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宿屋

 ダンが先に帰ってきた。宿屋は無事に取れたらしい。手に果物らしきものを持っていた。小さくて赤いそれはヒメリンゴかな?


「食べるが良い」


 ダンは女の子に言う。少し顔を上げた女の子は恐る恐る手を伸ばして、リンゴを受け取る。食べる時まで下を向くのか。

 一気に食べた。受け取りまではスローだったのに、食べるのは早送りかと思った。種も芯もお腹の中に入ったみたいだ。


「もう一個あるが、食べるか?」


 ダンが女の子に訊く。女の子は無言だ。


「食べろ」


 ダンが命令すると、今度は一個目と違って素早く取って、相変わらずの速さで食べ尽くす。この子、大丈夫かな。この街に着くまでに相当酷い目に遭ってるんじゃないか。


 ダンが女の子に言う。少しだけ、ほんの少しだけさっきより柔らかい口調だと思う。


「お前は奴隷ではない。買った時に言ったはずだ」


 女の子は反応しない。これは困った。


「アンドーさん、こういう時って、どうしたらいいの?」


「ティナに任せる」


「ティナに?」


「そう。人の扱いが上手い」


「じゃあ、アンドーさんが服買いに行けば良かったのでは? 小間使い役でしょ?」


「パシリは嫌、私は大魔王」


 あっ、ここでその設定を使うのか。アンドーさんがニヤリとして続ける。


「魔界製と言ってジャージを与えてしまうかもしれない」


 おい、わざとだろ! それを俺に支給しろ!! この村人服、固くて動きにくいんだよ。魔界に堕としてくれ。



 ティナが戻ってくる。


「あれ? ダン、早かったじゃない。急いでくれたのね、ありがと。じゃ、みんな、宿に行くよ」


 ティナは途中で買ったのであろう大きい鞄を背負っている。あの中に買い物の成果が満載なのであろう。頼むぞ、ティナ。あの子の頑なな心を開いてくれ。ずっと無言で下向きな女の子と旅するのは辛いぞ。


 ダンの先導で宿屋に着く。石造りの三階建てだ。大小の二部屋を押さえて、広い方の部屋に集まった。


「とりあえず、湯浴みに行くよ」


 ティナが女の子の手を引っ張って外に行く。



「さて、ナベに尋ねたいことがある」


 二人の気配がなくなったところて、ダンが俺に言う。なんだ、女の子をどうする気なのかとかか?


「ここのルールを守ると言ったが、少々破ってもいいだろうか?」


 ん、そっちか。魔法を使いたいんだな。義理堅い。気にせず破ればいいのに。こっちには止める手段はない。


「魔法は使いたい時に使えば良いと思うが、何かあるのか」


「こういった宿屋には、蚤とかダニが必ずいる。魔法で駆除して良いか?」


「やってくれ。今すぐやってくれ」


 それは仕方ない。というか、是非お願いしたい。女の子にとっても快適な方がいいだろう。

 ダンの指が光り、部屋中に広がる。


「助かった、ナベ。虫に噛まれると堪らないからな」


「なぁ、そこまでルールに拘らなくともいいんじゃないか。快適に暮らすためなら、少しくらいは魔法を使ってはどうかな?」


「ダメだ。温度や湿度を調節して快適にしたいとか、重力を調整して快眠したいとか、飯を食うなら美味しいものをとか、隣のイビキを止めたいとか、欲が出てしまう」


 ダンよ、お前はそんな軟弱な奴だったのか。神様だろ、信者がいるなら泣くぞ。


「それでいいじゃないか」


 そして、俺も軟弱者だ。


「そうか?」


「いいと思う」


 アンドーさんも軟弱だな。

 ということで、俺たちはエアコン風の魔法で快適な部屋を作り上げた。魔法名もエアコンディショニングとそのままだ。エアコンと略そう。


「アンドーさんが言うには魔法を使っているか監視されてるらしいが、どうしたんだ?」


 俺は涼んだところで、疑問を口に出す。

 アンドーさんが出したサンドイッチと葡萄を食べながらだ。


「まあ、人間の監視など、どうとでも出来る」


 超いい笑顔でそんな答えを言ってきた。神様には簡単なことなんでしょう。そういう風に思っておくよ。


「俺も魔法使えたりする?」


「ナベには魔法の才能を感じない。感じなさすぎて、逆に才能なのではと思うくらいだ」


 なんと、俺にはそこまで才能がないのか。治癒魔法で庶民を助けたり、ドラゴンをファイヤーボールで丸焦げにしたりとか出来ないのか。かなりショックだ。


「大概の魔法は精霊の仕業」


 アンドーさんが言う。精霊? どこにいるんだよ。神様とは別のものなのか。


「精霊に意志を伝えられれば誰でも可能」


「どうやって伝えるんだ?」


 俺の問いにダンが答える。


「こっちの者は進化の過程で生物的に身に付けている。ナベには無理だ」


 「そっか。……残念だ。でも、この指輪の魔法は? 俺、こっちの言葉が分かるようになってるぞ」


「それはティナの魔法」


「その指輪は例外だろうな。人間が作ったもの程度ではナベには効果ないぞ」


 そうですか。手から炎を出すとか、雷を敵陣に落とすとかは俺には出来ないのか。


 魔法が使えないという残念な情報を聞きつつ俺は、葡萄を一粒口に入れる。ちょっと失望感が強くて、何かで気を紛らわしたかったのだ。


 そんなつもりで食べた葡萄だったが、これ、ティナの林檎に劣らず美味しい。種無しで皮ごと食べられるのも素晴らしい。

 この部屋、ゴミ箱らしいものが見当たらないからどうしようかと思っていたよ。


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