ティナの怖い話
じいさんは既に馬を外して、キャビンの前方下から飼い葉桶と干し草を出して馬に食べさせていた。
んー、無駄のない動きにプロフェッショナリズムを感じる。
アンドーさんも寄って行って、水の入った桶を置く。魔法で出したんだろうな。なんか街を出てから遠慮なく使いまくりじゃないか。
「嬢ちゃん、ちゃんと塩も混ぜたんか?」
「もちろん。お前こそ、豆も食わしたか?」
「見てみぃ。穂付きの麦もあるで」
二人とも楽しそうだ。
食べ終えたところを見計らって、じいさんが馬を再び馬車に付ける。消耗を避けるために、さっきまで馬車を曳いていた二匹のうち片方を交換してローテーションで使うんだとさ。馬は三匹いるからな。
俺は邪魔にならないように遠くで見ていた。サボっている訳ではない。誤解しないように。
手持ち無沙汰に見えたのか、ティナが俺に近づいてきて俺に尋ねてくる。
「ナベは中に来ないの?」
「あぁ、風景を見るのも楽しいからな」
じいさんの話がやけに面白い事は黙っておこう。『あなた、同性の、しかも、かなり歳上の人が好みなの?』とか思われてしまったら、悲しいからな。
「林檎でも渡そうか?」
「あぁ、二つくれ。一つはじいさんの分だ」
ティナが林檎を二つ投げて渡す。また手品みたいに何も持っていない手から湧き出たみたいに見える。
「前から思っていたんだが、それ、どういう仕組みなんだ?いや、魔法だとは分かっているんだが」
「あぁ、この出すヤツね。空間魔法の分類の転送魔法だよ。遠くにあるものを手元に出してるの」
「アンドーさんの指ぱっちんも?」
「あれは、どうなんだろ。物質創造の時もあるし、転送魔法とか収納魔法の時もあるしで、よく分かんないわ」
そんなもんなのかな。神様レベルになると、他人がどうやっているのなんか気にならないもんなのだろうか。
「今から暑くなるわね。ナベのところも涼しくしてあげようかしら?」
「えっ、いいの?是非お願い」
「街を出たから魔法使っていいんでしょ?一応、こっちも人間離れしてるのは遠慮してるわよ」
ちょっと待て。今の言葉、少し引っ掛かるし、興味もあるぞ。
「ちなみに遠慮しなければ、どんな感じのを?」
「えー、特に考えてなかったんだけどな。例えば……そうね、御者のじいさんを若返らせた上にほぼ永遠の命を与えるとか?」
何それ、神様っぽい。ただ、それって俺にしたことじゃないの。帰るまで二億年だからな。永遠の命は聞いてないけど、当然そうしているよな。
『あなたが帰れるのは二億年後です。でも、100年経たずに寿命でしたね。うん、残念』とかいうオチだけは止めろよ。
いや、会話を続けよう。
「それって何の意味があるの?」
「意味?……馬車の運転のお礼?」
過剰だろ。じいさんもビックリだぞ。実際にされている身だけに実感が強いぞ。
「やり過ぎたらね、面白くないでしょ。制限があるから冒険してる気になったり、ワクワクドキドキできるのよ」
いや、ティナさん、俺が若返っていることはお忘れか。不死の身かどうかは分からないけどさ。まぁ、いい。俺は話題を変える。
「カレンちゃんの獣人化は、さっさっと解決させたらいいじゃん。まさか、それは面白くないからとかって言う理由じゃないだろな?」
「当たり前よ。見くびらないで。ここは他の神様の土地なの。私たちが勝手し過ぎたら、問題があるでしょ?まずは誰の土地かを確認しないと」
