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途中の村

「こりゃ、具合いがえーもんやな。えらい主人に仕えてんな」


 じいさんはエアコン魔法にご機嫌だ。今から昼に近づくにつれ気温が上昇していくところだったからな。

 朝は真上にあった太陽が少し移動している。そんなだから、気温の上がる仕組みも地球と違うんだろう。

 あっ、そうだ。今晩はあれが月になるところを見てみよう。太陽と夜には月になるって、なんか神秘的。


 じいさんは御者になって15年くらいらしい。この年という単位もどうなんだろう地球とは定義が違うだろうし、翻訳指輪が分かりやすく訳してくれているのか。


 それはともかく、じいさんは顔が利く。キラム方向から来る馬車とすれ違う時は向こうの御者から挨拶をしてくる事が多い。さっきの休憩から馬車を街道に戻す時も後ろの馬車に遠くから声を掛けて入ったのだが、相手の御者が恐縮している感じだった。こっちの馬車が立派過ぎるためだろう。


「ところで、じいさん。キラムの名物が何か聞いてなかったんだが」


「そうやったな。うまいもんなあ、何があるやろ。……せや、茸の焼きもんがあったで。あんま他で見ーひんわ」


「それって茸を焼いてるだけ?」


「そや。でっかい茸を焼いた上に砕いた岩塩がかかっているだけや」


 んー、美味しいのかな。もっと肉々した料理が好みなんだが。


「しっかし、あのちっこい嬢ちゃん、馬に詳しかったで。農家の子にしては、変やけど上等な服着て、よー分からんわ」


 アンドーさんか。確かに分からんわな。「アイツ、神様です」って言っても信じないよな。


「胸のでかいねーちゃんとごっついにーちゃん、どっちが坊主の主人や?」


 ティナとダンか。設定じゃ、ティナだな。


「巨乳の方だ」


「どっちやねん。にーちゃんもえらい胸あるで」


 日本語で巨乳と言えば女性限定みたいなもんだが、こっちでは違ったか。いや、ニュアンスが伝わった上での冗談か。


「女性の方だよ。どう見ても、服装的に男の方はその従者というか騎士だろ」


「変わった感じのパーティやからな。一番ちっちゃい子はアレやけどな、坊主含めて、身分を感じさせんわな」


 じいさんがこっちを見る。何か探られている感じがしたけど、まぁ、当然ながら、別に怪しい者を見るような目をしているわけじゃない。単純な質問なんだろう。


「あいつらの関係はよく分からないんだよ。俺は成り行きで一緒に旅している。あと、俺の名前はナベな」


 見た目的には確かに坊主と呼ばれておかしくない背格好だが、そろそろ何か恥ずかしいから止めてもらおう。俺、とっくに成人しているしな。


「えらいチップもろたで。ナベ坊ももろてんのか?」


 ナベ坊って…。まぁ、いいか。


「そんなには貰ってないかな。食事は毎回支給だけどな」


「どこでそんな金、手に入れるんや」


 まさかアンドーさんの下僕がどうにかして持って来るとは答えられんな。


「収納魔法にいっぱい入ってるんじゃないか。ダンの嫁さんは500人いるとか言っていたからお金もそれなりにあるんじゃないか」


 収納魔法、レアスキルとかじゃないよね。ティナがじいさんの前でも使いまくってるもんね。


「500人ねぇ。毎日やっても全員とするのに一年以上やわな」


 じいさん、お下品。


「同時に10人くらいとすりゃいいんじゃない?」


 俺もお下品。


「そりゃ地獄絵図やな!できへんやろ、超人やで。神様やで」


 じいさん、笑ってくれた。俺も笑う。良かったよ、笑ってくれて。滑ったら、馬車の中に逃げるとこだった。


 

「ナベ、はい、これ」


 その後も馬鹿話を続けていたら木窓が開いて、カレンちゃんがパンと水をくれた。お昼の食事らしい。じいさんの分もあった。


 じいさん、美味しすぎてビックリしていた。まぁ、俺が自信を持ってお薦めするアンドーさん印のパンだからな。食べ終えてから、すぐに木窓を開けてお代わりを要求した、じいさんの分も。



 魔法・エアコンのおかげで快適に馬車は進む。速い馬車は既に前に行ったのか、道を譲ることもなく、今日の宿泊先になる村へと着いた。日はまだ暮れていないが、この先は山道になるので馬の疲労などを考えるとこの辺で休むのが良いらしい。


