竜の巫女さん
俺は巫女さんに会釈してから話し掛ける。
「あぁ、お祈りさせてもらったよ」
「そうですか、スードワット様のお力添えがあるといいですね」
スードワット様とは、あのでっかいドラゴン像の元になった竜のことらしい。何でも大昔にこの街を守ってくれた偉大なドラゴンと彼女、巫女さんは言う。
「ところで、あの女の子は?」
巫女さんはカレンちゃんの事を訊いているのであろう。もっと俺の事を訊いてくれてもいいんだよ。
「もう先に進んだかな」
俺は通路の先を見つつ言った。ティナとアンドーさんに連れられて出口に向かってたもんな。
巫女さん、少し残念そうな顔をした。
昨日も「不吉な予感」とか言っていたし、やはり何か感じるものがあるのだろうか。巫女さんだけに感受性が高くてカレンちゃんが獣化することが分かったりするのか。
でも、獣化したところで巫女さんにはどうすることもできないよね。
俺が考えているとダンが巫女さんに地図がないかと聞いていた。
巫女さんは無いとは答えたものの駆け足でどこかに行き、紙とペンを持って戻ってきた。
「どこに行かれたいのですか?」
優しいな。中学生の頃にそんな優しさを見せられたら恋しちゃうよ。バレンタインの日なんか、脈は絶対ないのにソワソワだね。
ダメだ、思考がずれた。
しかし、何と言うべきか、ここより大きい神殿を紹介してくれとは言いにくいな。
「すまんが、ドラゴンではない神を祀っているところはないか?小さくても良い、できるだけ古いものが見たい」
ダンがそう言った。おいおい、良いのか。他教との関係が悪かったら巫女さんも答えにくいし、それに最も古いって半端な知識じゃ難しいぞ。
例えるなら、京都で1番古い寺は何っていうクイズだ。答えは知らない。
「東にあるキラムの村近くに古い祠が御座います。私が知っている中では最も古いと思います」
巫女さんは明瞭に答える。すげーな、ダンの無茶な質問でも即答か。
「そこまでの道程をお書き致しますね」
彼女はすらすらと紙に地図らしきものを書いてくれる。紙は黄ばんでゴワゴワだけど、巫女さんが描く地図の線はきれいだ。
ペンが凄い! 黒い芯を木で覆っている。この世界の人も鉛筆作れるのか。
俺は地図よりもペンに注目してしまった。巫女さんがそれに気づき、地図を書きながら説明してくれる。
「このペンはこのスードワット様の神殿の特産品です。お土産にどうですか。他ではお売りしてないですよ」
売っているのか! お土産って何だ。神社の御守りみたいなものか。
「ここでしか売ってないの?」
「はい、私たちが作っています」
巫女さんの仕事なのか、それ。商魂を感じてしまって急にこの神殿の有り難みがなくなってきたぞ。
しかし、買ってみようかな。便利そうだもんな。宿屋の女将さんはインクペンで書きにくそうだったから渡してみるか。
巫女さんが地図を書き終えたので受け取る。短時間で描き終えたところからすると、相当慣れているな。地図の真ん中に寝そべったドラゴンが丸に囲まれて描かれている。欠伸もしている風でなかなかコミカルな絵柄だ。
「ここがこの街かな?」
「そうです。ここから大きな街道で東に向かいます。別れ道に関してはここに書いている通りですし、標識石があると思いますのでご安心下さい。ただ、この辺りから先の道は山道になってますので人通りも少なく、見通しも悪いですので慣れた方を案内を雇われるのが安全かと思います」
巫女さんが指で自分の描いた道をなぞりながら言う。
東と言いながら地図上では上部に目的地はあった。俺が当然の様に考えていた北側が上の地図ルールとは違うんだろう。
山道云々はダン達がいるから大丈夫だな、きっと。
「街の東にも門があるのか? どうやって行けば良い?」
昨日俺たちが入ったのは違う方角だったのか。ダンが頼りになる。
「東側にも門があります。そうですね、今から向かいますと、お昼を越える形になって乗り合い馬車も少ないことでしょう。明日の朝早くに街内の馬車に乗り、門で乗り換えるとよろしいです」
巫女さんは問答にも慣れている。よく聞かれるんだろう。
「そのキラムの村は遠いの?」
「ここに書いてありますように二日で到着します」
巫女さんの指先が地図上のふにゃふにゃした図形を示す。
ごめん、起伏が激しいとか沼が多い湿地帯みたいな特徴ある地形かと思ってたわ。文字間の区切りがどこにあるのかさえ分からないな。
「あぁ、すまない。俺は文字が読めないんだわ」
「異国の方なら仕方ないですよ。それだけ流暢にしゃべられるだけでも立派なものです」
その喋りの方も魔法の指輪のお陰だけどな。
でも、巫女さん、お世辞だろうな。そんな感じがする。
「巫女殿、有り難い地図である。そなたにもスードワットの加護があるように」
ダンが巫女に礼を言う。
スードワットって何かと思ったが、そういや、ここで祀っているドラゴンの名前だ。崇拝している人に対して呼び捨てして良いのか。そういうものなのか。
俺は気にしたが巫女さんは気にしていないようだった。
「それでは、そのペンを買いに行きましょう。案内しますよ」
と、俺達は本殿出口の側にある売店に連れていかれた。
これはあれだな、完全に売り子と客だな。可愛い顔して、なかなかの遣り手だ。




