ティナが戦う
『魔族よ、忠告しよう。そなたらが考えているよりも、ダマラカナの能力は恐ろしい。末期には制御もできず、自らの仲間であっても魔力を吸い上げ滅ぼしていたのであるぞ』
「大丈夫よ。任せて。そして、あなたは死んで」
『分からぬか。あの禍々しい魔力を見ても感じぬか』
あの黒剣から出ていた奴だろう。
『怨念が我の監視を潰したのだぞ。遥か上空にいてさえもアレだ。そなたらも間近で接したではないか』
間違いない、神殿の倉庫での件だな。
『我が配下は全身から血を吹き出したのだ。死こそ免れたが、一目見ただけで、そうなるのだ。今は制御出来ていたとしても、いずれ暴走する』
その監視役は剣から魔力が出ていると言わなかったのか。言う前に倒れたか、そこまではっきり見なかったのか。
いずれにしろ、誤解されているな。
「世界を手に入れられそうね」
煽るな、バカ。話し合いで解決できたかもしれないぞ。
『プライドの高い魔族風情の考えそうな事だ。知らずして自ら死に近づくとは憐れなり』
ドラゴンが脚を立て、こちらを向く。
『メリナの命を絶たなかったことは感謝しておこう』
それは、こちらもごめんなさい。知っていたら止めました。
雰囲気的には交渉決裂っぽいな。こっちが収める気がないから交渉をしていた感じでもないけど。
いよいよ、始まるのか。
竜の再生能力がなければ、戦闘というか、一方的な屠殺が始まるところだろうな。
さて、勝てるのか。
「まだ時間が要るのかな?」
ティナが竜に訊く。何の時間だろう。
竜は無言だ。
「少し遊ばせて貰うね」
これは、こっちに訊いてきた言葉だ。ダンが首肯く。
ティナは小刀を持って駆ける。
速い!
盗賊をやった時よりも断然速い!
竜までは一直線だから目で追えないってことはなかったけど、あっという間に姿が遠くになる。
それを受けて、当然、聖竜も無防備じゃない。
まずは咆哮を上げる。
竜の傍から土埃が舞い始め、床から生えていた照明を薙ぎ倒しながら、こちらに向かってくる。
風圧がトンでもないんだろう。
なのに、ティナはそれを無視して突っ込んだ。
ちなみに、傍観している俺たちの前で、その咆哮の効果はなくなった。アンドーさんの指パッチンで。
「ナベ、見えるか?」
ダンが尋ねてきた。
「いや、全然。土煙で見えないな」
「そうか、では近づこう」
ご遠慮します。
言う前にダンが指先から紫の光を出す。
気付いたら宙に浮いていた。
ダンの紫の光が俺達を中心にして立方体の八つの頂点に位置している。
面は透明ガラスみたいに透き通っていて、全方位が確認できた。でも、竜の付近は埃が舞ったままで、聖竜スードワットさえ見えてこない。
そちらを見詰めながら、俺はダンに訊く。
「この魔法、何だよ?前から使っているよな」
「空間魔法の一つだ。便利だろ?」
「あぁ、そうだな」
「ナベ。この魔法、防御魔法」
同じく透明な箱の中にいるアンドーさんが横から教えてくれた。
「嫁からの退避目的で作られた」
あほだな、ダン。
力の無駄使いだ。
「うむ、10人の嫁の攻撃にも耐えきれる」
何をしたら、そんな集団暴力を受けることになるんだ。魔法そのものより、その開発背景が気になるな。
いや、それよりもティナだ。
アンドーさんが再度の指パッチンで視界をクリアにする。
ティナは竜の前足による横薙ぎを華麗に避けていた。
前足だけじゃないな。尾を鞭のようにしならせた一撃も完全に見切っている。
瞬間移動に近い速度で動けるからこその芸当だろう。
「ふふふ、大きな図体なのに接近戦もそれなりね」
ティナの声が聞こえた。
さっきより近付いたと言っても、戦っている所まで距離はあるぞ。
魔法で音声を拾っているのか。
『避けるだけでは、いずれ死ぬであろうに』
「遊んであげてるのよ。蒙昧ね」
竜の挑発に乗って、ティナは数歩も前に進んだ。
そこへ、竜が巨体で体当たりを入れる。こちらもティナに劣らずのスピードだった。
素早くて意外。今までの動きは、このための布石だったのか。
物理法則に則るなら、トラックに正面衝突した様にティナは体がぐしゃっと潰れた上で吹き飛ぶはず。
が、片手で竜を止めていた。
逆に、竜がそのままぐったりと力を失う。
そのままティナを押し潰すのかと思えば、壁にぶつかったように静止した。いや、見えない壁があるんだな。あの手の前に聳え立っているのか。
竜は首も力が入っていないようで、頭を重力に任せて床に落とし、口から血を吐いた。
ティナを全力で当てにいったのが裏目に出たな。
「ごめーん。やっぱり、接近戦、慣れてなかったね。竜の体当たりなんて、人間でも対策打つ所だよ」
ティナは竜が輝いて、また生気を取り戻すのを待つ。
余裕綽々だな。