 とは言え、その宿泊先には馬車が少ない。


 シャールを出たときは馬車の隊列になっていたけど、途中の分かれ道でほとんどが違う方面に向かってしまったようだ。じいさんが「馬車の隊列が多いほど、魔物や盗賊に襲われにくい」と説明してくれた。そら、そうだな。見捨てたら自分も危なくなるから協力して撃退するし、それを見越して襲う側も控えるわな。

 だから、馬車は朝の決まった時間に出発するらしい。重い馬車とかはもっと早く出て危険な地点で他の馬車と遭えるように調整したりもするようだ。ただ、遅い馬車に速度を合わせることは滅多にないと言っていた。雇い主に怒られるし、そもそも自業自得だろって話だ。



 村の入り口で御者が男に金を渡す。入村料って御者のじいさんから聞いた。もう移動の度にお金が掛かる世界だ。貧乏人は困るだろうな。


 俺たちは粗末な柵で囲まれた村の中に入った後、男に誘導されて畑近くの広場に馬車を止めている。馬車は俺たちのを含めて三台だ。

 三台もあれば、宿屋があっても儲けが出そうだけどな。いつもはもっと少ないのだろうか。不思議だらけです。


「ナベ坊、この広場から出たらアカンで。そういう決まりやからな」


「どうして、そんな決まりがあるんだ?」


「盗っ人対策や。顔も知らん、魔法が使えるかもしれないのが近くにおったら怖いやろ」


 その理由で宿屋もないんかな。シャールみたいに兵隊が多いと中に入れてくれるんかな。



 日が暮れる前に飯にするということだった。


「スープを作るで。自分らも食べへんか?チップくれたからサービスするで」

と、じいさんが俺達を誘う。


 アンドーさんの飯で良いのだけどな、と正直思うが、ティナが乗り気だったので口に出さない。

 慣れた手付きでじいさんが火を起こし、広場に備え付けの簡易な竈で鍋を煮込む。キャンプ場にあるような炊飯場をもっと素朴にした石作りのものだ。他の馬車の人たちも食事を作っている。

 じいさんが馬車の形と荷の種類から行商人と荷運びだと教えてくれた。行商人は親子二人みたいだな。荷運びの人のとこには4人の護衛っぽいのがいるな。ということで、俺たちがじいさん入れて6人で一番の大所帯だ。


 馬車ごとに別々で料理を作っている。俺たちと行商人親子は竈が近く、荷運びの人達は声が聞こえないくらいの距離にいた。

 じいさんの炊事が終わるまですることないので、俺はカレンちゃんとお花探しをしていた。ダンも一緒だったが、その巨体で花摘みするのは何かおかしかった。


 じいさんの声で食事の準備が終わったことを知り、「ヒャッホー」と、カレンちゃんが真っ先に駆け出す。うむ、食には貪欲のカレンちゃん。ヒャッホーなんて実際に言う奴を初めて見たぞ。

 続いて、ばらばらと俺やアンドーさんやらがじいさんの元に集まる。


 ところが、飯は不味かった。塩味しかしないぞ。野菜のコクとか、肉や魚の出汁みたいなものは皆無だ。塩水で野菜というか草を煮ただけのものと固いパンの食事だった。少しソーセージみたいなものが見えたが、ホンの僅かだ。

 カレンちゃんの目が俺に訴えていたよ。「これだけ、ねぇ、これだけなの」って。

 仕方ないので、じいさんの好意には悪いが俺はアンドーさんに言う。たぶん、俺が言わなければカレンちゃんが頼んだだろう。お腹が空いて眠れないのって辛いからな。


「でっかいソーセージが食べたいです。皮がパリパリで熱々のやつ。あと、林檎もお願いします」


 アンドーさんが少し睨んだが、カレンちゃんを見て、渋々っぽく依頼物を出す。じいさんの気持ちを考えろってことか。細かい事を気にするな。夜の空腹対策の方が大事だろ。


 じいさん、突然現れたご馳走にたまげてた。が、じいさんも旨そうに平らげていた。


 食べ終えてから隣で料理していた行商人の息子さんも欲しがってるふうなのに気づき、残っていた林檎をあげようとした。すまん、ソーセージはカレンちゃんが食べきったんだ。しかし、行商人の親も含めて凄く恐縮したまま、中々受け取ろうとしない。


