少女の秘密
アンドーさんが出した昼食は、オムライスだった。ケチャップでそれぞれに文字を書いている。
『むねでか』『ひんにゅう』『じゃーじ』『へこき』『かれん』の順で円に並んでいた。
なんだよ、これ一択しかないじゃん。
俺が迷いなく『じゃーじ』の前に座ったらアンドーさんに『へこき』の皿に無言で取り替えられた。なので、俺はアンドーさんの前に行ってしまった『じゃーじ』を『ひんにゅう』と交換した。
屈辱でワナワナするアンドーさんを爆笑してやった。
しかし、気付いたらアンドーさんの目がとても怖かったので、すぐに元に戻した。殺されかねなかったな、危ない。
その向こうでダンとティナが『むねでか』を取り合って椅子の奪い合いをしていた。しかし、カレンちゃんがティナを横に指定したため、『ひんにゅう』はダンのものとなった。凄く残念そうだな。
もちろん『かれん』はカレンちゃんの前にある。
筋肉自慢としては貧乳は嫌だったのか。そのご立派な大胸筋を自負していたのか。じゃあ、出会った時の貧乳Tシャツは何だったんだ。ダンが好んで来ていた訳ではなく、何かの罰ゲームか。トンでもない辱しめだな。アンドーさんならやりかねないか。
しかし、そもそも、女の子、『平仮名』読めないだろ。絵にしておけよ。
オムライスは絶品でした。
アンドーさん、いや、アンドーさんの下僕さんはいい仕事をする。
食べ終えてティナが言う。
「ところで、カレンちゃん」
「はい」
カレンちゃんはだいぶ俺たちに馴染んできていた。既に顔を上げている。子供らしい丸みを帯びている顔が愛らしい。
茶色い髪の毛はティナによって整えられ、セミロングに揃えられている。痛み放題だった髪に艶が出ているのはティナの魔法の力だろう。
「あなたの秘密を皆に言いなさい」
カレンちゃんは少し固くなったが、コクンと首を振る。それは俺と同じく肯定の意味での動作なのか分からない。
なので、俺はカレンちゃんを注視する。
「私は獣人です」
「よく言えたな、カレン。偉いぞ」
何が偉いんだ? 俺は不思議だった。
獣人は知っている。よくゲームで出てくる、猫耳とか犬耳とか兎耳の可愛い系、又はセクシー系キャラでしょ。尻尾もあったか。
「私は蜂の獣人です」
獣じゃないじゃん。虫もそのカテゴリーに入れていいのか。聞いた瞬間、まず俺はそう思った。
カレンちゃんは言い終えて、大声で泣き出した。腕を使って目をゴシゴシしている。涙が止まらないのか。泣きたい時は泣くがよい、カレンちゃん。何を悲しんでいるのか、一切理解できていない俺には戸惑いの方が大きいがな。
「ここはティナとアンジェに任すぞ」
えっ、このタイミングで?
再度ダンに促されて、俺はダンと別部屋に移動する。カレンのいる部屋に声が漏れないようにと、ダンが結界魔法を使う。
「なんで、カレンは泣いてるんだ?」
「獣人は人間よりも成長が早い。10歳までに成体になる。カレンもそろそろなのだろう」
「で?」
「犬や鹿、鳥などの獣人の場合、体の成長はおおよそ人間の倍だ」
つまり、8歳で人の16歳になるということか。なかなか凄いな。
「ところが、完全変態や半変態の虫系の場合、幼体の段階は人間と同じ速度で成長するものの、10年で羽化して成体になる。カレンは蜂であるから、その前段階の蛹になる時が近づいていると知っているのであろう」
うむ、体が急に大きくなることに不安があるのか。
「獣人と言っても、何の動物を基にするのか、どこの部分が動物なのか、様々な種類が存在する」
「それは親からの遺伝だろ?」
「それもある。中には隔世遺伝もある。補足すると、後天的になるケースもある」
後天もあるのか。だとすると、病原菌みたいなのが存在するのか?
