盗賊さん?
日はまだ落ちていない。落ちるっていう表現じゃダメか。落ちる前に月になるんだから。まだ周囲は暗くなっていない。
もう片方の御一行さん、荷受人の人達はお酒を飲んでいる様子だった。皮鎧を着た護衛の人達がご機嫌に騒いでいる。
少し離れたところから見ていた俺に気付いて、護衛の雇い主である荷運びの男性が歩いてくる。
ダンよりも背は低いが、それでも随分なガタイの持ち主だ。筋肉も俺なんかより全然ある。赤黒く日焼けなんかもして、きっと腕力自慢なんだろうなと思った。
「すまんな、うるさくして」
「いや、構わないよ」
俺の答えは何もなかったかの様にスルーして、荷運びの人がティナに向けて続ける。
「どこまで行くんだい?途中まで送っていくぜ」
「要らないわよ、ありがとう」
ティナは素っ気ない。
「この先は人気が少ないから危ないぜ。いくら武器を持っていても、封も切ってないような素人じゃな」
封?あっ、シャールに入る門で貰ったシールか。確かにダンもティナも剣にシールを貼ったままだった。
「あら、忘れていたわ。重ねてお礼ね」
ティナは自分の細剣の鞘からシールを剥がしてから、剣を抜く。剣に当たった夕陽みたいな太陽の反射が眩しい。お天道様はまだ空高くにあるのに夕陽っておかしいけど、実際にそうなんだから仕方がない。月へと変わる過程で、太陽から発される光の短い波長側から光度が下がって来るのかなと難しく考えておく。
「整備はしているというか、新品だろ、それ。お飾りの剣なんざ、盗賊には脅しにもならんぞ。一緒に行ってやるよ」
剣を戻しながらティナが返答する。
「えー、だって、あなた達、臭そうなんだもん」
うわ、あれだな、女子のよく言う『生理的に何々』って奴だな。これを言われると理屈じゃどうしようもない。すまんな、荷運びの人。
荷運びの人もティナに呆れたのか、行商人の方に声を掛ける。ティナのひどい言葉にも顔色を変えなかったのは凄いな。出来た人間だ。
「ありがとうございます。ただ、私どもは明日はこの村で商売致しますので、ご厚意だけ頂きます」
「そうか、ではまたどこかで会った時はよろしくな」
荷受けの人はそのまま、護衛のところに戻る。二言と三言を護衛に伝えると、荷受けの人もお酒を注いでもらっていた。何となく見ていると護衛の人に睨まれて、慌てて視線をずらす。
太陽の光がだいぶ弱まってきて夕陽から更に進んで暗くなりつつある。日は西に多少移動しているが、やっぱりさっきみたいな夕焼けが出来るような位置にはない。方角の定義が違うかもしれないから西なのかははっきりとは分からないか。
朝に頭上にあってこの時間に日が落ちるというか暗くなるのだから、やはり地球の太陽とは別物なんだと、改めて認識できた。
じいさんが馬車にランプをくくりつけ、灯す。
それから、近くで空を眺めていた俺に、ぼそっと独り言の様に言う。
「あの荷運びの連中には気ぃ張らなあかんで。あの体付きと歩き方は剣使いや」
向こうに聞かれたら、まずいな。俺は小声になって返す。
「気を張らないといけないって、襲われるってこと?」
もっとも、あっちの酒盛りはまだ続いているみたいで聞こえはしないだろうが。
「そや、盗賊や。明日やろな。弓で御者と馬が最初にやられるんやで。仮病か何かで出発せぇへん方がえーで。あれ、腹が痛ぁなってきたわ」
じいさん、仮病になるのはえーよ。
「待ってな。仲間と相談するから」
ダンはまたカレンちゃんと棒のつつき合いをしていた。カレンちゃんには伝えない方が良さげだから他を当たろう。ティナは行商人と話か。行商人親子にも伝えた方が良いかな。いや、万が一の場合だけど、荷運びと共犯だとまずいか。そもそも、じいさんの勘違いで、ただの荷運びかもしれないしな。間違えている場合に荷運びの人に申し訳ない。
となると、残るはアンドーさんか。性格的に少し不安だが、どこだ?
