少女の名前
女の子はズボン姿になっていた。俺が着ている茶色主体の村人風ではなくて、白基調のちょっとおしゃれな感じなのはずるいと思った。しかも、ティナは何着も着替えを買っていた。俺はこの一着しかないというのに。
まぁ、女の子はおしゃれが好きだからな。これで少しは元気になって欲しい。
しかし、彼女は下を向いたままだ。
「なかなか似合っているぞ。ティナの妹のようだ。何かあったら俺を頼るが良い」
ダンが声を掛ける。でも、金髪ボインのティナと茶色っぽい髪で歳的に平野な胸のその子じゃ、似ているように見えないぞ。
「いい感じ」
アンドーさんも誉める。こいつ、前から思っていたが、空気読むの上手いな。
「かわいいな。大人になるのが楽しみだな」
俺も空気を読む。誉めて顔を上げさせるのだ。
女の子は更に下を向く。ははん、恥ずかしいのか、ういヤツめ。
だが、ティナが俺を睨む。なんだ?
ダンが俺に珍しく小声になって指摘する。
「奴隷だと思ってるヤツにその様な事を言うな。完全に悪い方に誤解している」
ん? 何を言ってるんだ、ダン。俺は自分の発言を振り返る。
……まさか! エッチィ方向に勘違いされたのか。俺は慌てて言い直す。
「今のままでも良いぞ。うん、かわいい」
「最低だな、ナベ。ロリ趣味は表に出すな」
アンドーさん、本当に空気読むの上手。
そういう流れか。見てみろよ、女の子、完全に床を見つめてるぞ。床に穴を穿つ勢いだぞ。
「ナベは冗談が黒いよ。大丈夫、カレンちゃん。私たちはあなたの味方よ」
「いや、冗談を言ったわけではないぞ、ティナ。いやいや、これだと更にダメか。単純に誉めただけだからな。勘弁な」
俺の必死の弁解にダンが豪快に笑ってくれた。助かった。これで、女の子も分かってくれるだろう。
「カレンと言うのか。良い名だ。我が故郷で星を意味するぞ」
ダンが少女に優しく言った。それにティナが続ける。
「私の所ではお花だったよ、カレンちゃん」
「俺のところではかわいいって意味だったよ」
「ナベは、それしか言ってないね」
すまん。しかし、これは仕方ないだろ。
女の子はティナに促されて椅子に座る。女の子は相変わらず下を向いている。
「ところで、ティナ、名前はどうして分かったんだ? 風呂場からはそう言ったやり取りは聞こえなかったぞ」
しまった。これでは、ティナの裸が気になって風呂場に集中していたのがバレちゃうかも。
「うーん、足首に記してあったんだ」
良かった。気にしてない。
しかし、えっ、本当に体に名前を刻み入れるの!? 俺にもティナがしようとしていたけど、この世界では普通な事なのか!
俺は女の子の足を見る。俺が傷だと思ったヤツだ。これ、文字だったのか。
「ナベよ、人拐い対策で書くことがあるのだ。名前でなく刺青によるマークのことが多いが」
マジで?
本当の悪人だったら、その印が読めなくなるようにその部分を傷つけるぞ。それどころか、マークの場所もどこだったか分からなくする目的で関係ない部位にも傷を付けたり、別の名前を体中に彫ったりするぞ。より一層ひどいことになるんじゃないか。
そこまで行なう外道はいないってことなのか。
あとは魔法の不思議パワーか、別の目的があるかだな。その印に意味があるとしたら。
「さあ、食事にしましょう。アンジェ、子供の好物的なものでお願い」
「了解。あと、ナベ。今からトイレ行くな」
なんで、唐突に俺指定なんだよ。カレンちゃんの前で何を言ってるんだ。
あっ、カレンちゃんが少し笑った気がした。
そうか、俺がピエロになればいいんだな。よし、任せろ、アンドーさん!
「よく分かったな。すまないが、今から行ってくる」
「マジか」
アンドーさん、驚愕の表情だな。
しかし、これは、お前の振りだろ。
俺はユニットバスに入る。そして、トイレに座る。
まぁ、本当にしたい訳ではないが、外に出たところで『よく出たわぁ』とか言えばいいんだろ。小学生はそういうので笑うんだろうからな。
ブフォッ!
突然、便器から音がした。こういう事か、アンドーさん! 事前に教えてくれよ。全身でビクッとなったじゃん。
「ガハハハハハハハ」
ダンの大笑いが聞こえる。続いてティナの笑い声も。ちょっとティナさん、笑いすぎでしょ。
あっ、女の子も笑ってくれてる。良かった。これで俺も報われたよ。
俺はすっきりした顔で外に出る。
女の子に見えないようにアンドーさんに親指を立ててグッジョブサインを出す。
アンドーさん、少し顔がひきつってる。俺の方に来て小声で言う。
「マジでするのかと思ったぞ! 底の穴からお前の排泄物が『こんにちは』したらどうするつもりだったんだよ!」
すげー、小声なのに怒気がある。
「私の機転に感謝しろ」
「ありがとな、アンドーさん」
俺はカレンちゃんが笑ったことに大満足だ。アンドーさんの小言など恐れるに足りぬわ。あと、トイレの話は前振りじゃなかったのかよ。




