街に入るために並ぶ
「私が望めば、出てくる」
アンドーさんは軽く俺の方を見て、また視線を前に戻して続ける。
「下僕が持ってくる」
「下僕? ティナが言っていた下の者のことか?」
「そう、下僕。世界中にいる」
「どうやって持ってくるの?」
「頑張って」
その回答は敢えて暈したのか、素だったのか。
アンドーさんの下僕とは、なかなか大変そうだな。無理難題を吹っ掛けられそうだし、そもそも指示が不明瞭でイライラしそうだ。俺なら半日でバックレだな。
アンドーさんは、もう一度俺を見た。
「お前も頑張れ。努力しない奴は腐っていく」
何をだよ。余計なお世話だ。まだ出会って半日の奴に言われたくないわ。
「下僕も大変だな。で、あの金はどこから持ってきたんだ?」
「知らない。私は良貨を望んだだけ」
「どんな下僕なんだ?」
「たくさんいて分からない」
なんだ、こいつ。頑張った部下が報われないな。
「アンジェは可愛いからね。みんな、張り切ってくれるのよね」
ティナが横から入ってくる。そして、俺にも言う。
「そろそろ列だけど、そのまま黙るか『日本語』でいなさいね」
「なんで?」
「並べば分かるわよ。感じ悪い人間になりたくないでしょ」
街の壁付近に近づく。きれいに整えて切った石材を積み上げて作ってあり、技術力は高いのだろうか。
門がいくつか見えて、それぞれに中に入る人々で列が出来ていた。
列の長さは均一でなく、また、並んでいる人々の服装も違う。どうやら身分及び入る目的で違うようだ。一番短い列、列じゃなくて御一行か。えらく立派な馬車が目立つ。恐らくは街の有力者専用の入り口なんだろう。
一番長いのは商人用の入り口だな。人数だけでなく荷馬車が列を長くしている。たまに衛兵が荷の確認を行っている。人が入った檻を積んだのもあったが見なかったことにしたい。
その辺を歩いていた衛兵にダンが尋ね、俺達が並ぶべき列を聞いてくれた。
手形無し、且つ、非居住者の列だった。そんなに長くないが、困ったことに臭い。最も貧しい者が並ぶのだろう。この人たちから発せられる臭いだ。ティナの言ってた『日本語でしゃべれ』というのはこの事か。思わず、『くさっ』と言ってしまい兼ねないものな。なかなか繊細な心遣いだな、ティナ。
俺たちのような旅人は1割くらいか。みんな、少し顔がひきつってる。
悪いことに列の進みが遅い。この列では手荷物検査が厳重なのか。いや、荷物持ってないのがほとんどだな。不審人物も多そうだから審査に時間が掛かるのかもしれない。
ちょっと耐えきれなくなってきた。澄んだ空気が吸いたい。
「トイレに行ってきて良いか?」
俺はダンに訊く。
「あぁ、俺も行こう。臭くてたまらん」
ダン、はっきり言うなよ。俺が敢えて日本語でも伏せていたところだぞ。日本語で言ったんだよな、頼むぞ。
「トイレはあっちね。さっき誰かが言っていたよ」
ティナが長屋を指して教えてくれた。こいつ、平気な顔だ。鼻が悪いのか。アンドーさんなんてジャージを伸ばして顔半分を埋もれさせてるよ。その分、おへそ辺りでシャツが出ているけど。やっぱいいな、ジャージ。
「意外にしっかりしたトイレだな」
俺は用をたしながら、ダンに話しかける。一応、大事なところは隠せるように木で間切りしてあった。
トイレとしては単純で、肩幅より少し狭い水路を跨いで行なうようになっている。その水路が間切り毎に有り、それぞれが合流せずに壁の下を潜って外に出る流れである。そのため、ダンの出したものがこっちに来ることはない。
興味本意で見た大きい方用の小部屋も同じような形式であり、和式スタイルでするのだろうか。
「街道に馬などの糞が少なかっただろ。あれも、ここの業者が清掃しているようだ」
「結構、きれい好きなんだな」
「珍しいがな。地位の高い者が関係しない所は適当にすますのが普通だ。良い統治者なのだろう」
「そう言えば、神様でも尿意はあるのか?」
「食事をしたら、ある。ただ、本当はこんな風にはしないがな。例えば、腹の中に溜まった余分なものを空間魔法で地中に移動させれば一瞬で済む」
豪快というか、魔力の無駄遣いだな。
「今回は何故そうしなかった?」
「列が臭かったというのもあるが、ナベがさっきルールを少し守ってはどうかと言うものだからな。俺もたまには人間に合わせてやろうかと思ったわけだ。ここでは魔法は禁止なんだろ。まぁ、お前としゃべる分までは自制しないがな」
ダンはそのまま笑う。こいつ、やっぱりいい奴だ。神様なのに、何か謙虚だ。いや、神様だからこそ、下々の気持ちを体験したいのか。何にしろ俺はこいつを見直した。
「ダン、お前、いい神様だな」
俺はダンの背中を叩く。
「だろう」
ダンも笑顔で返す。なんか友達になれそうだ。さっきは仲間じゃないと言われたけど。
「戻るか。臭いがきついけどな」
「あぁ、あの臭いは耐えがたいが、ナベと同じように我慢してやろう」
その心意気や、よし。
しかし、その言い方、もしや我慢しなくて良い方法があるのか、おい。
「聞くだけだが、もしかして魔法で何とかなるのか?」
「方法はいくらでもある。臭気物質を鼻に近づけさせないとか、嗅覚を麻痺させるとかな。臭いの元である人間を洗っても良いし、そもそも並ばずに中に入る手もある」
俺は少し間をおいてからダンに提案する。
「……それ、しちゃわない?」
「カッコ悪いぞ、ナベ」




