無駄に傷つけてはならない
「これはどう使うの?」
アンドーさんに訊く。横からダンが答える。
「これまた、素晴らしいものだ!滅多に目に掛かれるものではないぞ。アンジェがこれほどのものを出すとはな!ナベよ、これはただ、出ろと願えば良いのだぞ」
なんだ、自称神のダンでもなかなか見ない逸品なのか。
それは期待できそうだ。
ティナも俺の持つ筒を見て言う。
「これ、アンジェが昔使ってたヤツじゃない?自作とか言ってたヤツ」
「そう。仕方ない。これしかない、ナベには」
アンドーさんの自作か。
今までのイタズラから、少し不安だぞ。大丈夫か、これ。
出ろと願ったら、魔王が出てくるとか嫌だぞ。
「使ってみなよ、ナベ」
ティナの言葉に続いて、アンドーさんが巨大兎とは反対側の通路にマネキンを出す。
両手を腰に当て胸を張った、妙に偉そうなポーズなのはアンドーさんの趣味なのだろうか。
俺は恐る恐る筒に願ってみる。兔と対決するときよりも怖いって不思議だな。アンドーさんの人徳のなせる業だ。ん?神徳になるのか。
出ろ。……ちょろっとでいいよ。
俺が願うと筒の中へ光が集まる。正確には光る何かか。
その光る何かが筒の近くで生まれ、中に入っていく。そして、光が集まりきった瞬間、筒から光が発射されマネキンに向かう。
マネキンが燃え上がった。
煙が通路を埋める。
それがこちらに向かってくる前に、アンドーさんがマネキンごと、どこかに転送した。
「凄いな、これ。これなら俺も戦える!」
俺、大満足、大興奮。
三人が魔族で、このダンジョンを出てから『さようなら。またいつか。お元気で』となっても、これがあれば生きていけそうだ。
楽しい冒険者ライフが開かれた。
やるな、アンドー、お前は本当は出来るヤツだったんだな。
「ありがとうな、アンドーさん」
「まあな」
素っ気ない返しなのに、珍しくアンドーさんが喜んでる感じがした。
「今のは熱素の塊だな」
ダンが俺に言う。よく分からんことを言う。
それは何かと尋ねる前にダンが説明してくれる。
「熱を伝える因子だ。お前の世界では分子、原子などの振動、回転などの運動が物の持つ熱だが、こちらにはこの熱素もある。熱素の多寡によっても温度が決まるのだ。魔法の基本構成因子の一つでもある」
ありがとう、ダンよ。
しかし、熱素の説明はそういうものがあるのだと思うことで流すな。俺には理解が難しそうだし、しなくて良いだろ。
要はそれが筒から出てくるということで。
「アンジェ、後で原理を教えてくれない?ナベがどうして使えるのよ?」
満足する俺の後ろで、ティナが真剣にお願いしていた。
「いい。でも、ティナが自分で考えた方が楽しい」
「んー、そうかも。そうかもだけど、早く知りたい」
身を捻って悶えるティナ。
「そうだ。あと二億年あるのよね。一万年くらいナベの時間を貰えれば、何とかなるのかな。ナベ、二人きりだよ、嬉しいよね」
すまん、幾らなんでも、一万年もお前とそんな研究をしたくない。身体的にも精神的にもヤバそうな匂いがするしな。
ティナの熱い眼差しは無視しよう。
これで兎に勝てる。俺はそう確信した。
しかし、勝てるとなると急に兎が可哀想になってきた。俺の満足のために、あいつを殺して良いのだろうか。
「もう兎はいいかな。竜の所に向かわないか」
「兎は放っておくの?」
さっきの興奮状態から元に戻っていたティナが聞き返す。
切り替え早いな。冗談だったんだな。安心した。
「ああ。もう負けないと思う」
「実戦は大事なんだけどね。ナベが言うなら、それでいいわ」
「ナベよ、お前があの兎を倒さなかったが故に、別の誰かがあの兎に喰われる可能性があるぞ」
ダンが俺に指摘する。ぐっ、その可能性は確かにある。
「それはそうだが、聖なる竜の住む場所に入ろうとするものが、あの程度の兎を気にしないだろ」
イメージだ。イメージだけで返答してやった。
「あれはあれで凶暴ではあるが、それも確かだな。しばらくはそこの肉を喰らいもするか。良かろう。進もう」
ダンは自分が倒した白いユニコーンの残骸を見ながら言った。
「優しいじゃない、ナベ。そうよ、弱いものを無駄に傷付けてはいけないのよ」
ティナ、お前さっき、メリナを黒ずみにしてたぞ。思い出せ。
「次はどっちに進むんだ?」
俺は立体図を見ながら訊く。ん?いや、確か……。
「こっち」
アンドーさんが指差した先は兎の通路だった。
そうだった。さっき見たな。
なんと不運なのか、兎よ。
ティナはやっちゃった感満載の顔だし、ダンは既に剣を抜いている。
アンドーさんに目をやると、彼女は指を鳴らす。
兎がダンが倒したユニコーンの奥に出現した。転送させたか。
優しいな。あの兎はアンドーさん的に保護対象なのか。
「もう決めたこと」
アンドーさんはダンを諌める様に言った。
言われた側も素直に剣を納める。
進む前に俺は兎を確認する。
血が付くのも物ともしない勢いで、死んで倒れているユニコーンを食べていた。白い体毛で覆われていたお顔が真っ赤です。
牙を剥き出しでガツガツしているのを見ていると生かしておいて良かったのか不安だな。俺もあんな感じで、兎の体内に入っていたのかもしれない。
しかし、さらばだ、兎。元気でな。
青い筒は手で持っていると邪魔なのと、危険な感じがしたので肩掛け鞄に入れた。
街に帰ったら、もっと良い入れ物を買おう。魔物と突然遭遇しても、ぱっと攻撃できるように。




