奇襲を受ける
馬車は村を出て山の方へ向かう。シャールを出た時にはぼんやりと白ボケた感じに遠くに見えていた山々なのだろう。
両側が木が生い茂るようになってきた道の石畳も古く、磨り減って地面も見える轍の部分には所々草が伸びている。道幅も馬車がすれ違うには難しそうだ。
俺たち以外の馬車はまだ見ていないので、キラムは寂しい村なんだろうなという予想が立つ。シャールを出た時にたくさんあった馬車は分かれ道で違う方面に向かった。そっちに大きな街があるんだろうな。いつか行ってみたい。
今、俺はカレンちゃんとキャビンの屋根の上にいる。カレンちゃんがトランプ遊びに飽きて外を見たいと言ったため、一回目の休憩の時に移動したのだ。
盗賊からしたら絶好の的になるなとは思ったが、ティナ達が止めなかったので、御者台の後ろの所に付いている猿梯子で上がった。信用しているからな、ティナよ。
今は何も載っていないが、キャビンの上は荷物置きになっているのか、10cmくらいの低い柵で囲まれていた。
手摺には心許ないが転落防止のために握っておこう。馬車が強く揺れることはないにしろ、やっぱり怖いからな。カレンちゃんも握っている。
あと、もちろんエアコンは掛けてもらった。ついでに昨日一日で日焼けがひどく痛むので紫外線対策もお願いした。
二回目の休憩で昼飯となった。じいさんは馬の取り換えを行なっていたので、アンドーさんが料理を出す。じいさんもそれを期待したんじゃなかろうか。
カレンちゃんが珍しくて美味しいものというリクエストしたので、アンドーさんはお肉たっぷりカレーライスを出した。
じいさんとカレンちゃんには未知の食べ物だったろうが、スプーンを口に運んだ後は一気に食べていた。美味しいものは万国共通、この世界でも一緒だな。
のんびりとこれまで進んできたが、この先か。
カレーを食べ終えたじいさんが馬の水桶などを片付けていたので近寄った。アンドーさんも馬の体を布で拭いている。
「なぁ、あいつらはそろそろ来るのか?」
「どやろな」
作業を続けながら、じいさんは言う。
「見張りがおらんかは見てやってるで」
「そっか、何かあったらアンドーさんに頼ったらいいよ」
「あん?わしが嬢ちゃんにか?いくら収納魔法が凄いゆーても実戦は違うで」
収納魔法って、カレーライス出したこととかか。確かに宙から出てくるもんな。あれって、どこかに収納されてんのか。
「殺し殺されなんか経験したことないやろ、嬢ちゃん」
じいさんと俺がアンドーさんを同時に見たら、彼女はニヤリと笑った。なんだろ、戦闘狂の方かしら。
じいさんも何かを感じたのか、そのまま黙って桶を仕舞う。
ダンとカレンちゃんがまた木の棒でちゃんばらをしているのを横目に、静かに座っていたティナに話し掛ける。両眼を閉じているが、眠っている感じではない。
「何してるの?」
「遠くの会話を聞いていたのよ。私とアンジェは奴隷で、他は斬り捨てだって」
荷運びの連中の会話をか。便利だな、魔法。俺が使えないのが心の底から悔やまれる。
しかし、その奴隷は受付嬢ローリィ風に言うと、アレ的な奴隷だろ。強く確信できた。
「フフ、面白い事言うわよね。今すぐここに引き寄せてあげたいけど、我慢よね」
この娘も怖いわ。ヤる気満々ですよね。
「負けたらどうするの?」
「負ける?んー、どうなったら負けなのかな?」
「極端な話、ティナが死んだらかな」
「それはないわよ。私、死なないもの。神様だもん」
そうなのか。そういうものなのか。それでも、無駄に戦闘しなければいいと思うな。
「盗賊と戦わずに、どこかに奴らを転送させてもいいんじゃない?」
「悪いことはしちゃダメよと教えてあげるのも大切なのよ、ナベ」