 しつこく理由を訊いたら、貴族様の料理を口にするなぞ畏れ多くて憚れるとのことだった。ティナか、ティナの格好がよろしくないんだな。

 ありがた迷惑になってしまったのは申し訳ないが、このまま林檎を渡せないのも何か引っ掛かる。俺が困っていると、じいさんが見兼ねて横から口を出す。


「もろーときや。この貴族さんらは(こま)いこと気にせーへんで。なあ、ナベ坊」


 じいさんの言葉が俺に対してもぞんざいであったからか、その言葉で行商人は林檎を受け取った。断り続けても後から因縁を付けられるかもと思われたのかもしれない。俺と同い年くらいの息子さんも不安な顔だったが、林檎をかじるとそれどころじゃなく驚いた表情になった。

 うまいだろ?これはそうそう食べられる物じゃないよな。

 もう一個あげたら、懐にしまっていた。後でゆっくり食べるがよい。



 行商人から礼がしたいと言われた。


 どうしよう。特に欲しいものないぞ。

 俺はダンに目で合図して任せる。


「パンドー草はないか。干したものが良いが」


 なるほど、ギルドからの依頼をここでこなすつもりだな。草刈るのって、結構重労働だしな。それで良いのかという疑問は少しあるが。


「パンドー草?加工済みの粉末でよろしいですか?」


「うむ」


 あっさり了承したが、それで本当に良いのか、草の状態でなくとも構わないのか、ダンよ。まぁ、俺たちをギルドに何とか引き留めようとしているローリィが「粉末だから依頼失敗です」とは言わないか。

 行商人が不思議そうに自分の馬車から商品らしき小瓶を持ってくる。


「先程の立派な林檎に対してこれでは全く合いませんが、よろしいですか?」


「気にするな。そこのナベが欲しがっておってな」


「こちらの少年が?」


 行商人がこちらを見る。とりあえず、会釈しておこう。


「冒険者ギルドから頼まれていたんだ」


 俺は行商人にありのままを伝える。何に使うのかは不明だったな。薬草か。


「そうですか。それは失礼致しました。でも、粉末なら街で売ってるでしょ?変わった依頼で御座いますな」


 そうだよな、その原料を依頼されたはずなのに加工品買ったら、何の依頼だよってなるよな。でも、誰も止めないからこのまま貰っておくぞ。

 あと、俺は貴族じゃないからな。この村人服を見るがよい。


 しかし、何に使うんだ、これ。ガラスの小瓶に入った茶色い粉を見る。小麦粉のように細かいが、さらっとしていて流動性は高い。粒子が小麦粉より大きいためかな。


「ナベ、どうしてそんなの欲しいの?」


 カレンちゃんがとても不思議そうに俺に訊く。お前のためだよ。お前が一人で暮らしていけるように冒険者の職を与えようとしているんじゃないか。そして、俺も冒険者になりたいしな。


「ローリィからの依頼じゃないか」


「ふーん」


 全く興味のない様子のカレンちゃん。まぁ、こんな小さい子にいきなり一人で暮らせとは言えないしな。徐々に慣れていってもらおう。


「その粉をお料理に入れたら、お腹が膨れるんだよ。食べるものが無いときは、それを食べたら我慢できるんだ」


 カレンちゃんからパンドー草の使い方を聞けた。なるほどな。


「お母さんがよく使ってたよ」


 カレンちゃんがいた村は余り食料事情が良くなかったのかな。

 カレンちゃんが食べたと言う情報に、更に興味が湧いて小瓶の封を開け、俺は中の粉を舐める。

 口の中で粉末が溶けて、次に滑りが出る。ん、ゼリーかな。いや、海草のぬめぬめ感に近いけど、ベタベタしすぎる気もする。味は特にないな、微かに甘いか。口の中で全部は溶けずにサラサラした粉感も残っている。

 飲み込んだけど特にお腹に変化はないな。


「ゲル化、それから胃酸と反応して膨潤。そんな感じ」


 アンドーさんが横から何か難しいことを言ってきた。言われても、俺のお腹で起きている現象に実感がないしで、聞き流しだ。


「それくらいにしておけ。消化不良になる」


 胃酸がパンドー草の粉末に取られるからかな。分からないが、俺はアンドーさんのアドバイスに素直に従う。

 まぁ、味がないだけに旨くも不味くもないというのが正直な感想だ。味を付けたら餡掛けの餡にでもなるかな。


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