聖竜と対峙
巨大兎の場所からだいぶ進んだ。竜のいる部屋は地下深くにあるため、通路も基本は下り坂になりつつあった。坂というか穴の時も増えてきた。
「さて、この辺りか」
ダンが俺の斜め上に浮いている立体地図を見ながら確認する。
結局、アンドーさんがくれた青い筒は使うことがなかった。
敵さんが出てこなかったのだ。
すまんな、アンドーさん。でも、これはずっと貸していて欲しい。
「うん、ここだね。ここを斜めに掘れば、あのとかげの部屋への通路に繋がるわね」
「うむ、ではアンジェ、お願いする」
「了解」
三人はぱっぱっと会話してアンドーさんが即席の通路を作る。
通路と言っても転送魔法でどこかの空き部屋に土を移動させるだ。
すぐさま、奥も暗くて見通せない見事な通路が出来た。壁も天井も土が剥き出しであるため、通過中に崩れる危惧が俺には浮かぶ。
ダンは迷わず進む。俺も続く。
まぁ、この三人が一緒だから安心だな。
何かあってもアンドーさんが転送してくれるだろうし。
その後はあっさりなくらい、聖なる竜の部屋の前に着いた。
上まで5mくらいありそうなデカすぎる門扉があったので、地図を見なくとも分かった。
最初にこのダンジョンに来た時に見た扉と一緒の装飾だしな。
「この先にあのドラゴンがいるんだな?」
「そうだ。殊勝なことに逃げておらぬ」
「さて、向こうがどう出てくるかな」
ティナが門に手をやる。
こんな大きな物を一人で動かせるのか。トンレベルの重さがあるだろ。
うっは。
あいつが押したら動いたわ。動いたどころか、両方とも全開だわ。細腕にどこにこれだけの怪力があるんだ。
魔法なんだろうけど、見た目で強さが分からないのは正直怖いな。
俺も試しに開いた扉を引いてみた。
びくともしない。うむ、無理だ。
部屋にはアンドーさんと俺とでお邪魔した時に出した光球が残っていた。ドラゴンを真っ二つにした時な。
それが、上空と呼んでもいいくらい高い天井近くから光を灯している。
聖竜様はいました。頭を床に付けて寝そべっていた。
白い巨体が照らされて輝いている様にも見えた。
俺達はダンを先頭に近づいていく。
ある程度近寄ったところで、竜がゆっくりと鎌首を上げる。
『ふん、来たか』
「逃げずに待っていたことは誉めるに値する」
ダンは相変わらず不遜な感じだな。
『お主らの強さは理解した。しかし、この地は神より預かったもの。退くわけにはいかん』
「じゃあ、どうするの?抵抗する?」
そうは言いながらもティナさん、もうヤル気満々だ。
刀の柄を持って、いつでも抜刀状態です。
サングラスしたままなのにな。
『我が、そこの人間をも殺すこともできぬとはな』
ドラゴンの自嘲気味な声が頭に響く。
「魔物を転送して意識を向けさせつつ、ナベに石や火をぶつけようとしたものね」
『全て無効化されたがな』
いつだよ、それ!
俺が気付かないところで、そんな攻防がなされていたのか。
俺に言わなかったのは気遣いか。
いや、何か凶悪な蟻が足元にいた時はあったな。
あれはこのドラゴンの仕業だったと言っていた。
『さて、お主らの狙いは何であろう?』
よく喋るドラゴンだ。息が臭いし、風圧が凄いから、もういいぞ。
しかし、ダン達も話に付き合っている。最期の前に優しさを見せているのか?
「うちのカレンちゃんの獣化を早めたのは、あなたよね?」
ティナが確認に入る。
もっと怒っているのかと思っていたが、言葉は思っていたほど冷たくない。もう怒りが収まっているのか。それとも、笑いながら殺せるシリアルキラーみたいな性格なのか。
後者でないことを祈る。
『あれは獣化すべき者だ。調和を乱すことは許されない』
「そっか。でも、私たちは助けようとしていたのにひどくない?」
『全ては慈愛である。アレが獣化することも、この地を永く繁栄するための必然である』
ほう、カレンちゃんをアレ呼ばわりか。
「慈愛とはよく言う。小数を獣化させることで多数を畏れさせる。人を制御するには良いであろうが、些か乱暴ではなかろうか?」
『獣化の恐怖があるからこそ、人は禁忌を怖れる。魔族も含めて、弱き者が避けるべき領域や行動もあると知るが良い』
「例えば、神殿や教会での示唆に従えって事だよね」
『そうである。伝承や教義を守り続け繁栄を保つ。それが―』
「話が長い。一度死ね」
アンドーさんが口を開いたと思ったら、ドラゴンの首が落ちる。
首から血が噴射している。その噴圧で固定していないホースの口のように首が暴れた。血が撒き散らされる。汚ねーな。
なんだよ、もうコミカルにさえ思えてきたぞ。聖竜さんは怒られたら血が吹き出す芸風なんじゃないか。
冗談は置いて、それにしても話が長いから殺すって、忍耐力の無さが驚異的だよ、アンドーさん。
そして、さっき体を半分にして殺したから、たぶん彼が死ぬのは二度目だよ。




