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街を散歩

 街は活気がある。イメージしていた中世ヨーロッパよりも壁などが薄汚いが、町並みはきれいだ。石畳も街道のものより平坦で歩きやすい。

 大通りは馬車で危ないので注意するようにダンに言われた。馬車が多いのに道に排泄物がないのは、壁の外で見たような清掃業者が活躍しているお陰なのだろう。水路が多く、そこに排泄物を流し入れ、ブラシで汚れを落としている制服の人を何人か見た。


 俺とカレンちゃんはキョロキョロしながら歩く。俺たち二人にとっては色んなものが物珍しいからな。


「どこに行くんだ?」


「ただの散歩よ。お店の多いとこに行ってみようか?」


「お店、お店、嬉しいな」


 カレンちゃんが素直に喜ぶ。村には少なかっただろうから楽しみだよな。ちなみに俺も楽しみだ。


「場所、分かるの?」


「大丈夫だ。臭いで分かる」


 ダンはそう答えた。それ、もう食べ物屋限定だよな。俺が魔法を控えろと言ったから、そんな感じなのか。宿屋でばんばん使っていた癖にな。


 ダンを先頭に街を歩いて気付いたのは、奴隷制はあるが、あからさまに奴隷と分かる奴隷は見当たらないことだ。奴隷がどんな仕事に付くのかは知らないが、街中では仕事がないのだろうか。


 人種は雑多だった。ティナやダンのような金髪碧眼もいれば、俺のようなアジア系の黄色人種や黒人もいる。見た感じでは人間の間で待遇の差別は無さそうだった。店の主人の人種と、売っている品物の種類や繁盛具合に関連が無かったのが証拠だ。


 カレンちゃんは次々と店を見て回る。特に食品関係の屋台に興味があるようだ。


「ティナ姉ちゃん、これ、美味しそう」


「蜂蜜漬かな。買ってみましょうか」


 ティナと一緒にお菓子を買ったりしている。匂いは良いが見た目がよろしくないな。着色剤とかは発達してないのかな。


 串に刺した芋虫なんかもあった。この辺りは虫食も普通なのだろうか。俺がじっと見ていたらアンドーさんが一本買ってくれた。本当に、本当に大きなお世話だ。


 俺は強引に渡されたその串をカレンちゃんに上げようとした。凄く嫌な顔をされた。


「私が蜂だからなの?スズメバチだから、虫を食べる練習しろってことなの?!」


 カレンちゃん、激おこ。ごめん。


「ナベはそんなつもりないよ。頭が緩いだけだから許してあげて」


 緩くはない。現地人は食べるものだと思っただけだ。

 訊くと虫を食うことは滅多にないらしい。それは本当に悪かった。アンドーさんに差し上げれば良かった。購入責任を負わせるべきだったね。


 虫は主に旅人用らしい。旅の途中で取れる上に栄養満点で、それで味も気に入った奴が街でも買うとのこと。ティナが教えてくれた。しかし、それは俺には全く関係の無い話だ。餓死寸前でも口に入れるかどうか悩むぞ。


 が、仕方ない。何事も経験である。俺は意を決して、それを食べた。見た目通り、生だった。しかし、意外にクリーミー。いけるかも。蜜柑の香りが微かにするのは、この芋虫の主食が柑橘系の葉っぱだからだろうか。

 頭の部分は固いので吐き出して水路に流した。俺の行儀が悪いんじゃない。皆がそうしているから見習っただけである。



「ダン、ありがとう」


 カレンちゃんは両手に魚の串を買ってもらっていた。村でたまに食べていたらしい。鱒だな。俺の虫串には絶対許否だったのにカレンちゃんは満面の笑みだな。

 うまそうだったので、俺もダンに買ってもらった。塩が強く効き過ぎている感はあるが、虫よりはるかに美味しい。


 乾杯のつもりでカレンちゃんの魚串とぶつけてみたら、変な顔をされた。でも、笑ってくれた。気持ちは通じたようだ。

 食べ終えたら、カレンちゃんは串でダンとフェンシングみたいにして遊んでいた。短時間でとても仲良くなっている。カレンちゃんが仮に蜂頭となっても仲良くしてくれるんだろうか。ダンのことだから大丈夫だな。こいつは常識と優しさがある。


「カレンちゃん、元気になったな」


「そうね、良かったわ」


 ティナも満足そうに答える。



 髪飾りを売っている屋台があった。カレンちゃんは立ち止まって品物を見続けている。俺も珍しくて、一緒に眺めていた。

 布製のリボンか。宝石のような石が付けられているのは高そうだ。金属で出来た髪止めのようなものもあった。


「これ、かわいくない?」


「これもいい。布の作りが丹念」


「でも、高そうだよ」


 カレンちゃんは一番安そうな赤いリボンが欲しそうだった。

 アンドーさんが同じく赤色で艶のある方を勧めていたが、結局最初にカレンちゃんが手にしたヤツを買った。もちろん支払いはアンドーさんだ。自分用のがま口から銀貨を出していた。なんで、日本風のがま口なのかは知らない。ジャージと同じで拘りなんだろう。