なんか、神様も結構細かいとこで他人に気を遣うんだな。っていうか、誰の土地かくらい確認した所に行けよ。もっと言えば、自分の所に行けよ。
「仮に今、カレンちゃんを人に戻したらどうなるんだ?」
ティナは少し間をおいてから答える。
「んー、何でも自分の思い通りにしたい奴が管理しているなら喧嘩かな。徹底的に潰し合いよ。気の合う奴なら何も起きないよ」
神様同士の喧嘩か。想像がつかないくらい凄そう。凄すぎて気付かないままに始まって終わっているのかもしれないけど。
「なんで、喧嘩になるんだ?」
「暇だからよ。暇すぎて『滅びてもいいかな』って思ってる奴が一番厄介かな。ねぇ、因縁を付けるには持ってこいでしょ、自分のシマを荒らしたなんて」
結果として、世界を滅ぼし兼ねないんだからヤクザよりもタチが悪いな。
「一応聞いておくけど、ティナたちはそんな考えを持ってないよな?暇だから冒険でいいんだよな」
「そうよ、最初に言ったじゃない。でも、人だって『このまま世界なんか無くなってしまえ』とか思うときはあるでしょ。神様だって一緒よ」
出来ないから思うだけなんだけどな、人間は。滅ぼせる力がある奴が思うのとは深刻さが違うだろ。
「で、そういう神様がこの辺りを支配してないか確認しているってこと?」
「そういうこと。あと、勝手な事をしたら、自分たちの土地で他の神様が同じことをしても正当化しにくいでしょ。だから、お互いコンタクトを取れるように自分の神殿とかに何か標みたいなものを置いて分かりやすくするんだけどね」
なるほど、神様とコンタクトを取ることがダンの言う手続きか。
俺は気になったことを質問する。
「勝手な事をしたらって、どんな?」
ティナはカレンちゃんがダンと一緒に遠くにいることを確認してから、少し小声で言う。
「例えばね、カレンちゃんの獣人である運命を勝手に変えたりすると、私たちが管理している土地の住民に対しても勝手にして良いってことに成り得るのよ。極端な例え話だけど、ナベに分かりやすく言うと、私が地球を管理しているとするね。カレンちゃんの獣化を勝手に治した腹いせに、地球の全住民が獣化されて、その頭部が虫になってたら嫌でしょ?そんなのをやられたら堪ったもんじゃないわ。虫が嫌いなダンなんか発狂するんじゃない」
「ホラーすぎるけど、その生活に慣れたら面白いかもな」
必要もないのに、俺はちょっと強がってみた。
「相手の神様とのタイマンなら何とか、元に戻せるかもしれないけど、仲間がいたら大変よ。詫びを入れたり、恐喝したりと色々メンドーになるのよね」
神様も他の神様とのしがらみみたいなものがあるんだな。ホント、人間みたい。
「でも、人の頭が虫になったところで、神様にはどうでもいいことじゃないのか?」
俺の言葉にティナは大笑いした。カレンちゃんに聞こえちゃうんじゃん。まぁ、聞こえて欲しくない部分は終わったか。
「そう!気に入らなかったら全部処分して、どこかから新しい人間を拐えばいいのよ」
いやん、聞くんじゃなかった。ティナさん、目が妙に大きく開いてますよ。興奮しないで下さい。
そんな発想ができる神様と一緒にいる私は、とても、とても自分の身が心配です。
「なんて、思う神様もいるんだけど、ほとんどはね、やっぱり、大事な住民が苦しんだりしたら心痛めるのよ。だから、厄介ごとを作らないことには越したことないのよ」
本当か、本当なのか。信用するよ?
