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冒険者ギルド

 俺たちは巫女さんの神殿を出た。古い祠があるとかいうキラムの村には、巫女さんのアドバイス通り明日の朝に出発することにした。


 転移で行けば楽じゃんという俺の意見は、『ゆっくり行った方が楽しいよ。それに運動しないと太るわよ』というティナの意見で却下された。

 太ったら、脂肪吸引するみたいに俺の体から脂肪だけ取り出してくれたらいいじゃん。ついでに細マッチョみたいな筋肉を付けてくれ。


 帰る途中で、鳥の看板が出ている建物を見て思い出した。

 ギルドだ!ここから俺の大冒険が始まるんだ!


「ここ!冒険者ギルドに入りたい」


 俺は先を歩いていたダンに声を掛ける。


「ん、ギルドか。一度入ってみるか。いいか、ティナ?」


「いいわよ。楽しいかもね」


「ナベ、ポールさんみたいに草引きしたいの?アンジェちゃんがお金と食べ物をいっぱい出してくれるから遊んでていいのよ」


 ポールさんが不憫でならないが、それは冒険者と違う。

 あと、カレンちゃんの将来がすごく心配だ。刻一刻とカレンちゃんが堕落している。


「アンジェも良いか?」


「働かざる者食うべからずをカレンに教えたい」


 おぉ、アンドーさんがまともなことを言った!

 しかし、そもそも、お前が甘やかしているからだろ。どれだけ屋台で食べ物を買ってるんだ。

 日本なら『全店制覇にチャレンジしてみた』とか謳って動画サイトに投稿するかのようだぞ。


 というわけで、俺は冒険者ギルドの扉を開ける。

 カランカランと扉に備え付けの鐘の音がなる。中は意外に広く、普通のコンビニよりも面積がありそうだ。入って右の窓側にはソファーや四角い木のテーブルが整然と並んで喫茶店のようになっている。

 俺が想像していた、スキンヘッドや入れ墨が入ったやんちゃな人達がたむろしているという事はなかった。むしろ、誰も見当たらなかった。


 あれ、ここ、冒険者ギルドじゃなかったか。看板の鳥は閑古鳥か。


 部屋の左側はカウンターになっていた。胸くらいの高さのものと座って対応できるローカウンターが繋がっている二段型だ。カウンター奥に別部屋へ通じる出入り口が2つあった。一つは扉がなく、奥に皿や鍋が見えるため調理室のようだ。

