戦闘練習
「指輪が泣くじゃない!大事に扱いなさい!」
そう言って俺から指輪を奪い取って、ティナがもう一度渡してくれる。更に、俺の指に嵌めてくれるサービス付きだ。そんなに足に嵌められるのが嫌なのか。そこまで臭くない…はず。あっ、ティナさんの手、柔らかい。ちょっと得した気分だ。
さっきは明らかに入らなかったけど、今はすっぽり俺の左手小指に納まっている。神様の不思議パワーだと思っておこう。
しかし、ピンキーリングかよ。日本だったら友人連中に『恋のおまじないなんて乙女チック』と嘲笑されてたな。
本当に地味な指輪だ。幅も狭いし、ただの鉄輪じゃん。とは言え、神様からの贈り物だ。効果については期待しているぞ。
俺達は進む。
うーん、この靴底、固い。というか、なんで木製なんだよ。クッション性が皆無なんだけど。
歩く度に石畳でパカパカ音がする。アンドーさんの運動靴が羨ましい。
「アンドーさん、この靴、痛い。底にラバー貼ってくれない?それか、交換しない?」
俺はダメ元でお願いする。何事も口にしないと伝わらないからな。
意外にアンドーさんは、要望を聞いてくれた。優しい。見直したぞ、アンドーさん。俺はラバー靴底に満足した。もちろん交換の選択肢ではなかった。
俺はティナから貰った指輪が機能するのか、擦れ違う人々に元気よく声を掛けながら歩いた。朝の挨拶運動期間中の小学生のようだ。
言葉が通じる。とても楽しい。
電信柱もビルもない、見慣れない風景もなかなか美しい。片側はさっきの林が続いているが、もう片方は草原だ。時たま、バッタが飛んでいる。まさしく冒険心が溢れ出ている俺はうずうずしていた。
「こうなんだ、スライムとか角の生えた兎とか、出てこないのか」
「この辺じゃ出ないでしょうね。街に近いから」
「戦ってみたいのか?」
「んー、どんなものなのか試してみたいのは事実だな」
「アンジェ、出してくれ。ナベの鍛練にもなる」
道沿いだと通行人がびっくりするということで、林の中に再び入る。小道もあって歩きやすいのでここは人の管理がなされている場所なのだろう。
人目に付かなさそうな、それでいてちょっとしたスペースがある場所でアンドーさんが指を鳴らすと、犬が出た。
思っきり、ドーベルマンだ。
見えない檻に入っているようで、こっちに飛び掛かろうとする度に何かにはね除けられている。それでも何度もチャレンジする、その戦闘意欲にもう負けそう。いや、負けたな。
「これと勝負するの?」
殺されるよね、これ?口からいっぱい涎とか出っちゃてるし、体長も俺くらいあるんじゃない。
「無理?」
「無理。他にいないの?もっと俺が勝てそうなやつ」
「これ、ただの犬よ」
「いや、無理だろ。勝てるはずない。噛まれている未来しか見えない」
アンドーさんが次に出したのは、でっかいだんご虫だった。軽トラくらいある……。
ただ、動きが鈍いので何とかなるか。
「武器とかないの?」
「これ使う?」
ティナが刃渡り15cmくらいのナイフを出してくれた。
「それだと近づくのが怖い」
「それじゃ、これ」
槍だ。どこから出した。でも、これならいけそう。
俺はお礼を言いながら受け取って、虫に近づく。たくさんの短い足がうにょうにょしていて非常に気持ち悪い。
間合いを測って槍を突き出す。
少し刺さった!虫、動いた!丸まった。
俺はグシグシと槍で差す。しかし、どうも外殻を突き破れていないようで途中で穂先が止まる。
丸まった虫の横に回ると、完全には柔らかい所を隠せていないことに気付いた。俺は柔らかそうな脚の付け根に槍を刺して、グリグリ回す。
あっ、脚が一本取れた。少し黄色い体液も出てる。
「…ごめん、もう止めたい」
興味本意ですべきことではなかった。団子虫が無抵抗過ぎて罪悪感でいっぱいになっていた。グロテスクさに諦めたのもある。
「情けない」
アンドーさんが辛辣な言葉と共に指を鳴らして団子虫を消す。
「危なかったね」
ティナが続ける。
「もう少しやってたら、黄色い酸液が吹き出して、痛いところだったよ」
「ガハハ、いい勉強になったのにな」
うむ、敵の抵抗云々の前に、俺には戦いは無理だ。というか、未知の生物は怖いし、気持ち悪くて近寄りたくないわ。俺は槍もティナに返した。
道に戻って進み続けると、遠くに高い塔が目立つ街並みや城壁が見え出す。
「あれが街だな、ティナ?」
「そうだね」
道横の目立つ位置に木製の看板が立っていた。へにょへにょした記号が書いてある。ん、読めない。




