大きな兎さん
相変わらず分岐が多い。メリナがいた大部屋に戻るには、立体図がなければ難しそうだ。
魔物は出るが、単発で数は少なくなった気がする。
あれから一時間ほど経っている気がするが、メリナ、大丈夫かな。ちゃんと回復しているか。
あと、俺のことを痴漢的な感じに誤解しないでいて欲しい。
というか、気が退けるがメリナの記憶を消すように、こいつらにお願いすれば良かったよ。
十字に通路がなっている所に差し掛かる。
俺たちはちょうどその真ん中の交差している所には入ったところだ。
「挟む気だな」
ダンが言う。
同時にアンドーさんが俺に杖を渡す。
何、これ?
腰のナイフでなく、これを使えって事か?護身用?
「全通路から来るよ」
ティナが朗らかに言う。
折角、俺は下がろうとしていたのに、後ろからまたサソリがやって来た。
そいつらに対して、ティナが嬉々として小刀で刺しに向かう。最早、単純作業にしか見えないくらいに簡単に仕留めて行くが、ティナは飽きていないな。むしろ、楽しそうなのが怖いよ。
進路方向の敵にはダンが当たる。バッサバッサと倒している。
左右はどうしようか。
まぁ、アンドーさんが転送でもするんだろとのんびり構えていた。さっき貰った杖は、杖として俺を支えている。
両手で杖の頭に体重を乗せると楽なんだ、これ。休憩があるとはいえ、だいぶ歩いたから足が疲れてきてるんだよ。
「左はナベ」
アンドーさんの非情な命令が聞こえた。
具体的な命令じゃないけど、そういうことだろうな。
「この杖でやれってこと?助けてくれないの?」
「そう」
アンドーさんは言い終えると、指を鳴らして右の通路にいた魔物をどこかに転送した。
左通路に対してそれをしないということは、本気で俺に言ってるのだろう。
怒ってる?炎に巻かれたのを心配しなかったどころか存在を忘れていたことを怒ってる?それとも、アンドーさんの危機でも悲しくないって答えたこと?
この杖、魔法の杖とかだといいんだけど。
振ったら火の玉とか出ないかな。
前に貰ったナイフの方が効果が分かってるからやり易いんだけど。
「死にそうになったら助けろよ」
俺はアンドーさんに一応お願いする。
アンドーさんは答えずにニヤリとした。
信じてるぞ、アンドー。
一歩前に出る。
ダンやティナが簡単に葬っていたので、俺にも出来そうな気分になっていた。
敵は何だ。
俺は目を凝らす。
アンドーさん、ドラゴンの部屋で見せたように本気で光球を出してよ。奥が暗くて見えづらい。
大きな白い耳が見えた。あの形は兎だ。
見えたと思った瞬間、それは飛び跳ねて来た!
でかっ!!
白い体が宙を飛ぶのが見える。電車の中で見た相撲取りくらいあるぞ。
一気に間合いを縮められたと思った瞬間に、また床を蹴って跳ねた。
ヤバい!届く!
俺は慌てて通路の端に寄る。
そして、杖の細い方を握り締め、叩く準備に入る。
が、兎は既に着地。
着地と同時に体の向きはそのままで横飛び。体当たりか!?
俺は兎の衝撃を受け壁に背中を打つ。
杖を前に構えていたために多少は腕でダメージを緩和できたはず。
しかし、兎に突き上げられたために足が浮き、体勢が崩れる。崩れすぎて、そのまま俺は尻を付いた。
兎は止まらない。
体当たりの衝撃で俺の息は止まったままだ。
兎は体を向き直し、口を開く。
なんで、ギザギザの鮫みたいな歯なんだよ。
俺は手に持った杖で横殴りを試みた。
息が整っていない上に座った状態、力が入らないのは分かっているが噛まれる恐怖に体が動く。腰のナイフじゃ間に合わない。
兎は一旦後ろに下がり、俺のひょろっとした攻撃を軽々と避ける。そして、もう一度俺に飛び掛かる。
俺の腹に兎の前足が乗る。鋭く尖った爪が一瞬見えた。
と同時に、俺はアンドーさんの横で座っていた。
さっきまで俺がいたはずの所で兎がこっちを見ていた。
転送?アンドーさんが助けてくれたのか。
「いいとこなし」
アンドーさんが喋るが、少しゆっくりさせてくれ。
呼吸がきつい。
「無理だよ。俺は戦ったことないし」
盗賊との一戦も、戦ったというには烏滸がましい。
杖を文字通り杖にして俺は立ち上がる。
一瞬の出来事だったとはいえ、疲れと痛みで、足がふらついたためだ。たぶん、今までのただ歩いただけの疲労も入っている。
「もう一度」
アンドーさんの言葉に戦慄を覚える。
一時期流行った、筋肉質の軍曹っぽい人のダイエットを思い出したぞ。
それに劣らず、アンドーさんのも効果覿面だと思う。
痩せるよ、これ。肉を物理的に削がれてな。