 受付っぽいお姉さんが低い方のカウンターにいた。ただ、天板に頬をべったり当てて寝ている。

 ぐっすりしすぎて、俺達が入ったことにも気付いていない。


 これを起こさないといけないのか。幸せそうに寝息を立てながら熟睡してるぞ。


 俺は躊躇いながらもその受付の人の対面に座る。ダンも俺の横の椅子に腰掛ける。


「すまんな、少しばかり起きて貰えるか」


 ダンが寝ている女性に声を掛ける。助かった、さすがダン。俺の代わりに起こしてくれるのか。


 びくっと体を震わせてから、受付の人が慌てて体を起こす。とても姿勢が良い。若いな、10代後半、ぎりぎりティーンズって感じか。丸顔でのんびりした顔付きだ。


「何か御用でしょうか?」


 まるで先程までも寝てませんよという態度と表情とは、いい性格してるな。


「冒険者になりたいので、手続きを教えて欲しい」


 俺は女性に伝える。寝てていたことはスルーしてやるよ。だから、涎の跡を何とかしろよ。


「お二人ともですか?」


「いや、向こうの三人も」


 俺はソファー席に座っているティナ達を指で示すと、カレンちゃんが手を振った。


「……あちらの女性は相当に身分が高い方にお目受け致しますが、あの方もですか?」


 誰だ。あっ、ティナか。確かに貴族風の格好をしているからな。


「私どものギルドの仕事を回すわけにはいかないかと思うのです」


「構わないよ。手続きをお願いする」


 それを聞くと彼女はカウンターの下から何やら紙を出してきた。質が悪いのか、古いのか、だいぶ黄ばんでいる。


 俺たちに見せるのではなく、彼女のためのカンペのようだ。


「えっと、先ずは仮登録致します。その後、常駐の依頼を成功に致しますと本登録となって晴れて冒険者としてギルドに所属することになります。バカは分不相応な依頼を望むので注意。簡単な依頼に誘導すること。但し、お金を持っていそうな場合は別。良い服を着ていたら、相手の持ち金を見極めて、できるだけ難易度が高くて儲けの良い奴を薦めろ。勿論、ギルド側の儲けの事だ。罪悪感は持たなくていい。ウィンウィンになるから気にするな。この括弧内は読むなよ。……あっ、読んだらダメなんだ……」


 おい!ダメ過ぎるだろ、このポンコツ野郎め。いきなり、ぼったくり宣言するなよ!!


 しかし、受付は怯まない。『何かありましたか』的な顔でそのまま続ける。


「成功した依頼の難易度によって、最初の冒険者ランクが決まります。なので、自分の実力と依頼内容を見極めて頂き、ちょうど良い難易度のものをご選択すると宜しいかと存じます」


 む、受付の人の作戦通りだな。読んじゃいけなかった所を読んだの突っ込めなくなったな。


「最初の冒険者ランクが上の方だといいことあるの?」


「本登録後の依頼はそのランクで受けられる難易度までとなります。ですので、高いランクからスタートすると依頼の幅が広がりますし、高難易度案件は実入りも素晴らしいです。冒険者によっては、遊んで暮らすことも簡単ですよ」


 カレンちゃんの村のポールさんみたいに草むしりをする老後の可能性もあるけどな。


「また、貴い方々においてはご自身またはお家の格を示す、良い指標となります。良家との縁談や交際で有利に運ぶこと、間違いなしです。お家とお国の栄華のために是非とも高ランク冒険者としてご活躍頂けると、我々、下々の民にとっても喜ばしいことです。ですので、是非お手伝いさせて頂ければ幸甚で御座います。などと言っておだてること。渋るようなら姿格好を誉めよ。ここも絶対に読むなよ。下手したら死ぬぞ。……もう……最初に書いといてよ…」


 もう一回スルーしないといけないのか。頼むぞ、受付の人。

 その堂々とした態度のお陰で、こっちも触れずに済むのが幸甚だ。


「分かった。ちなみに俺たちに適した仕事は何かあるか?」


「そうですね、そちらの銀色の板にある依頼でしょうか。具体的な内容はお読み頂ければと」


 受付が示す先には壁に板が何枚か打ち付けてあり、そこに紙が掲示してあるのが分かった。依頼書だろうな。


「ギルドの冒険者ランクは基本5ランク、上から金、銀、赤、青、白と分けられています。貴族の方であれば、大体銀の冒険者をご希望されます」


 板の周りがそれぞれ色違いになっているので、それがそのまま受けられる冒険者のランク別になっているのであろう。色が上に行くほど、板の大きさが小さくなっている。

 ランクが上の冒険者ほど、数が少ないんだろうな。それに伴って依頼数も減るんだろう。

 逆に、白と青の板は大きさが同じくらいだ。このランクに大多数の冒険者がいるのだろう。


 でも、EとかDから始まって、SとかSSSで終わるランク制じゃないのかよ。『なにぃ、坊主、お前がSランクだと……』みたいな、気持ち良さ気な楽しい会話は出来ないのか。『(ゴールド)ランク』とか言われても、なんかセイント戦士みたいじゃん。いや、もっと言ったら、国産大手ネット通販サイトの会員ランクみたいだろ。


「なぁ、AランクとかBランクみたいに文字で表さないのか?」


 俺は正直に受付に訊く。その方が分かりやすいもん。


「ありますよ」


 あるのかよ。


「金がSで、後は順に下がっていきます。白はDで、最低ランクです。結局、呼び方だけの問題ですね」


「そっちで呼ぶのが普通じゃないのか?」


「冒険者ギルドは世界中にあるのです。特定の国の文字を使うのは好まれません。Sとかを使用するのは国内限定ですよ。使わない訳ではないですが、ローカルですよ。知らないの?」


