神殿に向かう
ダンの出すイビキに打ち勝って俺は熟睡していた。だいぶ疲れていたんだろうな。夢の世界で楽しんでいた俺は、ドスンとお腹に衝撃が走って目覚める。
息が止まって起きるのは初めてだ。俺がご老人ならショックで死んでるぞ。
「朝だよ、ナベ。ティナ姉ちゃんが起こして来いって」
カレンちゃんはパジャマを着ていた。俺の世界のパジャマだ。ピンク色で姪っ子とかが着てたのとよく似ている。
アンドーさんの野郎、俺にも出せよ。一式1000円くらいの食料品スーパーの片隅に並んでるみたいのでいいからさ。
せめて、替えのパンツを出してくれよ。そして、俺がトランクス派であることも伝えたい。
部屋を移った俺はカレンちゃんとの林檎早食い競争を交えつつ朝食を取る。ティナの作った林檎が美味しすぎる事に気付いたカレンちゃんと取り合いになっただけだが。ジューシーで甘くて、それでいて程よい酸味が後味に残る。
「今日は教会に行くんだよ、ナベ」
食べながら、満面の笑みで教えてくれるカレンちゃん。ほっぺが膨らんでいる。飲み込んでから喋りなさい。
「あの巫女さんのとこだよ」
食事の最後に水を飲んでからもニコニコしながら、カレンちゃんが追加情報を教えてくれる。昨日、奴隷として買った時とは雲泥の差だ。それにしても、やっぱり子供には笑顔が似合う。こっちも嬉しくなるな。
「そうね。会えるといいよね」
ティナは微笑みながら言った。
「あれ?あの子のとこは神殿じゃなかったっけ?」
「ナベは細かい。カレンが行きたいとこに行く」
いや、教会と神殿って違うだろ。むしろ、お前ら神様が気にすべき所だぞ。
カレンちゃんは昨日アンドーさんがこっそり買っていた髪留めを付けていた。先に買った方の赤いリボンはどこかと訊いたら妹にあげるんだとさ。妹いたんだ、カレンちゃん。でも、安い方をあげるという選択にカレンちゃんの育ちを察してしまいそうで、少し複雑な思いです。
皆、身支度は終わっている。俺に至っては着替えがないしな。そろそろ行こうかというタイミングでカレンちゃんが言う。
「アンジェちゃんは、なんで、そんな服なの?」
ナイス、カレンちゃん。浮きに浮いたアンドーさんの中学ジャージ姿に突っ込むとは、さすが無垢なる子供だ。でも、カレンちゃん、もう着替え済みだけど、お前のパジャマもおかしかっただろ。
「欲しい?」
アンドーさんが答えた。俺が欲しい。
「いやー。変だもん」
カレンちゃん、即答。俺が言ったら尻を蹴られてるな。どうする、アンドー?
「私の国の旅衣装だから」
嘘ついた。いや、学校の遠足を旅と言うなら正解なのか。
「見たことないよ。すっごく遠い国なのかな」
「そう。遠い」
アンドーさんは目を細める。なんだ、その懐かしそうな雰囲気は。演技がベタ過ぎて逆に上手なのかと勘繰ってしまうぞ。
「俺もアンドーさんの国に行ってみたいな。居心地いいんじゃない?」
そのジャージ国は俺の国だ。帰れる見込みを教えろってんだ。そんな気持ちもあって、皮肉ってやったよ。
「初歩魔法も使えないバカしかいない」
なるほど、そういう返しか。確かにな。こっちからしたら、脳筋ばかりとなるのか。
「行くぞ」
ダンが話を終わらせる。
すると、カレンちゃんが昨日ダンが持っていた大きな鞄を背負おうとする。でも鞄は床から離れない。
偉いな。即座に諦めた俺とは大違いだ。
「カレンちゃん、持たなくていいぞ。宿に置いていこう」
びくともしない鞄をまだ持とうとしているカレンちゃんに俺は声を掛けた。
「盗まれたら嫌だよ。絶対盗まれるよ」
部屋の鍵なんて無意味そうだしな。魔法でチョイチョイと開けられそうだ。でも、アンドーさんがまた出してくれるから安心だよ。そもそも、その鞄ダミーだしな。何が入ってんだよ。重すぎなんだよ。綿を詰めておけってんだ。
「ありがとう、カレンちゃん。でも、大丈夫。この宿屋はきちんとしているから」
「ティナが言うなら信じる」
おぉ、カレンちゃん、素直だ。でも、俺が同じ事を言ったのに信じなかったのが悲しい。
宿のおかみさんに今晩分の追加料金を払ってから、俺達は宿を出た。
ティナがお金を出していたが、かなり色を付けたみたいで、おかみさんが恐縮していたな。ティナ曰く、宿の飯を食べていない分を補ったらしい。なかなか気配りというか、やり方が上手いな。何千年も生きているだけある。
なお、俺が『年の功だな』と感想を告げると怒られた。ちょっと綺麗な金髪が逆立ったように見えたのは、きっと気のせいだ。
街を改めて観察する。やはり、水路が多い。水源はあちこちにある噴水だが、これは地下水なのだろうか。水路が多いので、自ずと大小の橋も多くなっている。
昨日巫女さんと出会った神殿に向かう。
途中で鳥の意匠の看板が出ている店を発見した。なんだ、これ?
「ティナ、あの鳥の看板は鶏肉専門店か?鳥が名物なのか」
「違うわよ。あの看板を見てそんなのを思い付くなんて、発想が豊かなのか貧困なのか分からないわね」
悪かったな。よく見たら看板の鳥は鷹に似た猛禽類か。錆びているから分かりづらいんだよ。
ティナが続ける。
「冒険者ギルドよ。昨日カレンちゃんの服を買うために店を探したときに調べ済みよ」
ん、魔法か何かで調べたのか。それとも、自分の足で調べたのか。どっちでもいいか。
しかし、ほほう、冒険者ギルドとは大変興味深い。響きだけで、わくわくするな。
「帰りに寄ってみる?」
「お願いします!」
俺は即答だ。
「ナベは冒険者になりたいの?」
カレンちゃんが俺に訊く。
「そうだね。一度でいいから、なってみたかったな」
「でも、お母さんが冒険者は職に付けないダメ人間がなるって言ってたよ」
えっ、そういう感じなの!?増える魔物を倒したり、困った人を助けるのじゃないの。夢がないな。
「冒険者なんて、何でも屋みたいなものだからね。でもね、カレンちゃん、困ってる人が多い街だと皆、冒険者になりたがるんだよ」
「カレンの村の冒険者は、いつも草をむしってたよ」
「薬草でも取ってたんじゃないのか?」
「ううん、畑の雑草取ってた。他に仕事ないから」
それ、冒険してないだろ。自称冒険者じゃないのか。仕事が無いっていうのは、カレンちゃんの村には依頼事がないってことか。
「他の街に行けばいいのにな、その人」
「なんか、もう歳だから無理だって言ってたよ」
「その人、何歳?」
「カレンが生まれる前からいて、60歳くらいらしいよ。ポール、見てないところで野菜を盗むから嫌われてたよ」
絶対、冒険者じゃないだろ。野菜を盗む冒険専門の方か。むしろ退治される側だな。
「冒険者の成れの果てだ。蓄えもなく、体力も落ちてくるとそうなるであろう。途中で自分の力に見切りを付けられないとそうなる」
まじかよ、売れなかったミュージシャンみたいだな。いや、野菜泥棒にまで堕ちる奴はいないか。とりあえず、ポールさんの今後の人生に少しばかりでも幸あれ。
そうこうしている内に俺達は神殿に到着した。




