祝宴
順番にシャワーを浴びたあと、俺たちは食事をする。
今日は豪華に肉料理だ。分厚く切ってあるステーキは、柔らかく、かといって油が多すぎる訳でもない。一人ずつに配られた白くて上品な丸皿に、ドンと載っている。
ガーリック風味のソースがまた絶妙。サラダは見たことのない草だな。レタスみたいな葉の裏に透明な粒々が付いているのだがプチプチした食感が楽しい。
アンドーさん、カレンちゃんへのお祝いに豪勢な感じにしたな。
しかし、本当にこの肉は美味しいな。カレンちゃんなんか、何枚もおかわりしているぞ。
俺は今日は自制だ。なにせ、カレンちゃんのための料理だからな。
「アンジェ、止まんないよ、この料理も。こんな美味しいの食べた事ないよ!」
ガツガツとまではいかないけど勢いは確かに止まってないな。ナイフで小さくした肉をフォークで口に運びながらカレンちゃんがアンドーさんに言う。
「ドラゴン」
ん?聞き間違いか。
それとも、俺の考えが間違っているか。まさかな。
「ガハハハ、聖竜のステーキなど食べたものは少ないであろう」
おい!俺も全部食べたんだけど!!
マジかよ。これ、あのスードワットの肉かよ。あいつ知能もあって喋ってたんだぞ。人間じゃないけど、共食いみたいで気持ち悪すぎる。
カレンちゃんには伝えるなよ。
「……結局殺したの?…アンドーさん」
俺は恐る恐る訊いてみる。
「切断した時に拝借」
あの血の噴水の時か。とりあえず生きているんだな、スードワット。良かったよ。
「ドラゴンって美味しいんだね」
何も知らないカレンちゃんが無邪気に喜ぶ。
「なかなかいないから、そうそう食べられないわよ。ナベも美味しかった?」
「……まぁな」
あぁ、真実を聞かされるまではな。
俺は一応あいつの補佐に任命されているんだぞ。次に出会ったときにどうするんだよ。
見るたびにこの美味な料理を思い出してしまうんだぞ。間違いなく、俺は挙動不審になるわ。「お前の体、なかなか良かったぞ」って早々にブラックジョークとともに告白しておかないと、俺の精神がすり減り続けるな。
とりあえず、水とワインで口直ししておこう。
食事が終わった後、アンドーさんが指ぱっちんでテーブルの上をきれいにした。俺たちはまだ椅子に座って団欒を楽しむ。カレンちゃんと離れて一日も経っていなかったけど、俺もやっぱり安心してるんだな。何気ない会話が心地よい。
そろそろ、終わりかなというタイミングでダンがカレンちゃんを見る。
「カレンよ、頑張ったな。これは俺からの祝福だ」
ダンがキリリとした顔でテーブルの下から細長いプレゼント箱を出す。やたら長い。もっと渡しやすいものを出せよ。テーブルからはみ出てるだろ。
よく見たら丁寧にも赤いリボンまで付けてやがる。そうやって、嫁を次々にゲットしてきたんだな。
カレンちゃんが嬉し過ぎて、少し涙を浮かべながら開けてるよ。予想外だっからかな。それともダンに憧れというか恋心でも芽生えていたか。
まぁ、しかし、俺も何か上げたいな。といっても、何もないか。
開けられた箱の中には黒い剣が入っていた。
これ、あれだな。ダンがダンジョンで使っていたスードワット滅殺の、あの剣だ。とんでもないものを渡すなよ。そもそも神殿に渡したのはどうなってんだよ。
神殿で思い出した。俺、あの巫女さん、メリナとも顔を合わせずらいんだった。早くこの街を出ないとな。
「武器?」
カレンちゃんが鞘から黒い剣を抜いて確認する。
俺は黒いオーラみたいなものが出るのではと身構えたが大丈夫だった。トラウマになってるな。あの呪いはティナが取り除いてくれているんだったな。
「うん、でも、街では抜かないでね。それが街のルールだよ」
今更なアドハイスだな、ティナ。でも、大事なことか。
「分かった。ダン、ありがとう。大切にするよ」