 仮登録で来ているんだ、知らんがな。でも、理解はできた。

 大日本帝国の敵性語みたいになるってことだな。

 あと、お前、言い終わった後に鼻で笑うな。


「文字であっても特定の国に肩入れしないっていうことだな?」


「はい?難しく考えれば、そうかもですね」


 違うのか。


「簡単に言うと?」


「遠い国の人は何の事か理解できないです」


 そっちか。確かにアメリカ人に『イロハニホヘト』でランク分けの順を説明するのメンドーだもんな。いきなり、『俺のランクはホなんだぜ』って言われてもピンと来ないな。

 了解した。で、次の質問に移ろう。

 

「今回の依頼をパーティで達成した際は、皆が同じランクになるのかな?」


「そのパーティ内で寄与率を決めてください。そちらの尊い方を銀にするのであれば、今から受けられる依頼の寄与率は全てあの方にお渡しください」


 むむ、じゃあ、均等割りしたらどうなるんだ。いや、別にランクを上げたい訳じゃないか。


「ちょっと待ってね。相談してくる」


 俺はティナの方に行く。こういうときはダンかティナだが、


「ナベ、一番難しいのが良い」


 途中でアンドーさんと目が合い、ソファーに腰掛けたままでジャージ娘が偉そうに言う。


「カレンちゃんに仕事を覚えさせるのが目的だろ。一番簡単なヤツでもいいくらいだぞ」


「バカ。美味しい仕事は高ランク。じゃないと、誰も高いランクを目指さない。カレンが楽に暮らせるように、高難度」


 目から鱗だった。確かにいくら強くても、自分の身を削ってまで好んで危険な仕事をする奴は酔狂だ。

 高いランクのものを一発するより、確実にほどほどの儲けのもので量を稼いだ方が効率的っぽいし安全だものな。そうなると昇格する奴が少なくなるから、ランクアップの動機付けとして、儲けの良い仕事を上の方に置いておくのか。


 アンドーさんがソファーから立ち上り、板の方に歩く。俺もアンドーさんに付いていく。


「見ろ。これとこれは同じ護衛の仕事」


 アンドーさんが金と赤の板に貼ってある紙を示す。


「金の方は報酬が100倍」


 いや、見ても文字読めないんだけど。アンドーさん、知ってるくせに。


「でも、要求されるレベルが違うんじゃないか?護衛なら、兵隊と指揮官とか、危険度が違うとか」


「何にも襲われなければ護衛など誰でも可能。指揮官であれば、なお楽」


 無茶言うな。襲われそうだから護衛を頼んでるだろ。


「ナベ、トップレベルを雇える奴はそもそも依頼しない。新しいコネ作りか見栄が欲しいだけ」


 アンドーさん、夢がない。

 もっとドラゴンと生死を掛けた戦いをして、何故か友情が芽生えるみたいなのがいい。愛情でもいいのだが。


「カレンに何年も草むしりや獣狩りをさせたいか。基本だけではどうにもならない。そんなもんで普通の生活ができるなら皆が冒険者になる。儲かるなら、それ専門の職業が出来る」


 すげーよ、アンドーさん、経験者なのか?シビアすぎるよ。そして、なぜにそんなに多弁なのか。カレンちゃんの事を思って、俺に説明してくれているのか。普段からそれくらいしゃべれよ。

 でも狩り専門の冒険者はいそうだよ、アンドーさん。


「しかし、いきなり高ランクになったところでお前らがいなければ意味ないだろ。俺も含めて基礎から学ばせてもらおう」


「ふん、まぁ、いいだろう」


 珍しくアンドーさんは俺の言葉に従った。『ナベ、黙れ』とか言いながらお尻を蹴られるかと思っていたのに。

 無駄にお尻筋を固くしてしまったぜ。

 俺はカウンターに戻って、椅子に座り直す。

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