雲丹みたい
甦った竜が咆哮を上げる。その風圧は壁に反射し、それを利用して竜が後ろに下がる。
間合いを取り直したな。
ティナはその場に立ったままで見ていた。
『無詠唱での、その堅固な障壁。恐るべし』
「どうでしょ? 道具の可能性もあるけど、そう思う?」
ティナの言葉に竜は答えない。
『無駄だ。我は死なない』
「うん、分かるわよ。呪いの一種ね。解いてあげようか?」
それ、『神の加護』だろ。解けるのかよ。
でも、解くなよ。天罰が下るぞ。
竜は沈黙。
「ふふふ、でもね、私は意地悪だから、解いてあげないの。死ねないって楽しい? 苦しい?」
『どちらでも。我は主命を果たすのみ』
「強がりが好きねぇ。弱いのに」
ティナが前に出る。ちょっと言い方が嫌らしい。
イメージ的には、ねっとりして体にへばり付きそう。
消えた。
と思ったら、竜の四本の足が全て切断された。血は出ない。
胴体が太いから、アレだな。
……でっかいツチノコが出来上がってるよ。
「ティナも半端無く強いな」
「あぁ、女は強いからな」
ダンが心底そう思っているように言う。恐妻家は大変だな。
「ほらね、再生をこちらから掛けてあげると、その呪いは発動しないの」
ティナが竜に語り掛ける。
「私なら、あなたを脳ミソだけの存在にした上で再生させない事も可能だよ」
どんなSFだよ。一思いに処分してあげなさい。
「ねぇ、うちのカレンちゃんに何か思うところは無いのかしら?」
『……。何千年も繰り返されて来たことだ。今更思う心も無くなった』
「ダメよ。たかがそれくらいの期間で。刺激が足りないから、そんなに老けた考えになるの」
ティナさん、喋りながら竜を焼き尽くした。
メリナの時とは違って骨まで焼く勢いだ。
刺激が強すぎるだろ。老けた後の所へ逝って、戻って来いってか。
しかし、俺も『カレンちゃんに何も無い』って所が気に食わなかったから丁度良かった。あいつ、これくらいで死なないだろうし。
やはり、竜は生き返る。
光が現れて、消えた頃には聖竜スードワットが堂々と鎮座している。足も全部ある完全体だ。ゴキブリを潰しても足がピクピク動く、そんな気持ち悪さに通ずるものを感じる。
「それにしても、よく復活するね」
『ようやく諦めるか。ならば死ぬが良い』
「んー、誤解してるわね。こんな感じにすることも出来るのよ」
ティナが目を瞑り、両手を胸の前で合わせる。どっかの寺で見た菩薩像の構えみたい。
『万象を具現する我、ティナカレードナータヤが命ずる。惨たらしい矛を構え、そこに立つは波海の畔、雷霆の在り処。叫ぶ鱗屑は悍しき壺の持ち手にて、虚しく怨まん。忌み、呪われ、果てよ、此岸の理。絶えてはいつか、彼岸の過世』
ティナが唱えている間も竜は鈎爪が鋭い前足で攻撃していたが、全くティナへ届かない。見えない何かに弾かれている。
さっきまでのスードワットさんは落ち着いた受け答えをしている様だったけど、それと相反して、行動では、爪が欠けたり、根本に血が滲む程度には必死みたい。
何をされるのか不安だから、竜の気持ちは良く分かる。
詠唱が有る時と無い時の差ははっきり訊いたことはないけど、威力が違うんだろうな。
当然、手間の掛かる詠唱有りの方が威力が高いんだろう。
で、ティナの詠唱が完了したところで、竜の全身に金属製の杭が何本も打ち込まれていく。杭自体は何も無い空間からニョキっと出現する。
杭が全身に刺さってウニみたいになって、ようやく打ち込みが終わる。聖竜の白い体は長い杭の針で覆われて見えない。
その状態から、また聖竜は光に包まれて復活する。
えっ、ウニのまま。
串刺しの聖竜は光に包まれる。
でも、やっぱり、光が消えてもウニのまま。
竜の形は最早なく、明るく点滅する大きなウニがある。
勝ったんだと思う。スゲーよ、ティナ。
こっちに手を振ってくれているけど、ちょっとビビるぞ。圧倒的じゃないか。
「何をしたんだ、ティナ?」
決着したと判断した俺たちはティナの傍に降りた。そして、俺は訊く。
「前提を知らないと説明は難しいわよ」
「じゃあ、いいか」
「えー、楽しいんだから喋らせてよ」
どっちだよ。
ティナは嬉しそうに続ける。
「あの『神の加護』は傷付いたり、死んだ時に元の姿に戻るようになっているの。だから、私は元の姿が杭に刺さった状態に改変したの」
分からん。
「で、どうするんだよ、これ?ティナは何かを待っていた様だけど?」
そうそう、最初に「もう少し時間が要るかな」とか言っていたからな。
「んー、あとどれくらい掛かるかな」
この会話の間も竜は点滅を繰り返す。
非常に目障り。常にカメラのフラッシュを焚かれている気分だ。
自称神様連中も同様だったみたいで、ちょっと離れた所にウニ状態のヤツを転送し、ティナの再詠唱で竜を戻した。
「お目覚め、如何?」
『信じられぬ。ダマラカナ以来の世界の危機が訪れていたとは!』
その認識は正しいぞ。
少なくとも周辺一帯って意味なら世界を滅ぼせる力を持っているわ、こいつら。
「次はどうやって遊びたい?」
ティナが微笑みながらスードワットに訊くが、答えようがないだろ。
「さて、そろそろだ。ティナ、もういいだろう」
ダンがもう一度聖竜を焼いていたティナを止める。
なんか、スードワットも抵抗を止め始めている感じがした。
ただ死んで復活するだけの存在。とても嫌だな。
「人間離れした感じ」
アンドーさんが呟く。
何だ?
ティナの事か?お前もだぞ。
スードワットが遠くから喋る。
『魔族よ、平伏すが良い。神が降臨なされる』
「賢明だよ。そうじゃないと勝てないものね」
もう俺たちの傍に戻って来ていたティナはまだ平然としている。
勝つ気だな、凄いよ。言いっぷりからすると、神様とも勝負してしまいそうだな。
神様同士の争いは面倒事に繋がるって、キラムに向かう途中で言っていたけど、嘘だったのかな。
加えて、この三人は神ではない可能性が首をもたげる。悪魔神って線も残ってはいるか。
俺は空気そのものと化しているが、ちょっと焦っていた。このままでは今からお越しになる神様にもダークサイド認定されてしまいそうだ。
キャキャ、ウフフの楽しい冒険者ライフは遠退いてしまうのか。
竜の前に、上から光と鳥のような羽根が降ってくる。床に白く煌めく魔方陣が描かれ、光が収束して人の形となった。
うん、光サイドの神様だね。




