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街に入る

 列に並び続けて小一時間、ようやく俺たちは守衛が二人左右に立つ門の前に来た。有名テーマパークのアトラクション前の行列で小道具とか周りを見ながら待つように、周りが見慣れないものばかりだったから観察で忙しくて退屈ではなかった。臭いも時間で慣れるもんだな、もう平気だよ。

 門を潜ると城壁の下の空間が小部屋になっており、数人の守衛が机の向こうに座っている。ずいぶん分厚い城壁で、小部屋も車2台は軽く止めれそうな面積がある。街側の扉は閉まっており、こっちにも守衛が両側に斧を持って立っている。


「街の訪問目的は?」


 机に座った兵士が無感情に尋ねる。


「宿泊だ」


 ダンが短く答える。


「前の街で手形を買わなかったのか?」


 兵士の目が少し鋭くなった。


「忘れていた」


 応対している兵士以外の者もじろりと俺たちを見る。


「そっちの女は変わった格好だな?」


 ジャージ姿のアンドーさんに注目が行く。そりゃそうだ。明らかに一人だけテイスト違うもんな。不審人物って一目で判断されるわ。


「うるさい。さっさっとしろ」


 ひー、アンドーさんは退かないよ。何だよ、そのジャージ愛は。

 アンドーさんに睨まれて、受付の兵は目を反らして手続きを再開する。アンドーさん、怖いもんな。分かるわ。それにティナが貴族風の格好だから面倒ごとに巻き込まれるかもと思ったかもしれない。


「入壁料は一人当り10である」


 あれ、お金の単位ないのか。

 ダンは黙って腰の皮袋からコインを取り出す。金貨だ。


「これを40枚か? 数えてくれ」


 ダンの問いに兵士は机の上の紙を指しながら答える。


「そこに書いてある通りだ」


 俺は読めないな。ティナの顔を見たら、にっこり笑う。いや、俺に内容を説明しろよ。兵士は金貨を重ねながら数を確認する。


「この封を武具に貼れ。もしも、この都市内で封を切った場合、即座に我々に感知されることになる。その後、指名手配及び入牢と定められている。封が取れそうなら我々を訪ねろ。武具の数だけ必要だ。何枚いる? なお、中指よりも長い刃が剥き出しになっているものは、ここで提出するか、容器を今購入して入れろ。弓を持っているなら弦を外せ」


 変なシールを貰った。長々とした説明だったが、俺たちに必要なのはダンとティナの剣の分で2枚だ。


「分かっていると思うが魔法の類いは禁忌だ。魔法を使った場合、如何なる場合であっても投獄、若しくは死罪である。我々は常に魔力の流れを監視している。屋内であっても、誰もいない真夜中であっても、即座に連行する」


「壁の中は全域でダメなのかな?」


 ティナが質問する。ちょっと兵隊さん達が緊張した感じがする。ティナの服装が貴族そのものだからか。まぁ、貴族どころか神様だから、もっと貴いんだけどな。


「そうだ。一部地域で例外があるが、ほぼ全域だと思うが良い。それがお前達のためだ。一般市民も同様に禁止している」


 それでも自分の口調を変えないのは素晴らしい職業意識なんだろうか。


「うむ、分かった」


ダンが頷きながら返事をする。


「旅人が立ち入る事が出来る区域は限られている。特に城の区画近くは入るだけで厳罰だ。招待状がないなら入らないように気を付けろよ」


 そう言って、彼は手をあげる。街側の守衛が門を開け、俺たちはそちらに進む。兵隊の視線が凄い。なんだ、これ。

 俺たちが出ようとしたところで守衛が大声で外に言う。


「次は商品じゃない! 買うなよ」


 門を出ると、何人もの柄の悪そうな男たちが少し離れたところから巻くように出口を囲んでいた。ジロジロ見られるのが非常に怖い。ダンくらいの体格で上半身が裸の人間がいっぱいいるんだもの。

 あっ、裸だけではないな。高そうだが品の無い服装をした人間も何人か見えた。どうも裸の奴らは、この服を着た人間の護衛っぽいな。


「こいつら、何なの?」


 俺はティナに歩きながら訊く。


「奴隷商ね。さっきの紙に奴隷希望は申し出るようにと書いてあったから」


「わざわざ奴隷になりたがるのか?」


「野垂れ死ぬよりチャンスがあるでしょ。並んでいた列のほとんどの人が奴隷希望だと思うよ」


 おいおい、結構ハードな世界だな。


 男たちの集団を抜けたところで、後ろから競りの声が聞こえた。

 三人の汚い服を着た少年が、裸の大男に手錠を掛けられて連れていかれる。三人ともふらふらで、視線も地面にしか向いてない。歩みが遅いから鞭で叩かれてるし、気持ちの良いものではないな。


「こういうのを世直しするのか?」


「これは許容だな。奴隷解放をしたところで、人間どもは同じような事をやり口と時代を変えて繰り返すしな」


 ダンが続ける。

「彼ら個人には申し訳ないが、神が介入すべきことでない」


 シビアだった。彼らの行く末が今よりも幸せであることを祈ろう。祈っても、横にいる神様達は助けてくれないらしいが。


 また競りが始まる。気が重くなるので先に進もうと視線を移したはずが見えてしまった。薄汚い格好の女の子が一人で出てきた。まだ10歳くらいか。俺は歩みを止めてそちらを見る。

 競りは活発でなく、最初に値を出した者が落札者と決まったようだ。門の側にいた胴元にお金を渡すところが見えた。

 やすっ!ここの金銭事情は知らないが、色的には銀貨か?それを二、三枚ばかりだ。入壁に金貨10枚だから、金貨と銀貨の交換レートは分からないが、俺たちの入壁料の1/10未満なのは確実だ。


「奴隷が余り気味なのかな。あの子じゃ、与える仕事も限られるしね。取引が成り立っただけでも幸せかな」


「神様はもっと優しいと思っていたよ」


 俺の言葉にティナは少しだけ目を伏せた。が、元に戻す。


「優しかった時もあるよ」


「ティナは優しい」


 アンドーさんがしゃべった。


「ナベ、人間は無限に増殖するぞ。気を付けろ」


 なんだよ、その害虫みたいな言い方は。その人間である俺に言うな、せめて思うだけにしとけ。


「ティナ、俺はあの子を助けたい」


「そうねぇ」


 ティナは考えながらダンを見る。


「ナベが助けたいと言うなら、そうしよう」


 ダンはずかずかと一人で少女を買ったばかりの商人に近づき、金貨の袋から何枚か出した。どうやら、即決で商談を終えたようだ。手錠を両手に掛けたままの少女を連れて、ダンが戻ってくるのが見える。


 ふいに、俺の背後から別の奴隷商が突然話しかけてきた。


「ぼっちゃん、こんな感じの娘さんがお好みですか?すぐに用意致しましょうか」


 ぞくっとしたわ! こわっ! 口調がヤらしすぎる。なのに、目が笑ってない。扱い商品のためか商人の醸し出す異様な威圧感におされながら、慌てて俺は丁重にお断りした。


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