神殿の料理
地図まで書いてもらった手前、買わないという選択肢はなく、巫女さんのお薦めの鉛筆みたいなペンを買った。価格は分からなかったが、ダンが金貨を何枚か数えていたので、かなり高かったと思う。
たかが筆記用具の分際で少なくともカレンちゃんの売り値より高い。
もしもだ。俺が奴隷となった時はどの程度の値段が付くのであろう。やっぱり、その鉛筆よりも安いのだろうか。だとしたら、たぶん、この世界は命が軽い。たくさん生まれて、たくさん死んでいく。そんな感じの世界かも。守ってくださいね、神様。
巫女さんは俺たちが支払ったのを見て、笑顔を見せてくれた。服屋の店員がよく見せてくれる商売100%の笑顔だ。
分かった。この娘、図太い性格だと断言しよう。外観の良さに目を奪われ過ぎていた。
経験あるよ。デートとかで、あれだこれだと奢らされた挙げ句、夕飯後に門限があるからねって帰って行くタイプだ。次の日に会ったらプレゼントした指輪しているから気があるのかと思いきや、『えっ、これ貰った奴だっけ?』とか素で言いやがったな。あんな目にはもう会いたくない。こっちから避けないとな。
そう強がりさ。俺程度の人間じゃ、こういうレベルの娘とは付き合えないって自認しているんだから、強がりくらい許してよ。
利用されてもいいんだけど、見返りを少しくらい渡せよなって思う。ほっぺにチューとか。スッゴい水着でプールとか。
いや、これはこの巫女さんと関係ないな。切り替えよう。
カレンちゃん達はその売り場の近く、池のほとりで魚を見ていた。
「あの魚、大きいね。食べられるかな。どんな味かな」
ニゴイみたいな黒い魚がゆっくり泳いでいた。カレンちゃん、食い気強いな。神殿の魚なんか食べたらバチが当たるぞ。
巫女さんがカレンちゃんに近づく。それにティナが気付いて、池の魚を目で追い続けているカレンちゃんの肩をポンポンと叩く。
「あっ、昨日のお姉ちゃん!ここにいたの?」
「そうよ、ここが私のお勤めしている神殿よ」
巫女さんは鉛筆を売ったときとは違う笑顔をカレンちゃんに見せる。それを俺にも向けてくれよ。
「カレンちゃんだったかな?もしも、何か困ったことがあればここに来るんだよ。後ろの建物に大きい像があったでしょ。あそこでお祈りするんだよ」
「うん、ナベみたいにお祈りするよ」
カレンよ、さっき俺の礼拝を気持ち悪いと言ったばかりだぞ。
「そう。約束だからね」
「では、行こうか。明日は違う町に向かうぞ。この巫女殿に外の地図を貰った」
ダンが皆に告げる。手にはさっきの地図が掲げられていた。誰も見てないけどな。カレンちゃんは、また魚に夢中だ。
「あら、ありがとうね。あなたへのお礼はどうしようか?」
ティナが巫女さんに訊く。
「そうですねぇ、では、そこで何かお食事して頂けると有り難いです」
巫女さんが即答した。形だけ躊躇う素振りを見せながら即答した。さっき、俺とダンで鉛筆買ったじゃん。忘れたのか。もう、うっかりさんだなぁ。
って、本当に巫女さんか。初詣の時に量産されるみたいな、バイト巫女じゃないのか、こいつ。
先ほど鉛筆を購入した売店の奥に円形のテーブル席がいくつかあり、座るとすぐに料理が運ばれてきた。
スープと丸いパンの2品目だけだ。トロッとしたスープの中に魚の切り身が入っていて薄味仕立て。何かの葉っぱが乗っているが魚の臭み消しかな。俺的にはこの葉っぱの臭いの方が魚よりきつい。
カレンちゃんは喜んで食べている。カレンちゃんの仕種を見ているとこっちも楽しくなるな。
とてもいい子だ。もう少し俺にもなついて欲しい。
巫女さんは俺たちがテーブル席に着いた段階で去っていった。ごゆっくりお食事を、という配慮じゃなくて、もう俺たちに売るべきものが無くなったんだろうな。
昨日、『是非お越しください』と言っていたのも商売のためだったのかと勘繰ってしまう。
なかなか世知辛い。俺が被害妄想なだけなのかもだがな。
アンドーさんが独特の匂いを持った葉っぱを俺の皿に入れる。
苦手なんだな。分かる。
分かるが、自分の皿に置いておけ。
見ろよ、カレンちゃんなんか、魚の骨さえ食べているぞ。
恥ずかしいと思いなさい、アンドーさん。
あと、こっちのテーブルマナー的に良いのか悪いのか分からないが、ボリボリとかみ砕かないといけないくらい立派な骨は普通食べないんじゃないか、カレンちゃん。
俺はアンドーさんから頂いた謎の葉っぱをカレンちゃんの取り皿に黙って置いた。
ちょっと止まったカレンちゃんは、それをフォークで刺して、俺の口に持ってくる。
えっ、そんな事になるの?
俺はあーんして、有り難く頂きました。固いし、マッズッ。
でも、カレンちゃん、俺にも馴れてきてたんだ。嬉しいぞ。
決して『変なモンをあたしに寄越すんじゃねぇぞ、コラ。ぶちのめすぞ』っていう気持ちからの行動じゃないよね。




