盗賊の足を刺して動きを止めることはしない。


「もう殺してくれ!」


 盗賊が叫ぶがティナは手加減しない。いや、ある意味手加減してる?刺しを浅くして、痛みを中心に与えているのだろうか。


「ダメよ。殺さないから。苦しみだけ与えたいの」


 ティナはさらっとそんな事を言う。もちろん、足も手も休めない。

 それは戦意を奪うためのセリフだと思っていいでしょうか。本心からだと、本当に怖いです。


 しばらくして、三人とも地肌が見えない程血を垂らして地面に倒れる。ティナは刺しても動かなくなったのを確認してから、血を払うために剣を振り、それから鞘に戻した。


 いやん、残酷過ぎ。生きてるだろうけど穴だらけじゃん。



 短時間での壊滅したのを目の当たりにしたリーダーは、もう森の中へ逃げていた。逃がしてよいのか。

 その疑問を言葉に出す前にカレンちゃんの事が頭をよぎった。


 ダンとカレンちゃんは?俺は後ろを振り向く。二人はいなかった。大きく曲がっている道の向こう側でダンが戦っているのだろうか。音は聞こえない。



 俺は急ぎ駆けて道を戻る。御者のじいさんも付いてくる。歳の割りに元気だな。俺と変わらない速さで息も切らさない。日々の労働のおかげなのか、却って俺の方がしんどそうだな。

 この体になって前よりは軽くなったはずなんだけど根性が足りないのだろうか。まさかな。


「ナベ坊、足は大丈夫なんか?」


 走りながらじいさんが聞いてきた。


「痛くない。アンドーさんはさすがだな」


「そうか、なら、えーな」


 喋ったせいで俺の速度が落ちたのか、じいさんが加速したのか、追い抜かれた。



 じいさんは曲がり道の手前で止まる。遅れて俺もそれに従う。


「えーか、ナベ坊。こっちは見えへんくても相手は見えてることがよーあんねん。だから、こっからは慎重に行くんやで。人質を取られとっても慌てたらあかんで」


 じいさんはそういう言いつつ、地面に耳を当てる。そんなので分かるのだろうか。それから、道を外れて森に入り、ダンとカレンちゃんのいる向こう側を観察する。


「なんや、もー終わっとるやんけ」


 戻ってきたじいさんは、服に付いた、くっつき虫みたいな草の種を払いながら言う。


「ほな、行こか」


 じいさんに続いて道を進む。歩いてだ。



 先ではダンとカレンちゃんが立っていた。盗賊と思われる男たち四人が下半身を地面に埋められた状態で石畳の脇で並んでいた。


「何、これ?」


 異様な光景なのに、俺から出た言葉は平凡だった。びっくりするとどう言えば良いか分からない時があるよね。


 ダンが爽やかな笑顔で言う。前々から思っていたが、その笑顔と腕のタトゥーは合ってないな。


「うむ、とりあえず逃げないように捕まえたのだがどうしたものかと考えていたところだ」


「どうやって?」


「土とあいつらの場所を転送で交換するだけだ」


 んー、簡単に言うけど、たぶん人間には難しい事なんだろうな。『地面に埋めれば分からないわよ』と昨日ティナが言っていたヤツの派生なんだろう。

 というか、ティナやアンドーさんの技も含めて人間離れしてるって奴なんじゃないか。こっちの人間はあれくらい出来る奴がゴロゴロいるなら、俺なんか雑魚もいいとこ、出会い頭に瞬殺されるぞ。



「ナベ!良かった生きてるね!」


 何故かスコップを持ったカレンちゃんが俺に笑顔で声を掛ける。

 あぁ、良かったよ。お前は逃げたけどな、と心の中で少し悪態を付く。


「ダンが応援要らないって言ってたけど、本当だったね。ナベ、頑張ったね」


 ん、カレンちゃん、助けを呼びに行ってくれたのか。ちょっと誤解していた。確かに、あの状況ではカレンちゃんに出来ることは少ないもんな。

 しかし、助けが要らないはずないだろ、ダンよ。


 言い終えると、カレンちゃんは向きを変えて、大きなスコップで石畳の上にある土を脇に除ける作業に戻る。

 その土が盗賊と入れ替わったものなんだろう。往来の邪魔になるから移動させてるんだな。


「ダンはカレンちゃんを手伝わないのか?」


「カレンが自分でしたいというものだからな。カレンも役に立ちたいのであろう」


 おぉ、とても良い心掛けだな。とても嬉しい気分だ。

 しかし、その前に俺の様子を伺いに来いよ。ダンの言葉に従い過ぎなんではありませんかな。



「派手にやられたな、ナベ」


 ダンは俺の血まみれのズボンを見ながら言う。


「まあな。アンドーさんからナイフを貰ってなければ死んでたかな」


「ガハハ、そんな訳あるまい。我らが助けていたはずだ」


 お前、俺が刺されたことをカレンちゃんから知っただろ。ふざけるな。


「もっと早くに助けて欲しいな、マジで」


「そう思うだろうが、ナベも経験しないとな。ある程度は自分の身は自分で守ることも必要だ。今のままではダメだと思ったであろう?」


 確かに盗賊程度に伸されていた。あのナイフが足でなく喉元とか胸を狙っていたら、死んでただろう。この先を考えたらもう少し精進が必要だ。


「おいおい考えるよ」


 しかし、まぁ、当分はダン達に任せるよ。俺が先頭に立つ義理も義務もないしな。



 埋まっている盗賊達を改めて見る。皆、青白い顔をして呆然としている。盗賊みたいな柄の悪い連中の上半身は自由だから石を投げたり、罵声を上げたりしても良いのにと感じたが、案外に素直だな。

