竜の神殿
街の中でも一段大きめの水路に架かった幅広の橋の向こうにその神殿はあった。入り口の門は大理石かな。石造りで、上部に頭に一本の角が生えた馬のレリーフが色んな格好でいっぱい彫ってある。
でも、一番目立つのは門の両脇に置いてあるドラゴンの彫像だった。巨体のダンよりも更に少し大きい背丈で威風を感じさせる作風だ。図工や美術がダメだった俺は、昔からこういう芸術作品を作れる人に感心してしまうが、この世界では魔法で彫るのだろうか。
手でコツコツと作らないと味気ない気がする。なんか大量生産品みたいで有り難みが減るのではと思う。
門を通りすぎると中庭に出る。広い池が中心にあってほとんどの面積を占めている。その周囲に芝生が植えられているけど楽に歩けるように道も整備されていた。端っこの所々には木が生えている。休憩するためか池を眺めるためか、東屋なんかもある。雰囲気的にはヨーロッパ風にガゼボって呼んだ方がいいかもしれない。
その大きな池の水面のあちこちがぼこぼこしていた。ちょっと観察していたら、ティナから水が涌き出ているのだと教えてくれた。
ここが水源なのか。とても澄んでいて、冷たそうだ。たまに魚も泳いでいるのが分かる。
神殿だから、釣り人は流石にいないな。
俺達は池の周囲を歩いて、向こう側に見える背の高い本殿っぽい建屋を目指す。やはり石造りで、パルテノン神殿ですかっていう佇まいだ。
昨日カレンがぶつかった巫女さんと同じ格好の黒い服装の女性たちが宿舎だろうか、建物に出入りしているのがたまに見えた。
ここでお勤めしている人たちだろうな。宿舎じゃなくて社務所みたいなところかもしれない。
本殿の中はひんやりしていた。思ったほど大きくない。中庭が広すぎるんだな。10分くらい歩かされたんだもん。
参拝者は多くも少なくもないか。
「ここでお祈りするのか?」
「うむ、そうだな。何を祀っているのかも知りたいが」
「奥まで行きましょう」
ティナを先頭に俺達は進む。カレンちゃんは彼女の隣を笑顔で歩く。頼りになる姉さんが出来た感じなんだろうな。
俺たちが昨日会わなかったら、カレンちゃんはどうなっていたのだろうか。余り想像したくない。サナギなんかになってたりしてたのだろうか。
通路を折れ曲がると、天井の高い広い空間に出て、でっかいドラゴンがお座りポーズしている像が鎮座していた。お寺で言う本尊みたいな物だろう。
これも大理石で出来ているのかな、真っ白い。目は赤い輝きが見えるので、ガラスか宝石が使われているのだろう。体形は、まさしく正統派というか、ちょっと太めの蜥蜴に羽根が生えた西洋風のドラゴンだ。
奈良の大仏さんくらい大きくて、これはご利益ありそうだ。この神殿の人々はドラゴンを信仰しているに違いない。
さて、どうやってお祈りするのだろうか。
立派なドラゴン像に目を張っているカレンちゃんが視界に入りつつ、他の参拝者を見る。
両手を頭の上で合わせて背を伸ばし、合わせたままの手を胸の前に持ってくる。両手を握らずに合わすところを間違いないようにしないと。それから、その手のまま、ゆっくりと膝立ちするように足を折る。その状態で目はドラゴンの顔にやるのか。
懇願しているみたいで、何か奇妙な感じたな。
俺もやってみよう。
まずは手を合わせて頭の上。胸まで持ってきて、このまま座ると。おっ、ヨガみたいだ。勢いよく座ると膝が石にぶつかって痛そうだ。みんな簡単に座っていたけどどうするんだ。よし、一度正座してから膝で立とう。
うむ、できた。そして、ドラゴンを見る。えーと、(カレンの頭が蜂になりませんように。俺が飽きたらこの世界から帰れますように)とお願いしておこう。
「アンドー様をこれからも崇拝できますようにとお祈り?」
アンドーさんが絡んできた。この人、俺がどう返すか知ってるのに、楽しみにしているのか。
「あぁ、アンドーさんに虐げられませんよーにと、ジャージの神さんに祈ったよ」