いた。馬の世話をしていた。どんだけ馬好きなんだよ。
俺は彼女に近付く。足音で気付いたのだろう、アンドーさんも振り向く。ジャージの膝辺りが土で汚れていた。白いスニーカーは言わずもがなだ。魔法で簡単にクリーニング出来るから平気な顔だな。
「ちょっといいか、アンドーさん」
俺が声のトーンを落として尋ねると、アンドーさんが馬から離れて俺に歩み寄る。小声でも届く距離に来てくれたようだ。
「あの荷運びの連中が明日俺たちを襲うかもとじいさんが言ってるんだ」
「いいじゃないか」
嫌な笑顔でアンドーさんは言った。
「正当防衛、万歳」
迎撃するってことだよな。絶対、訊く相手を間違えたよ。
「いや、弓で御者のじいさんも襲われるだろ」
「鋼鉄の鎧でも用意しよう」
ダメだろ!見窄らしいじいさんが突然、鎧兜装備してたら、不自然すぎるだろ!
「明日は村に留まらないか?」
「ティナも挑発した。覚悟を決めろ」
やっぱりティナも分かってやっていたのか。じいさんから聞いた時に薄々思っていた。
「でも、俺が殺されちゃうかもしれないぞ」
「大丈夫だ。私たちがいる。まあ、気休めをやる」
アンドーさんが指をならして、皮鞘に入った短剣とベルトを出してくれた。短剣は万能包丁くらいのサイズだ。
「近寄られたら、それで適当に刺せ」
無茶言うな。俺はほぼ動いていない巨大ダンゴムシとも引分けだぞ。人を刺せるか。
「傷を付ければ麻痺させる。ナベでも扱える」
むぅ、……むぅ、本当か。ならば、無いよりは貰っておいた方が良いか。何より他人の命を奪わなさそうなのが俺の心に響く。
俺はベルトを外して、それを短剣の鞘に通す。太陽の光がだいぶ弱くなって反対側の空には星が見えた。
今、気付いた。街灯もないこんな村で日が落ちたら真っ暗じゃないか。じいさんが焚き火を用意してくれているが、近くに盗賊までいるのに怖すぎるぞ。
じいさんの作った焚き火の側にティナがいた。行商人との話は終わったんだろうな。俺は話をするために近付いたが、先にティナから声を掛けられる。
「あら、短剣を貰ったの?」
「あぁ、アンドーさんからね」
「良かったじゃない。……準備万端ね」
最後は薄く笑いながら小声で言ってきた。焚き火の炎が揺らぐ度に、ティナの顔の陰影が変わる。綺麗な顔なんだけど、ちょっと綺麗すぎて怖いかも。お昼前に「全部処分したらいいのよ」とか聞いたせいかな。
「今晩かもしれないから、一人でトイレに行くときは気を付けるのよ」
やめろよ。我慢し過ぎてお漏らしするだろ。
誰かに付いて来てもらうしかないな。まさか女性陣とはご一緒できないので、じいさんかダンだな。
俺の悩む様子を見て、ティナがクスクスと声を出す。そして、荷運びの連中を指差して言う。
「あれだけ酒を飲んでるのよ?大丈夫よ」
指差しを堂々とするのやめてください。気付かれたら、絶対トラブルの元です。
俺はティナの指を戻させてから言う。
「酔ってるから大胆になるかもしれないだろ」
「あら、そういう見方もできるね」
ティナは少し真顔になった。
「その時は殺しましょ」
こわっ。あっさり決断したよ。お昼の、やっぱりティナさんの本音じゃないの。
「いや、いけないだろ。いくら悪人でも殺したら、色々と面倒もあるだろうし」
「地中に転送してしまえばいいのよ。誰も気付かないし、簡単よ」
えー、それっていいんですか。他の神様の土地での勝手な行動に当てはまるんじゃないの。
「でも、まあ、冗談よ。命までは奪わないわよ」
そう言ってから、ティナは馬車の側に椅子を出して座っていたじいさんの方へ歩いていく。ティナの背中を追う。
「御者さん、教えて欲しいんだけど、ここでは盗賊は捕まえた後、どうしたら良いの?」
じいさんはじっとティナを見てから喋る。
「アホゥ、捕まえるんかいな。無理や、止めとき。いくら魔法使いが多くてもあっちにもおるで。接近戦に持ち込まれて、あの大きい兄ちゃんだけやったらやられるで」
「その心配はいいの。それに、あなたも幾らかはできるでしょ?」
まぁ、じいさんも冒険者だしな。昼の話からしたら剣術もいくらかは出来るだろうしな。