それだけじゃないよね、ティナさん。絶対、戦闘を楽しみにしているよね。
じいさんから出発を告げられたので、俺たちは馬車に戻る。カレンちゃんが屋根を希望しなかったので、今度はキャビンの中だ。
感覚的には30分ほど進んだところで、御者台側の木窓が開いた。そして、顔を出したじいさんが鋭く叫ぶ。
「盗賊が来おった!前は塞がれとる!」
木窓とじいさんの隙間から古い馬車が横倒しになっているのが見えた。その後ろには荷運びの馬車もあった。
俺たちはキャビンを出る。俺は飛び出たかったのだが、ティナが先頭でいつも通りの速度で扉を開けるものだから勢いが削がれた。
なるほど、山裾を回り込む感じで街道が曲がっている、見通しが悪いところで塞いでいるのか。
中にいると外の様子がよく分からなかった。
後ろの道は大きなカーブになっているので、今の地点からは引き戻れるのかが判断できない。盗賊の仲間が挟み込んでいる可能性もあるしな。
俺が考えている内にダンが歩いて、来た道を戻り行く。剣は腰に差したままだ。そっちは任せたな。
俺とティナ、カレンちゃんは馬車の前面に向かう。
昨日出会った荷運びが護衛と共にいた。両端の護衛は弓をこっちに向けている。
「よし!そのまま動くな!!俺たちが欲しいのは荷だけだ。命まで取らん」
昨日の荷運び人が倒れた馬車の上に立ちながら喋る。動きやすそうな服のまま、胸だけ隠す皮鎧を着ていた。
こっちサイドを確認する。じいさんも馬も大丈夫そうだ。無論、アンドーさんも。
俺とカレンちゃんは盗賊の制止を素直に聞いて立ち止まったがティナは歩み続ける。そして、そのまま、俺たちの馬車の馬よりも前に出る。
「交渉なんて面倒でしょ。来なさいな」
普段通りの、透き通った声でティナは挑発する。
「そう言うな。こっちもそっちも血は流したくないだろ?」
「そう?確かにあなた達の汚い血は見たくないわね」
「貴族様は言うことが厳しいねぇ」
ティナもアンドーさんもまだ手は出さない。
そこにダンの野太い声が聞こえる。
「おーい、こっちもいたぞ」
その声は当然、盗賊達にも聞こえる。荷運び人がいやらしく顔を歪めて笑う。
「聞いての通りだ。もう逃げれんな。大人しくしろよ」
言い終えると同時に地面に異変が起こる。馬車を中心に何重もの円と文字みたいな記号が光りながら浮き出ていた。俺の足元にも紫色の輝くそれらが見えるし、馬の先、盗賊との間くらいまで光っている。結構、広範囲だ。
「アンチマジック……」
じいさんの呟きが聞こえる。盗賊側が仕掛けた魔法封じってことだな。後は腕力勝負に持ち込むのか。
どこから魔法を使っているのかは俺には分からない。
「さて、どうする?荷だけ渡せば、今なら全員無傷で街に返してやるぜ」
ティナから聞いた話が正しければ嘘だな。俺は残念ながら斬り捨て対象だ。そんなことを考えつつ、荷運び人の動きを注視していたら、突然、横の林から影が飛び出る。
ヤバい、人だ!こっちに来る!!
咄嗟に俺はカレンちゃんが背に来るように移動していた。低い姿勢で突っ込んで来る盗賊を目は追うことができているが、俺の体の反応はそれに対応できる程には速くない。
迫ってくる奴の手にナイフがあるのだけは、しっかりと確認できた。
避けなくちゃ。しかし、避けても後ろにカレンちゃんか。
迷っている間に俺はタックルを受けて地面に倒れる。迷ってなくとも同じだっただろうがな。
倒れる最中にカレンちゃんがダンの方へ走り逃げるのが視界の端に見えた。無事で良かったが薄情だな。俺は地面に頭を打ちつける中であっても、一瞬そう思った。
俺が衝撃に身を任せている間に襲ってきた盗賊は体勢を整えて、俺の体の横に立っていた。そして、そのまま俺の胃の辺りを強く踏み付ける!
