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じいさんの冒険談

 馬車は進み続けて、街の壁は小さく見えるだけになってきた。それでも、こっちの門側にはちょっと離れた街道沿いでさえ何軒か大きめの建物があったりする。大剣を担いだ少女や背丈に近い長さの弓を持った人とかが往き来しているのも目撃した。ファンタジスティックさに俺は感動。そういったザ・冒険者の中に俺も混ざりたい。

 ちょこちょこと小さな商店もある。壁の外にも人は住んでいるんだな。当然か。

 しばらく行くと草原が広がりだした。たまに小さな集落や畑なんかも見えた。



 キラム方面に向かう馬車は多いのか、間隔はそれぞれながら馬車は石畳の道を隊列になって進んでいく。

 俺は程よい風を頬に受けながら、じいさんと会話を続けていた。


「なら、じいさんも昔は冒険者だったのか?」


「あんま才能なかったんやけどな。剣術が衰えたから転職したんやわ」


「どんな冒険があったんだ?」


「突然言われても、人様に言えるようなもんはなかなか出てこーへんで。人様に言えへんこともしてへんけどな」


「じゃあ、一番凄い経験はどんなだった?」


「なんやろな。あっ、シャールの近くに湖があるやろ?」


「シャールって、どこ?」


 俺の返答にじいさんはこっちを見た。見ると言うか睨まれた感じだ。それから、また前に向き直す。


「さっきの街の名前や。ご主人様から聞いときや」


 なんと、そうだったのか。町の名前を気にしたことなかったな。じいさんは続ける。


「シャールの近くに湖があるんや。スードワットっていう白い竜の伝説があるとこなんやわ」


「スードワットは知ってる。神殿に行ったよ」


「まあ、シャールの名所の一つやからな。旅人にはえぇとこやわな」


 そんなに人はいなかった気がするけどな。でっかい竜の像は一見の価値があったが、観光地っていう感じではなかったぞ。


「俺な、スードワットが湖の上を飛んでるのを見たんだわ。しかも、背中に大剣を持った戦士も乗っとったんやで」


 なんだ、それ。竜騎士みたいなもんか。レアモンスターを見たっていう体験を伝えてくれたんか。


「珍しいものを見たんだな」


「アホゥ、白い竜の背中に戦士やで!伝説とか昔話にも出て来る英雄様やで!」


「すまないな、1ミリも知らない。あとで、誰かに聞いておくよ」


 日本のおとぎ話で近いものがあれば、そっちで訳してくれ、指輪よ。

 大体、昔話にもなるような英雄さんが今も生きているかよ。いや、こっちの世界じゃ有り得るのか。


 じいさんが手綱で馬の速度を調整しながら続ける。


「どこの国のもんなんや。大魔王から世界を救った竜騎士様やで。そら土地によっちゃな、スードワットっていう名前やないかもしらんけど、白い竜とその騎士の話がない国なんか行ったことないで」


 じいさんは大袈裟にため息をつく。


「色んな冒険をして、悪いやつを倒して、魔族から世界を救ったんや。俺がちっちゃい頃からの憧れなんや。だから冒険者になったんやで。俺も世界を救うんやって」


 まあ、ベタなロールプレイングゲームのストーリーを考えておけば良いかな。じいさんの説明じゃ、何が凄いのか分からないしな。


「たまたま立ち寄ったシャールで、アレを見てからやな、俺と仲間たちは、ここを拠点にして探したんや」


「何を探したんだ?」


「スードワットの宝や。なんか凄そうやろ?」


 確かに目標としては凄いんだけど、こうして今は御者をやっているんだからなぁ。何と返答すべきかな。じいさんの気を悪くしないようにと考えると、なかなか難しいぞ。

 俺が黙っている事に気付いた、じいさんは声のトーンを落として続ける。


「結局、なかったわ。冒険者として貴重な時期を無謀な宝探しで無駄にしたんやわ。楽しかったけどな」


 カレンちゃんの村のポールさんに続く、冒険者の成れの果てか。いい人だけに気の毒感が強くなる。


「他の仲間はどうしたんだ?」


「探索中に死んだのもおるよ。あとは最近見てへんわ。でも、みんな、パーティを解散する時でも満足しとったで。白い竜は皆の憧れやからな。それを探す冒険なんざ、そうそうでけへん」