俺は負けないよ。
「アンジェちゃんとナベは仲が悪いの? 二人ともティナの家来なんだから仲良くね」
カレンちゃんに注意された。そういう認識か。確かにそんな設定で街に入った気がしてきた。すっかり忘れていた。
ってか、カレンちゃん、もうティナ呼ばわりになったんだな。仲良くなるの早すぎ。
「カレンちゃん、家来と言っても友達みたいなものだよ。それに、アンジェとナベはとっても仲が良いんだから」
ティナが説明してくれたが、『とっても仲が良い』というわけではないだろ。
いや、俺にとって、アンドーさんは美味しいご飯を出してくれる特別な存在だ。仲良くして損はないな。
「皆はお祈りしないのか?」
「カレン、恥ずかしいもん」
いや、さっき俺もしたじゃん。カレンちゃん、冷たいな。
「ナベのお祈りも目が気持ち悪かったし」
冷たいどころの騒ぎじゃなかったな。普通にお祈りしただけなのに、体目的で買われたかもとかいう第一印象をまだ引きずっているのか。
「カレンちゃん、そうは言わずお祈りしましょうね」
ティナがそう言うと、カレンちゃんは従った。
うむ、俺とティナとで何が違うんだ。おっぱいか? カレンちゃんは巨乳好きの変態女の子か。まぁ、真面目な話、『男子サイテー』って言い出すお年頃だから、俺に絡んでくるのだろうな。俺に興味がある裏返しだと、かなり良い方向に理解しておこう。
お祈りを終えて俺達は本殿を移動する。どうも参拝ルートは一本通行みたいで、人の流れに沿って進んでいく。所々で小さな彫像が祀られている祠が本殿内にある。日本の観光地みたいに横に説明文か由縁が書いてあるっぽい札板が置いてあるが、俺には読めない。
文字を勉強するのは大変そうだな。ダン達は魔法でなんとかしているって言ってたっけ。
カレンちゃんも小さな像には興味が無いのか、ドンドン前に歩いていく。
「ダン、目的は達成したのか?」
「いや、ここは外れだ。神とは繋がっていないな」
ダンよ、他の参拝者が回りにいるのにとんでもないこと言うなよ。荒々しい宗教なら殴り殺されるぞ。
「静かに言えよ。他に人がいるだろ」
「大丈夫だ。今は『日本語』でしゃべった」
えっ、そうなの。
「じゃあ、今は俺も日本語しゃべってるの?」
「今はな。恐らくだが、何語を喋りたいか意識すれば、そのティナの指輪が勝手にやってくれるぞ。カレンがいる時はここの言葉でいてやるべきだろうがな」
なるほど、ティナの指輪凄いな。
では、(デフォルトはこっちの言葉ね、指輪さん)と念じてみよう。んで、今は日本語でお願い。
「で、どうするんだ? カレンちゃんの件が解決できないじゃん?」
「そうだな、他の神殿に行ってみるか」
「魔法で何とか出来ないのか?」
「昨日、ナベが言ったではないか。ルールを守れと」
固いな。そもそも、そのルールは破りたいときに破り放題してるだろ。
まぁ、さしあたってはティナのナイトクリームを毎日付ければカレンちゃんは獣化しないみたいだから、いいか。ダンが妙に神殿での手続きってやつに拘るには何か訳があるんだろうしな。
「ゆっくりと情報を集めるのもよかろう。カレンも街に慣れる時間が必要だ」
なるほど、カレンちゃんを奴隷から解放はしたものの、これからどうするのかは考えもしていなかったしな。いつまでも一緒にいるわけもいかないから、街並みや仕組みなども教えてやりたいわけか。
そういうことだな、ダン。
「カレンちゃんが無事である限りはそれで良いよ」
「ナベも街を見てみたいであろう?」
「そうだな」
海外旅行みたいで面白いのは事実だ。お金はアンドーさんが文字通り無限に出してくれるし。
俺たちが話していると、
「昨日はどうもすみませんでした。お越し下さったのですね」
と後ろから声を掛けられた。
昨日カレンちゃんとぶつかった、あの巫女さんだ。整った顔立ちで清楚そうな雰囲気がとても俺的に良い。