しばらく息が止まる。
あれだ、豪速球のドッジボールがお腹にどストレートで当たった時のあの感覚だ。その苦しさから、殺されるかもという恐怖感にようやく襲われる。
盗賊の足は持ち上げられ、直ぐ様、今度は俺の胸を踏み抜くように動く。
勿論、俺は避けられない。というより、息が止まったままで、それどころじゃなかった。ただただ、盗賊の動作が目に入るだけだった。
思わず口が開いて、グハッと空気が一気に出る。
えぇ、涙も涎も出てますよ。
「クハハ、決まったな。早く投降しろ。そいつがどうなってもいいのか?」
そう荷運び人の声が聞こえたが、俺の視線は目の前の盗賊に釘付けだ。胸に置かれ続けた重い足のせいで息苦しいが、呼吸は少し戻っている。
荷運び人はきっと馬車の上で勝ち誇った顔をしているのだろうが、何せ、目の前の盗賊はナイフを持っているからな。絶対目を離せないよ。
俺を踏んでいる奴も俺が変な動きをしないか観察しているのか、目と目が合う。強面のおっさんだ。無論、恋は始まらないし、目を反らしたいがそうすると無造作に刺されそうな、リアルにらめっこ状態だ。
「ダン!ナベが刺された!!」
カレンちゃんの声が響く。声の方向からすると無事ダンの元に行けたようだな。少しばかり安堵した。
「ガハハ、それは大変だな」
何て反応だ、ダン。笑う前に助けに来いよ。しかも、カレンちゃん、俺、刺されてないよ。
……刺されてない?盗賊のナイフに赤い滴が見えた!それを認識した直後、左の太腿が熱い気がして、それが猛烈な痛みに変わる。
これはダメだ。苦痛で顔が歪む。
そんな時、俺を踏んでいる奴が言う。
「リーダー、もうこいつ殺していい?足を潰したから運ぶの手間だぜ」
声だけでなく視線も俺じゃなくて馬車の上の荷運び人に向いている。
俺は奴の言葉にすくまない。殺すなら、言わずにもう実行してるだろ。あくまで交渉材料だ。
それよりも。
見てない!チャンス!!というか、これを逃したら次はないかも!
俺は左手で腰ベルトにあるナイフの柄を引き抜き、そのまま盗賊の脛へ刃を運ぶ。アンドーさんから貰ったヤツだ。
同時にその足を逃さないために、俺は右手で盗賊のズボンの裾を握る!
が、残念。寸前で盗賊は足を引いて避けられた。俺の握力では足を固定しきれなかった。序でに足先で手首ごと蹴られて俺のナイフは地面にこぼれ落ちている。
「ふん、バレバレだわ」
嘘付くなよ、絶対気付いてなかっただろ。俺は、しかし、言い返せる状況じゃない。
盗賊は俺の顔に唾を吐き掛ける。汚いと思うどころでなく、俺は盗賊の足がどうなっているか確認したかった。
膝から下へ視線をずらしていく。狙った脛は何ともなっていない。更に下は?
裾が切れているのが見えた。そこまで見えた段階で、盗賊が屈もうとしているのを影で知る。自然と視線もそちらに向かう。盗賊の手にはナイフが当然あった。そのナイフが刃を少し斜めにして俺の首に近付いていく。
プロはナイフを振り上げたりしないんだな。一突きで仕留めて欲しいな。
もう本能が諦めたのか、俺はやけに冷静に盗賊の動きを見ていた。
結果として、盗賊は屈む途中でバランスを崩して倒れ込み、俺は死んでいなかった。ヤツの体重がのし掛かる中、ナイフが俺を傷付けないように両手で盗賊の手だけを支える。
俺の倒れ込んだ盗賊の足を見ると、切れたズボンの裾から、ホンの僅か縦に入った切傷があった。
助かった。アンドーさん曰く気休めのナイフがあって良かった。ちょっとでもカスったら麻痺するって言ってたもんね。良いもの渡すじゃん、アンドーさん!
安心したら、足の痛みが増した。そして、まだ一人しか倒していなくて盗賊たちは健在であることを思い出した。
あと、顔に吐かれた唾をどうにかして欲しい。変な病気になりそうだ。
次回の戦闘シーンを書き終えましたが、少し表現がきついかもしれません。
熟考した結果、作品の途中ですが、R15と残酷表現のタブを追加させてもらいます。
大変申し訳ありません。