 カレンちゃんがティナと一緒に進んだ後にアンドーさんが宝石付きの髪止めを買っていた。俺がカレンちゃんにプレゼントするのか訊いたら、カレンには言うなと怒られた。


 街角にパン屋があった。そこは屋台でなく、ちゃんとしたパン工房である。

 匂いに釣られたっぽいカレンちゃんがもの惜しげに見ているものだから、ティナが買ってくれた。俺の分もあった。


「ありがとう、ティナ姉ちゃん」


「このパン、ティナは要らないのか?」


「お腹は空いてないわよ」


 俺も空いてないんだが、どんな味か興味はある。有り難く頂戴した。


 パサパサだ。何か固い部分も混ざっている。どうも殻が混じっているようだ。

 カレンちゃんは美味しく頂いてる様子だったので、俺も美味しく頂いてる風にした。朝食べたアンドーさんのパンが恋しくなった。後でアンドーさんに夕飯に出してもらうようにしよう。



 一時間くらい散策をした。カレンちゃんはあっちこっちの店をうろちょろしていた。


「カレン、楽しい」


 カレンちゃんは言う。ティナに付けてもらった小さい赤いリボンも揺れて可愛い。


「それは良かったね。でも、そろそろ疲れるから宿に帰ろうか」


 ティナが目線をカレンちゃんに合わせるようにしゃがみながら言う。


「うん。カレン、こんなにご飯食べたの初めて」


 そら、無尽蔵にお金が出てくるシステムがあるから、食べ放題、買い放題にもなる。カレンちゃんの今後を考えたら自重すべきだな。あとで、ダン達に伝えよう。


 カレンちゃん、浮かれすぎてその場でクルクル回っていたら、人にぶつかってしまった。


「ごめんなさい」


 慌てて謝るカレンちゃん。


「いいえ、こちらこそ、すみません。前が見えていませんでした」


 相手は黒い服の若い女性だった。長い黒髪の上にツバのない小さな白い帽子を載せている。顔付きは日本人と同じだ。肌は日本人の中では色白という感じか。目がくっきりした、高校生くらいの美人だ。


 蓋付きの大きな籠を両手で抱えていたので、低いところが見えなかったのだろう。


「怪我はないかな?そこの神殿で休憩してもいいよ」


 籠を置いてから優しくカレンちゃんに言う。それから、こっちに向き直って、


「私、その神殿で巫女をしております。お茶くらいは出せますが如何でしょうか」


 そう提案してくれたが、ダンが丁寧に宿に戻る旨を伝えて断った。

 シスターみたいな格好だけど巫女なのか。まぁ、現地語を日本語に訳す際のニュアンス違いか。尼さんとかに訳されず良かった。

 黒基調のゆったりとした服が彼女の優しそうな雰囲気によく似合っている。


「あなたのお名前は?」


「カレンです」


「そう、カレンちゃん、何か困ったことがあれば来てね。神様にお願いしましょう」


「明日、ティナと行くよ。お祈りするの」


 巫女さんはカレンちゃんの頭を撫でてから、ティナに会釈する。


「どうもすまんな。急いでいるところ、時間を取らせた」


 ダンが詫びを入れる。

 カレンちゃんとティナは既に歩み始めていた。

 巫女さんはカレンちゃんに聞こえない距離となったところでダンに言う。


「あの娘から不吉な予感が致します。何か御座いましたら、お迷いなく私どもを訪ねて頂ければと存じます」


「うむ。よく分からんが、その際はそうするぞ」


 ダンの言葉に巫女さんは笑みで返し、別れの挨拶をして去っていった。


 すっごい気になる事を残して去ったな、あの娘。カレンちゃんの獣化というかスズメバチ化を神様のお告げみたいに感じ取ったのか。その巫女さんも見えなくなったから詳しく訊くことが出来なかった。


 俺達は宿屋に戻り、アンドーさんの出したクリームシチューを食した。もちろん、俺のリクエストのパンもある。シチューに付けると、手が止まらない。俺もカレンちゃんもお腹が膨れるまで食べた。


 食べ終えたところで、俺はふと思い、


「カレンちゃんがダメ人間に育ってしまうから、余りお金や食べ物を出しすぎるな」


とアンドーさんに言ってみた。カレンちゃんが大人になっても生活できなくなりそうだからな。


「自分が満腹になってから言うとは、なかなかの性根」


とアンドーさんに呆れられた。


 まぁ、その通りだ。俺はもうダメ人間さ。でも、カレンちゃんにはしっかりした人物に育って欲しいという親心じゃないか。



「そうそう、カレンちゃん、これをどうぞ」


 ティナがちょっとおしゃれな容器をカレンちゃんに渡す。


「ナイトクリームよ。これを毎晩塗ってね。そうしたら、とっても顔の肌がきれいになるから」


「ありがとう」


 ティナは小さい肩掛けのポシェットに入れて、それをカレンちゃんに渡した。


 そのやり取りの後、俺はアンドーさんが再び出したシャワーを浴びて、ダンと部屋を移った。タオルは用意してくれたのに着替えはなかった。さっき小言を言った意趣返しか、アンドー。


 ベッドはふたつ、もちろん、俺とダンは別々に寝るぞ。

 外はまだ明るいが、カーテンを閉めて暗くする。疲れているから早めに寝たいのだ。少し固めの寝床に入ったところで、俺はダンに訊く。


「あのクリーム、カレンちゃんの獣化を止める薬だろ?」


「そうだな」


「それって、手続きってのをする前に渡して良いのか?」


「あれくらいなら、かなりの技量と知識が必要だろうが、人間の薬師でも配合できるだろうからな」


「そういうものなのか?」


「そうだ」


 目を閉じたらいつの間にか眠っていた。が、ダンのイビキで起こされた。

 うるさい。蹴っても起きないのが余計にたちが悪かった。イビキをかかなくなる魔法でも唱えて寝ろよ。


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