でも、それ、カレンちゃんには大きすぎるぞ。腰に差したら剣先が地面に当たるだろ。カレンちゃんもそう思ったんだろうな、とりあえず壁際にあるローチェストの上に乗せた。
「カレンよ、一つ試してみろ」
何をだ。カレンちゃんと俺はダンを見る。
「その剣を求めるよう願ってみろ。手はそうだな。剣を握る形にすれば良い」
カレンちゃんが素直に手を前に構えて目を瞑る。足も前後にして重心を整える。木の棒で練習していたから、様になってるよ。
カレンちゃんが目を開けると同時に、剣が手に収まっていた。
おぉ、魔法なのか。でも、鞘ごとだな。
もう一度カレンちゃんはローチェストに剣を戻す。そして、剣を持たずにさっきの構えになった。
今度は鞘から抜かれた形で転送されて来た。
「うむ、やはり筋が良い。早速、鞘の有無を区別できるようになったか」
うん、そうだね。なんか一気に置いてかれたよ。カレンちゃんを師匠と呼ぶ日が来そうだ。
「今の魔法かな?私も魔法を使えたのかな」
「残念だけど違うわよ。その剣が持つ力だからね」
「そっか、でも嬉しいよ」
カレンちゃんは手にした剣を鞘に戻す。
「良かったな、カレンちゃん。魔法は俺と一緒に勉強を頑張ろうか」
「うん」
カレンちゃんが俺に首肯く。しかし、まぁ、俺が頑張りたいのは文字の勉強だけどな。魔法は才能が全くないってことだから。
「では、今日はここまでとするか」
ダンが立ち上り、男部屋に戻ろうとする。俺も続く。
「ナベ、お前はカレンにないのか」
アンドーさんが嫌らしい笑みを浮かべて言いやがった。
プレゼントの事だよな。何にもねぇよ。
「友人であり続けること以上のプレゼントなんて無いだろ?」
くっさ。自分で言いながらくっさいわ。
いずれ、機会があれば何かを贈るさ。
「ありがと、ナベ。助けてくれて、ありがとう」
カレンちゃんは二度お礼を言う。
俺は片手を上げて答えて、部屋を出た。
アンドーさんを見たら何か不満げだったが、まさか、このシチュエーションでおならをかませという事だったのか。流石にそれはないぞ、アンドー。お前がやれ。
そして、一気に部屋を精神的な意味で絶対零度並みに冷やせよ。
部屋に戻り、缶ビールでダンと乾杯した。よく冷えていて喉ごしが心地よい。
「ご苦労だったな、ナベ」
「あぁ、カレンちゃんが救われて良かったよ」
俺の言葉に満足したのか、ダンが軽く笑う。それから、真面目な顔になる。
また、変な事を言うんだろうなと思いつつ、俺はつまみの枝豆を口に入れる。
「ナベ、あと二億年、よろしくな」
その話か。まだ10日程度だから残り日数も誤差範囲だな。
俺は缶ビールを一気に飲む。とはいえ、少し残しているけどな。
「俺はお前らを信じている。だから、無事に戻してくれよ」
元の世界も二億年後になっているんなら、戻さなくとも良いけどな。何かカラクリでもあるんだろ。そう思っている。こいつらもその辺りはちゃんと考えていてくれてる感じがするしな。
まぁ、本当に時間に耐えきれなくなったらコールドスリープ的な魔法でも掛けてくれ。
「あぁ、分かっている」
ダンは一転表情を崩して、大笑いしながら言った。俺を気遣ってくれていたんだろうな。
ふん、まずは冒険者生活を堪能したいんだ。明日はちゃんとした依頼を取ろう。
こっちの世界に来て俺はまだ満喫しきれてないんだ。それまでは帰りたくないさ。
俺が帰りたいと願っても帰れないんだろうしな。なら、楽しむまでだと俺は考えている。
ビールを飲み干して、俺は自分のベッドに先に入って寝た。
次話でナベの物語は完結ということにして、二年前からのメリナのお話を新しく書こうかなと思っています。
よろしければ、そちらもご覧頂ければと存じます。
閑話にしようとして、長くなりすぎちゃいまして……




