チキン発言
「リベンジ」
アンドーさんが俺を送ってくれる。いや、送りやがった。
兎はあそこだな。俺は三回目と同様に前進する。
しかし、兎は跳ばない。当然、奴も学習するのか。
耳は見えている。
ヤツを見ない様に、危険だが兎一跳ね分の距離ギリギリまで近付く。
なるほど、耳しか見えなかったのは窪みがあったからか。そこから別の通路が続いているのを、宙に浮かんでいる立体地図を見直して分かった。
今の戦闘には関係ないが、赤いラインも地図に入っているから、進行方向でもあるのか。
さて、俺は悩む。
更に兎の間合いに入るべきか、待つべきか。
考えていると兎の耳が消える。逃げた?
後ろを振り返ると、照明である光珠の下でティナが手を振ってくれた。
アンドーさんは進めと伝えようとしているのだろうか、指で通路奥を示す。
行くか。
俺は窪みにゆっくり近づく。
耳が出た。いたのかよ!
ここは完全にヤツの間合いだ。一跳びで俺の上に乗れる。もしくは、体当たりを直撃できる。やられたか。
俺が危機を感じた瞬間には、既に兎は跳ね出ていた。
下がっても間に合わない。
俺は刀の柄を鞘から外して、両手で振りかぶる。
切れろよ。
そう願いながら跳んでくる兎に向けて切り落とす。正確には刃がないので柄を降り下ろすだけだが。
結果、俺はアンドーさんの隣にいる。
切れなかった。
風みたいなものが柄から出て兎に当たったが、兎の巨体はそんなものをものともせず、俺を押し潰しように体に乗ったのだ。
「あら、ダメね。ナベ、本当に弱いのね。これ、普通の人ならかなりの威力が出るのよ」
うるさい。
あと、『切れろよ』って口に出さなくて良かった。とてもお寒い雰囲気になるとこだったよ。
「アンジェの棍棒は魔法が発動したのに、私のじゃダメか。なんだろ。仕込みがまだ足りないのかな。精霊を閉じ込めた上で魔力無しで意思を伝える。なかなか腕の試し甲斐があるわね」
「興味深いな。しかし、その刀も、ナベであってもその威力。さすがティナのものだ」
ダンが楽しそうに言う。威力って風が吹いた程度だぞ。
兎さん、ノーダメでしたよ。
「ナベでもあの兎を倒せる武器ねぇ。なかなか難しいわね。威力を更に増せばいけるかな。あるにはあるけど、どうしようか?危ないよね」
ティナがダンを見る。
だから、『ナベでも』って勘弁して下さい。
バズーカだとかマンシンガンとかでいいんじゃないか。
しかし、もっと良いものがあるかもしれない。ティナに訊いてみよう。
「例えば、どんなものがあるんだ?」
「私が持っているので一番強い手持ち武器だと、強烈なγ線と重力負荷を与えるヤツかな。周囲数万kmの生物が死滅するかもしれないけど」
ダメだな。それは武器じゃない。超兵器だ。
「うむ、それだと効果が完全に発動した場合には、面倒な事になるな」
ダンも付け加えて来たが、前代未聞の大虐殺を面倒な事で片付けるなよ。俺が生き残っていたとしても、罪に耐え兼ねて自殺するぞ。
っていうか、何のためにそんな物を保有してるんだよ。
「やはり、その腰のナイフでいいのではないか」
それはそうだが、俺としては他にも攻撃手段を持っておきたいのだよ。
「飛び道具がいい。弓とか」
俺は三人に言う。
遠くから攻撃できたら安心だからね。
何より、あの兎に押し倒されなくていい。
結構どころか、かなり痛いんだぞ。
「なかなかのチキン発言ね。近付いて倒すから刺激があるんでしょ」
すまないが、黙れ、胸でか!戦闘狂的な発言は控えろ。
俺はこう見えて、必死なのだよ。
「これ」
アンドーさんが指を鳴らし、青い筒を床に出す。
竹輪くらいの長さだ。穴も通っているし。
なんだろ、これ?
とりあえず、俺はティナにさっきの刃のない刀を返す。
「これ、どうしようかな、カレンちゃんにでも上げるかな」
ティナは俺から受け取りながら思案げに言う。カレンちゃんがそれを使いこなしたら、俺は更に追い付けなくなるな。
なんて思いつつ、俺は床にある青い筒を手にする。
あっ、穴の片端は閉じているんだ。
金色の装飾が筒全体に描かれているが持つのに邪魔にはならないな。象嵌の上に漆っぽいものでコーティングしてるのか。
なかなか、しっくり握れて良い感じだ。
何なのか、理解できないけど。