 これ、絶対、ダンが何かをしていると思う。じいさんも何か言いたげな様子で、たぶん俺と同じことを考えているのではないだろうか。


 カレンちゃんが土を除け終えたところで、俺たちは馬車の所に戻る。カレンちゃんはたくさん汗をかいていたので、ダンが懐から出したハンカチを渡してやっていた。


 道を塞いでいた、横倒しの馬車は既にどこかにやったのか無くなっていた。アンドーさんやティナが倒した盗賊たちは縄で手足を縛られて、一ヶ所に集められている。


 良かった。アンドーさんが蹴り殺したと思っていた弓持ちの盗賊も無事生きていた。夢に見そうなくらいの背中とお尻のダイレクトコンタクトが治っているので、某かの回復魔法を掛けてもらったんだろうな。



 さて、ダンではないが、これをどうしようか?全部で11人もいる。到底、うちの馬車で運ぶなんて無理だ。


「埋める?」


 アンドーさんがティナに話し掛ける。


「それが早いけどね。命までは取らないってナベに言ったのよ」


 恐ろしい話だわ。大量虐殺を目の当たりにするところだった。



「じいさん、こういう時はどうするんだ?」


「こんだけの人数やと、村に応援を出してもらわんとあかんわ」


 そうなるか。んー、どうしたものか。呼びに行く奴とこの盗賊を見張るヤツの二組に別れないといけないか。どっちも盗賊の第二波の奇襲があると怖いぞ。



「このまま放置したらどうだ?」


「ナベも残酷ね。このまま飢え死にさせるのね。死に行く恐怖を感じさせたいと思うナベの心意気は立派だけど、そこまではいいんじゃない」


 そんなつもりじゃない。それに、それは誉めるところでもない。たまにティナさんが怖いです。


「何でもするから殺さないでくれ!」


 縛られた盗賊の一人が言う。嘘だろうなとは思った。でも、俺も殺したくないし、無罪放免ともしたくない。そうだ。


「明後日までにパンドー草をそこの馬車にいっぱい山盛り取ってこい」


 俺は盗賊達に言う。要は問題の先送りだな。連れていけない今は、逃がすか殺すかしかないんだから、その判断自体を避けようと言う考えだ。そのまま逃げてしまう気も多いにするが、後は神様たちが何とかしてくれるだろう。


「それじゃ、それで良いかな。その草を集めずに逃げたらさっきと同じ目に合わせるからね」


 ティナが笑顔で盗賊に言う。盗賊たちは無言で頷いた。うん、怖いもんね。俺にタックルしてきた、あの盗賊一人だけが喚いていたが、仲間に背中を蹴られて黙った。こいつだけ、さっきの惨劇を見てなかったからな。



「一人、足りないな」


 ダンが盗賊を見ながら言う。


「そうそう、逃げたの忘れてたわ。馬車の上にいた人」


「なかなかすばしっこいな」


 大声で笑いながらダンは言いながら、指先に紫の光弾を作る。

 すぐに光は若干の軌跡を残しながら空に向かって上がり、どこかに飛んでいったかに思ったが、すぐに戻ってきた。


 弾が消えた後にはそこに逃げたはずの盗賊が息を切らせて立っていた。顔を振って周りを確認していたが、逃げる前の場所にいることを理解したのか、項垂れて地面に座った。


「どこかに逃げても無駄だぞ。こんな感じで捕まえることができるからな、ガハハ。働き次第では処分を考えてやらんでもないから頑張るが良い」


 俺たちは盗賊たちの縄を解いてから馬車に戻る。

 奴等の武器はアンドーさんがどこかに転送していたから、全員丸腰だ。服は血で汚れたり、ティナに突かれてボロボロだったりで直してやりたいところだが、そこまですることもないか。

 盗賊たちは、散り散りに森へ入っていった。二日後にはパンドー草をたくさん採ってくれていることだろう。逆らう気力まで奪った感じだったもんな。



 俺は再び御者台に座った。

 馬がゆっくり歩み出してからじいさんが口を開く。


「さっきの事は誰にも喋らんわ。……そう伝えといてな」


 真意が分からず、俺は黙ってじいさんを見る。


「嬢ちゃん達のあんな強さとでっかい兄ちゃんの魔法な、誰も信じへんやろし、俺が口封じされてもしゃーないからな。上位騎士さんみたいな何かがお忍びしてるやろーなと思っとくわ」


 上位騎士さんを例えに出すということは、人間の身でこんな事が出来るヤツがいるのか。信じられないぞ。あいつらが神様だからこそ、だろ。

 じいさんに対して俺はどう答えれば良いか分からないので、適当に合わせておく。


「おかしいくらい強かったな」


「ナベ坊、お前もやで」


 ん?じいさん、何言ってんだ。俺は魔法のナイフをかすらせただけだぞ。誤解も甚だしい。


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