 じいさんが気持ち良く笑いながら言うので、俺の気も楽になる。ただ、話を変えよう。じいさんも俺を楽しませるために辛い話を愉快に言ってるだけかもしれないしな。


「キラムの名物は何だ?スードワットの神殿では魚のスープが出てきたけど、美味しくなかった」


 しまった。スードワットを絡めたら、また話が戻っちまう。俺はそう思ったが、じいさんは気にしてない様子だ。


「ほんま金持ちなんやな。あの神殿はぼったくりで有名なんやで。薦められても無視するのが1番や。あの巫女さんら、ドラゴンのようにがめついで」


「確かにな」


 俺はじいさんの素直な言い様に笑った。


「土産品とかで、高い木の筆を買わされたよ」


「せやろ。だから、ええ所やけど、なかなか人が来おへんねん」


「じいさんは行ったことあるのか?」


「アホゥ、俺はスードワットの宝を探してたんやで。行かへんわけないやろ。ただ、あそこはな、巫女連中の押し売りを避ける大冒険で、録に調べられへんかったけどな」


 そこで、じいさんは茶目っ気ありげに俺に目を合わせる。


「だから、月のない夜に忍び込んだんや。そしたら、どうやったと思う?」


「何か秘密の地下道でもあったの?」


「そうや!」


 でも、じいさんの結論からすると、その地下道は宝には続いてないんだよな。


「その先には何があったの?」


「あの神殿は巫女さんしかおらんのは知ってるやろ?」


「ん?いや、確かに巫女さんしか見なかったかな」


「巫女さんしかおらんねん」


「だから?」


「その地下道な、逢引きのための秘密の通路やってん!」


 なるほど、女の園に忍び込むための地下通路か。


「地面に突然穴が開いたから、俺らすぐに隠れたんよ。そしたら、いい服着た貴族さんが出てくんのよ。三人くらいやったかな。ほんですぐに、巫女さんが10人くらい現れて、その三人を引っ張りあいやねん」


 なんだ、貴族どもはモテモテなのか。羨ましい。


「そんなん見てんの見つかったら殺されてまうわって思ってたんやけど、仲間の一人がくしゃみしよってん」


 じいさんは生きてるから、殺されはしなかったんだろうな。しかし、今、喋るのは良いのか。時効なのか。


「俺ら、もうあかん思おて、ブルブルしとったら誰もおらんようになってな」


「あぁ、貴族さんや巫女さんも見つかったら一大事だから逃げたのか」


「そやねん。助かったで。くしゃみした奴なんか、泣き出しよったさかいな」


「通路はどうしたんだ?」


「別の日に時間をずらして入ったで」


 じいさん、また笑う。


「シャールの真ん中に城というか宮殿あるやろ?」


「尖った塔が何個か見えるとこ?」


「そうや。地下水道でそこまで続いてたわ」


「隠し通路とか無かったんか?」


「結構探したんやけどな。水路のとこも棒で突き刺したりして試したんやけど、分からんかった」


「モンスターとかいなかったんか?」


「街の真下におるわけないやろ、アホ。精々、魔法の使えるネズミやコウモリくらいの小動物や」


「それ充分にモンスターじゃん」


「害がなければ魔法を使えてもモンスターと呼ばんのがシャール流なんや。あんたの言うことも分かるで。魔力の強いのを全部モンスターって呼ぶんやろ。俺の生まれ故郷じゃ、ちっちゃいのは魔法が使えても動物扱いやったで」


 じいさんはそう言ってから、体を捻って馬車の後ろを見る。


「ありゃ、ちこーなってきたな。道を譲るで」


 どうも後列の馬車を気にした様だ。馬に合図して馬車の進路を石畳から外して、脇にそれた。そして、馬車を停車させる。


 しばらくして、後ろの馬車が追い抜いていく。横に並んだ際に、向こうの御者がじいさんに手を挙げた。お礼の合図みたいなもんかな。じいさんも手を挙げて応えていた。


「えートコまで進んどるから、休憩にするで。キャビンの窓から教えたって」


 キャビンって人が乗るところのことかな。

 俺は木窓の取っ手を持ち上げる。


 心地よい冷気が顔を撫でる。

 ……空調魔法エアコン!

 御者台にもお裾分けしろよ。お前らなら、エアカーテン的な何かで馬車の外でも何とか出きる気がするぞ。


 盛り沢山のフルーツもテーブルに乗っけられている。そのテーブルも豪華な装飾が入ったものに変えられている。

 今までリンゴとブドウしか食べてなかったけど、苺とかバナナとかプラムとか、あと見たことない果物が更に盛ってある。


「やったー、1抜け~」


 トランプを手にしたカレンちゃんの無邪気な声が響く。

 ババ抜きだな。


 俺の視線にカレンちゃんが気付く。


「どうしたの、ナベ。一緒に遊びたいの?」


「そろそろ休憩だぞ」


「もう休憩してるよ」


 そうだね。その通りだね。でも、俺はそこまで体を休めてないのだよ、カレンちゃん。じいさんと話してただけで、喉も潤したいのだよ。


 俺は木窓を黙って閉める。とたんに中の声が聞こえなくなった。


「すげー防音だな」


 俺はじいさんに話し掛ける。それにじいさんは手綱を御者台の前の柵にくくりつけながら答える。


「お互い会話が届かないよーにやわ。馬車の中で秘密の話がしやすいわな」


 じいさんは御者台から飛び降りる。年齢を感じさせない身のこなしだ。対して、俺は柵を手で掴んで地面に足が着くのを確かめてから馬車を降りる。


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