俺はティナ達に付いて行くしか、当分は生きる道がないんだからな。
俺は少し強引に話題を戻す。ちょっとダークなティナさんを見るのは、凄く心に負担だからな。
「なぁ、昨日の夜、ダンが精霊と話をして、色々とこの辺の金銭感覚を尋ねていたぞ。その精霊に聞けば、どこに神様がいるか分かるんじゃない?」
「うーん、ナベの世界はどれだけ広いか知ってる?」
「世界?地球じゃなくて?」
「そう、全宇宙」
「…端っこまで100億光年くらい?」
知らないけど、たぶんこれくらい。
「もっと広いけど、まぁいいわ。仮に一辺100億光年の立方体と考えても、その体積は、10の30乗立方光年よ。分かる?」
分かる訳ないだろ。立方光年っていう単位自体、初めて聞いたぞ。存在するのか。10の30乗に至っては桁の読み方さえ知らないな。
「各神様が一立方光年を担当しても、10の30乗の神様が必要なのよ?」
「じゃあ、この世界には何人、いや何柱くらいの神様がいるの?」
「1000万はいないわよ。ほら、ナベの国でも八百万の神とか言ってたでしょ。そんなもんよ」
「で、何が言いたいの?」
「精霊の行動範囲じゃ神様を見たこともない奴が多いんじゃないかな」
「訊くだけ訊いたら?」
「そうね」
それから、ティナは微笑みを見せながら続ける。
「私たちも見付けられないかも。大体ね、広いことは皆分かってるから、いっぱい標を置く配慮をするのよ。あんまり頭の良くない奴なのかもね、ここのは」
ギブアップ宣言か。まぁ、余裕があるから手段はあるんだろうな。
「魔法でザッと調べるもんじゃないの?」
「んー、実はね、さっき馬車の中でやったのよ。キラムにもないし、ここ一円にはなさそうね」
一円がどの程度か知らないけど、ティナが言うならないんだろうな。
「さっきの街を出る前にすれば良かったわね。魔法禁止とか、面倒だわ」
それは俺が悪かった。が、俺が言うことなど無視して良かったのに。
そう思った俺の表情から判断したのか、ティナがきっぱりと言う。
「ナベの言うことを聞いてるわけじゃないのよ。私のマイルールなの。人間に合わせてルールを守りたいのよ」
アンドーさんと同じ事を言う。俺はもう一つティナに聞きたかったことを尋ねる。
「この土地を選んだのはティナだっただろ?なんで、自分の土地か少なくとも誰が管理しているのか分かっている土地にしなかったんだ?」
ティナは唇に人差し指を当てて、少し考える。かわいいけど、これがあざといっていうヤツだよな。
「面白くないから?」
だよな。予想していた回答だ。いいよ、ティナがこの土地を選んだおかげで、カレンちゃんを救えるんだ。
さて、交渉相手の神様が不明なままだと、カレンちゃんの件はどうするかな。毎日の軟膏のおかげで人間状態を維持しているけど、仮に軟膏を出すティナがいなくなったら蜂頭になってしまうしな。
俺はさっきのじいさんの与太話をティナに伝える。何かの足しになればいいかな程度だ。
「じいさんが竜騎士をシャールの湖で見たって言ってたよ。それが神様ってことにならない?この辺の英雄物語に出てくるって」
「シャールって、さっきの街よね。確かに地下に竜のねぐらがあったわよ」
じいさんが冒険者人生を賭けて探し求めていたものがあっさり見つかった。何か切ないぞ。ってか、街の下に竜が潜んでいるって、どうなんだ。危なすぎないか。いや、聖竜とか呼ばれていたから良いヤツなのか。
「闇雲に探すよりはマシかな。ありがとう、ナベ。戻ったら調べましょう」
そう言ってからティナが馬車に入ろうと歩き出す。離れた所でカレンちゃんとダンが遊んだままだったので、声をかける。また、フェンシングみたいに棒で突きあっていたようだ。
ダンがかなり手加減しているのは素人目でも明らかだったがな。
二人も木の棒を捨てて馬車に戻る。あっ、大事なことを思い出した。俺は慌ててダンを呼び止める。
「すまない、御者台にもエアコン掛けて欲しいんだけど」
「ガハハ、ナベは柔弱な奴だ」
そう言いながら、ダンの指先から光が飛び出し御者台に向かう。ティナが申し出てくれたのに依頼するのを忘れていたよ。
しかし、柔弱なのはお前達だろ。俺は馬車の中に気付かなければ我慢してたぞ。
「馬の体温も下げるように風向きを調整しておいたぞ」
「ありがとな」
快適、万歳だ。