じいさんはティナを見る。しばらく沈黙。それから、やれやれといった様子で質問に答え出す。
「盗賊やって、はっきり分かるもんがあったら、生捕りしたのは奴隷として売ってえぇし、殺したんなら首を持っていけば報酬や。盗賊の持ちもんは、国がなんぼか差し引いて、残りは自分のもんにしてえぇ」
じいさん、今度は荷受けの連中の方を見ながら続ける。
「証拠がないんやったら、ただの私闘にしかならんわ。私闘は国に禁止されとる。あいつらもアホやない。捕まえても嘘付いて、こっちが先に仕掛けたゆーて、喧嘩両成敗されるで。下手したら、こっちが盗賊にされかねへん」
「証拠は他の人が盗んだものを荷に積んでいるとかでいいのかしら?」
「そやけど、証拠には弱いわ。お尋ねもんみたいに顔がバレとったら早いやけどな」
「じいさんが冒険者の時は、そんな盗賊探しだとか護衛の仕事で捕まえたことないのか?その時は証拠はどうしたんだ?」
「あったで。でもな、考えてみ。ギルドから紹介された正規の依頼やで。こっちは身元が判明しとるんや。盗賊やなんて疑われへんわ。今回もローリィのゆーた通りに護衛を雇っとったら良かったんや」
なるほどな。ギルドにはそういう利点もあるんだな。冒険者ギルドへの登録は身分証明になるのか。
実績が付けないと、そういった護衛だとか盗賊討伐とかは受けられないんだろうな。
「あいつらは皆殺しする気やで。そしたら、顔を知られずに、また盗賊できるやろ。馬車も人も埋めるか燃やすかして終わりや。そんな事を普通にできる連中に嬢ちゃん達が敵うわけないやん。おとぎ話とは違うんやで」
「ん、よく分かったわ。ありがとう。御者さんは気乗りしないなら、今日までで契約終わりにするからね。馬車は借りるから、帰りは行商人さんに送ってもらいなさい」
ティナの言葉にじいさんは黙る。そのまま、ティナはポニーテールを左右に揺らしながら焚き火の方に戻る。
俺はそのまま口を閉じているじいさんに話し掛ける。
「悪いな。でも、まぁ大丈夫だ。ティナ達は強いから」
本当に強いのかは見たことないがな。
じいさんが口を開く。いつもと違う声のトーンだ。低くて、ちょっとだけ威圧感を感じた。
「お前ら、何もんやねん?おかしいやろ。あの収納魔法に、何時間も続く風魔法。いつから旅して、どこから来たんや」
何時間も続く風魔法?通称エアコンのことか。そんなに凄いのか。そよ風レベルだぞ。
じいさんの問いには悪いが答えられない。『神様連中だ』と言っても信じないだろうし、却って何かを隠すために、はぐらかしていると思われるな。
「悪いな、秘密にしないといけないんだわ」
じいさんがもう一度問う。一段声を低くして。何だろ、怒っているのか。まぁ、自分の命も掛かっているしな。そういうもんだな。
「何もんや?」
「言えないし、言っても意味がないよ」
『ティナ達は神様だ』って真実を言っても記憶を消されるらしいし。それに、じいさんに『日本から来ました』って言っても、どこか分からん遠い国かと思われて終わりだしな。
「答えや、これは命令や」
じいさんの目が怖い。口調も明らかに今までと違う。殺気が入っているみたい。
そもそも命令って何だよ。じいさんが雇われている側だぞ。
俺がそれ以上答えないと判断したのか、俺を見つめたまま鼻を鳴らして、いつもの調子に戻る。
「しゃあないわ。チップもぎょーさん貰っとるんやった。付きおーたるわ」
じいさんはにやりと口を歪めて笑い、握った拳を俺に突き出す。俺は同じく握った拳をそれに軽く当てた。なんとなくの雰囲気でな。
「なんや、分かっとるやん」
何をだよ、じいさん。どっかの映画かアニメかの真似事だぞ。
辺りは完全に暗くなったので、俺たちは馬車の中に戻った。魔法ランプなのか、その黄色い照明が有り難い。
じいさんだけはキャビンに入れない契約だということで、御者台の上で寝袋に入ったのが申し訳ない。
その後、馬車の中は5人で寝るには狭いと判断した軟弱な俺たちはシャールの宿屋近くに転移で戻り、おかみさんに部屋の封を解いてもらって、いつものベッドで寝ていた。
色々とすまない、じいさん。本当にすまない。何か土産を持って行くから許して欲しい。




