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奴隷の女の子

 俺の拒絶の言葉に商人は笑みをしたまま競りに戻っていった。商人の後ろにいた二人の巨体の男も、商人の動きに合わせて元の場所に戻る。


「『日本語』でしゃべってたのに、あなたの希望と気付かれたね。さすがは人を扱う職業だね」


 ティナは妙に感心していた。


「ナベは日焼けしていない。手が柔らかそう。ティナと対等に話している。鞄を持たせている。あと、靴底が特上」


 アンドーさんが続ける。

 靴底は見えてないだろ、たぶん。何げなく自分の功績をアピールしたな。確かに歩きやすいことは認めよう。


「それらは従者っぽい服装と合わない」


「あぁ、お忍び旅行中のボンボンに思われたのね。手形がなかったのも親に黙ってきたんだろうと思われたわけね」


「そう。門の兵士も同じ推測」


 アンドーさん、心なしか、少し楽しそうにしゃべっている。兵隊さんはそんな感じじゃなくて、もっと怪しげな者じゃないかと見てたんだと思うけどな。

 しかし、そうか、俺はボンボンに見えるかもしれないのか。いいのか悪いのか分からないが覚えておこう。



 ダンが買った女の子を連れてきた。


「その手枷はどうやって外すの?」


 ティナがダンに訊く。


「あぁ、他の奴隷達の見えないところで外そうと思う。見た奴が自分の将来に希望を持つのも酷であろう」


 そんな配慮が普通に出てくるのが怖いわ。慣れたくない感覚だな。


 女の子はずっと下を見ている。髪はボサボサとまでは行かないが伸びるに任せているな。毛先とか揃っていない。服は土色の一枚布を袋状に縫って首と手を出す所に穴を開けただけの物みたいだ。それをスポッと被っている感じだ。丈は膝が隠れるくらいだな。腰の所を紐で結んで、一応、体に固定はできるようにはなっている。所々、土が付いたり、ほつれたりして汚い。


 可哀想に裸足なんだな。痛すぎるじゃん。足首まで傷が付いてるよ。


 うわっ、この服、脇の穴が大きすぎて、胸の先まで見えちゃいそうだよ。幼いといえど、眺めてよい物ではないだろう。元の世界だと、むしろ成人女性の先っちょを見るより厳罰だしな。俺は少女の後ろ側に少し移動した。

 ひっ、背中に何かちっちゃい虫がたくさん蠢いてるよ。何で服に虫が付いてるんだよ。平気なのか、気付いてないのか。


 ティナが屈んで、その子の顔を下から覗く。


「大変だったね」


 ティナの言葉掛けに、女の子は無反応だ。


 俺たちはそのまま広場を抜けた所で、女の子の枷を奴隷商から受け取っていた鍵で外した。

 女の子、裸足だな。アンドーさん、靴とか服とか出してあげないのかな。


「さて、俺は湯浴みが出来そうな宿屋を探してくる。ティナとアンジェは、それの衣服を頼む」


「分かったわ。ナベと二人にするのは不安だから、私だけで行ってくる。お金は、これでいいのかな」


 不安ってどういう意味だ。性的な意味だと誤解もいいとこだぞ。

 ダンのベルトに結び付けていた革袋を一つ、ティナが外した。そして、二人とも歩いてどこかに行く。


 残されたのは、女の子とアンドーさんと俺だ。なのに、アンドーさんは壁際にいる女の子とは反対側の雑踏を見詰めている。アンドーさんは興味が無いのだろうか。それとも、俺がこの子を買ったことが不満だったのだろうか。


「アンドーさん、この子に服は出してあげないの?」


「ティナが買ってくる」


「いや、アンドーさんが出した方が早いじゃん」


「街で魔法は禁止」


「そんなのアンドーさんなら、何とでもできるだろ?」


「無論。しかし、ダンもティナも魔法を使っていない。私だけが使っては面子が立たない」


「俺がルールを守れって言ったからか?」


「二人はな。私は私のルールだ。他の者がするなら私もしたい」


 なんだ、それ。意地を張るみたいな感じか。魔法で出したお金は普通に使ってるぞ、二人とも。それはいいのか。

 しかし、アンドーさんが魔法を使わないと言っているんだから、女の子には悪いが、少し待ってもらおう。


 女の子は依然下を向いて立ったままだ。


「疲れるから座ったらどう?」


 俺は女の子に言ってみる。反応なし。


「アンドーさん、この子に俺の言葉、通じてるかな? それとも、耳が悪いとかありそう?」


 アンドーさんが振り返って女の子を見る。


「言語は問題ない。ティナの指輪は良いヤツだ。こいつの耳や神経系も問題ない」


 それ、絶対、魔法を使って健康診断みたいなのしてるじゃん。だが、俺は指摘しない。

 アンドーさん、サンキュー! 短い付き合いだけど、お前は簡単にマイルールを変更する奴だと信じてたよ。


 俺の心の言葉を察したのか、アンドーさんが慌てた風に口を開く。


「私は魔法を使っていないぞ、ナベ。下僕が勝手に教えてくれただけ」


「分かってるよ。ありがとな、アンドーさんの下僕さん」


「本当だからな。下僕が気を効かせてやることは魔法とは違うからな」


 アンドーさん、そこまで力説しなくとも。そんなにあの二人と張り合いたいのか。


 女の子は俺たちの会話の間も立ったままだった。俺はティナを待つことにして、アンドーさんと話す。


「なぁ、なんで魔法を都市で使うことを禁止にしてるんだ? 火を起こしたり、水を調達したりで便利だと思うけどな」


「気管に少しの水や火を出す。赤ん坊なら風を当て続ける。ちょっと上達した者なら、血流を止める。首筋を切る。その程度で人は死ねる。相手の魔力を大きく上回っていれば」


「つまり、皆の安全のために?」


「民衆を支配するため。支配者は自身に魔法行使の制限をしない」


 怖いわ。現実的過ぎる理由だな。


「魔法が使えるのに生活で利用しないのか?」


「使える人間は支配者側に入れる。それに、役に立つレベルで魔法を使える奴はそんなにいない」


「魔法が使えないと支配者側になれない?」


「家柄とか他の才能とか、他にあるだろ、バカ」


 アンドーさん、辛辣。でも、話しかけたらいっぱい話してくれるんだ。嬉しいよ、俺。無言で通されたらどうしようかと思ってた。

 アンドーさんが付け足しで言う。


「ここまで管理しているケースは珍しい」


「そうなの?」


「そう。無駄が増える。あれを見ろ」


 アンドーさんは街の遠くに見える尖塔がいっぱいあるところを指す。城だな。その周りを白い壁が囲んでいる。さっき通った門の壁よりも高い。


「あそこから街中を監視している奴が何人かいる。かなりの力量だ。魔法行使の管理に用いるには勿体無い」


「治安を守るのも大切だろ?」


 俺の言葉にアンドーさんは答える。


「人に危害を与えるような魔法を使える奴は少ない。街全体を監視させなくても対象を絞ればいい。何なら、支配側でない魔法使いを全て殺せばいい」


「こわっ。さらっと言うなよ」


 奴隷の女の子も更に縮こまるだろ。さっきからぼーと立ってるだけだから聞こえてないと信じてるけど。


「アンドーさんでも、ここまで管理するのは無理?」


 俺の言葉にアンドーさんは鼻で笑う。


「私なら周辺に一万年くらい継続するように、アンチマジックを放つ。その方が簡単に支配できる」


「この街全体だけだなく周辺にも? 凄そうだけど、凄さが分からない」


「半径一光年くらいを考えれば良い」


 うん、全く凄さが分からない。


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