「カレンは隔世遺伝だ。後天で獣人になるケースは、神かそれに類する者の仕業だ」
ふむ、ではカレンの親は人間の外観か。それは確かに自分だけ成長するのに抵抗があるかもしれんな。
「さて、今の説明でカレンが悲しむ理由は分かったか?」
えっ、ここで出題かよ。びっくりするわ。
えっと、なんだっけ、成長が早い、羽化する、親と違う、……どこの部分が獣化するか分からない。そっか、これか。
「自分の体のどこかが蜂になる……か?」
「そうだ。あの歳の女にとって、目が複眼になるだけでも恐ろしいだろう」
いや、女とか歳とか関係ないだろ。俺も自分の目がブツブツになったら恐怖だわ。鏡を見るたびに悲鳴を上げる自信がある。手足が蜂とかも勘弁だ。あっ、いや、お腹が縞々なら、関西の野球ファンなら喜ぶだろう、きっと。
猛虎万歳。ん、蜂の縞々はボーダーだから野球チーム関係ないな。すまん、猛虎。
「この辺りはほぼ全ての人間が獣人化する遺伝子を持っている。しかし、100人に一人程度しか発現していない。つまり、人間タイプでないと普通ではないということだ」
「人間でなければ差別されるわけだな? 悪ければ駆除か」
「そうだ。頭部が虫のように獣化する場合、怪物としていずれ討伐されるであろう。通常者にとっては不気味である上に、本人も人間としての発声器が無くなり声が出せず、交渉の余地が少ない」
「それは犬であってもか?」
「犬の発声器では限界があろう。喉と舌が人間であるならまだ可能性はあるが。そもそも、その場合は産まれた時点で頭が犬だ。大半の親は育てないだろう」
まぁ、そうか。仔犬を育てる訳ではないからな。
「頭部が人間タイプであっても問題がある。それは分かるか?」
ん? 第二問だな。
「体が獣なら生活できない?」
「それは似たような事だな。見た目としては言葉が話せる獣でしかない。頭部だけのケースと同じく産まれた時点で違いが分かるために処分されるだろう」
「分からないな。なんだ?」
「育てられた獣人は成体になるまでの期間が短い。これは労働力の供給には有効である。そして、人間の成体と比べて教育や経験を積めていないため、単純労働者となりやすい」
「奴隷か?」
「そうなる者が多い。親が貧しい場合は特にな。その目的で育てられる者もいるであろう。望んで獣人を産むものは少ないとは思うが」
「カレンも同じ理由で奴隷にされたのか」
「あれは虫系だ。獣であれば、獣化している箇所が分かりにくくとも生後半年くらいの成長度合で判別できるが、虫は親も気付けない。最近の蛹化の兆候で分かったんだろう。ティナが顔の傷と言っていたが、あれは皮膚の一部が蛹化していた」
「獣人と分かって、親に捨てられたのか?もう少し育てて労働力とした方が得だろ」
「カレンは避けられたが、親も同じく処分される可能性が出てくる。怪物の産みの親となるのだからな。人間は虫系への迫害が特にひどい」
俺は絶句した。
凄まじい世界だな。神を名乗る者が淡々と説明するのにも怒りを覚える。
しかし、ダン、お前も部屋に入るなり除虫するって、虫が嫌いじゃない? 今は、そこには触れてやらないけどな。
「獣人が不幸になるのは神様の怠慢だな。修正しろよ」
「獣人をなくしても一緒だ。それに獣人が崇められることもある。お前のいた世界はどうか。お前がいた場所の、その時代が落ち着いていただけで、400年後には奴隷制度が復活しているかもしれない。お前が感じる理不尽な事が、その時代では合理的な事となっているかもしれない」
ダンが言う事は分かる。俺のいた世界でも奴隷のような制度、身分が残っている国もある。分かるが、ここまで簡単に殺されることはないだろう。
「カレンはどんな獣人になる? お前なら分かるんだろ」
「見たところ、頭部が完全な蜂になる。蛹化は好適な場所が見つかればすぐだな」
最悪だな。カレンちゃん、命を絶つよ。
「もちろん、どうにかするんだろうな?」
「既に関わったからな。何とかする。少々、手続きが面倒でな。明日から動く」
「手続き?」
「儀式みたいなものだ」
「間に合うのか?」
「心配するな。頭部が蜂となっても、カレンに関わる人間全ての記憶と認識を操作する」
便利だな、記憶操作。もうそれだけで万事解決だ。
しかし、お前が神として後天的にカレンちゃんを『人間へ獣人化』すればいいじゃん。いや、それをしようとしているのか。
「しかし、まぁ、カレンちゃんの変態部位を変更することが一番と考えている」
真面目な話の最中に申し訳ないが、カレンが変態みたいに聞こえたぞ。
そうか、記憶操作しても食事の時が大変だな。水を飲む度にコップを口で砕く、変わった人間になってしまう。見ようによってはなかなかコミカルだが、それさえも記憶操作できるということなのか。でも、そうしないに越したことはない。
「分かった。頼んだぞ」
ダンは言葉の代わりに笑顔で応えた。




