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第二の人生でも久々にやらかした



 予鈴のチャイムが鳴るギリギリに教室に駆け込むと、まだグスタフ爺は来ていなかった。


 そのことに安堵し、教室の奥の空いた席に腰を落とし、安堵の息を漏らす。

 流石に授業が始まってから教室に入るのは無理だ。

 いい加減悪目立ちしているのに、更に目立つ。


 …とはいえ…グスタフ爺のことだからオレを呼んで魔法の実演でもさせるんだろうな…



 グスタフ爺はオレの魔力の大きさと魔法のセンスを見出した最初の人で、オレの茶飲み仲間。


 そしてオレに魔法の指南をした唯一の人間だ。


 そんなグスタフ爺はこの国随一の魔法の遣い手にして尊敬を集める神官長。



 …オレのチート具合のいくらかはグスタフ爺が原因じゃないのか?


 そう今更ながらに思い至っていると、本鈴のチャイムに背を押されるようにしてグスタフ爺が教室に入って来た。


 いつもなら教師は黒板の前に立って授業をするんだが、グスタフ爺はふかふかした椅子に腰かける。


「多分初めて会う者もいよう。


 儂はグスタフ・クリストフ・アルトマン。


 しがない神官をしておる」



 …しがない神官、ね…。そんな人は国王に拝謁することはありません。


 案の定、グスタフ爺の自己紹介に教室中が静かな熱気に支配される。

 それは位の高い神官に会えた興奮であり、その人に魔法の手解きをされることに対しての期待であった。



 しかし、オレは何の期待も不安も抱いていない。


 …どんな時でもグスタフ爺はグスタフ爺だよな…


 オレのグスタフ爺への評価はこの一言に尽きる。


 好々爺で常識人に見えて、この爺さん、やる時はとんでもない事をやらかす。



 長い付き合いで培われた諦観に似た心構えで、グスタフ爺が今日の授業内容を告げるのを待つ。


 グスタフ爺は柔和な笑みでさらりととんでもない事を言った。


「今日は諸君に召喚魔法をやってもらいたいと思う」


 途端にどよめく周囲。そっとため息をつくオレ。


 …召喚魔法て…。

 それ、大学の、それも院に行かないと習わないんじゃないかな…。それも、習ってもその人のセンスに依存する超ド級の難易度を誇るような魔法だよな。


 そんな感想を抱き、遠い目をしていると、グスタフ爺は柔和な顔を更に和らげ、こちらに向かって手招きする。


「アレク坊。おいで」


 すかさず机に突っ伏した。

 クラス中の視線が突き刺さり、近くにいる奴が小突くが、頑として起きるものか。


 やだよ!絶対オレに実演させる気だろ!?

 多分出来るだろうし!!

 行かないからな!!


 机に伏せたまま、そんな確固たる意志を固める。


 オレの反応にグスタフ爺はしばし無言だ。


 多分、顎髭を撫でているんだろう。何か考える時のグスタフ爺の癖だ。

 そして、大抵そうした後は状況を打破するとっておきの秘策を思いつく。


 今日もそうだったようで、グスタフ爺はおもむろにこう告げた。


「ダニエラ。アレク坊を連れておいで」


「はい」


 返事と共にオレの背後に現れた気配。


 だから何でウチのメイドはこうも神出鬼没かなぁ!?


 そう内心絶句しながら、ガバリと跳ね起きる。


「起きてる!!起きてるから!!


 今から行くから待っててグスタフ爺!!」



 観念して起き上がり、グスタフ爺の元へ行くと、満足げに微笑む。その間にまたダニエラは音も無く姿を消した。


 …ソルジャーメイド改め、くノ一メイドって呼んでやろうか…


 相変わらずウチのメイドさんの成長は天井知らずだ。

 …ただ、その方向性がどんどんおかしな方向へ行っているのが不安と言えば不安だ。


 …ダニエラ…これから先オレとどんな状況に陥ると想定して各種技能を習得しているのかな?



 しかし、近くに行って気がついたが、グスタフ爺の座る椅子は高級品だった。

 それこそ、校長も座れないだろう、というような上等な代物だ。


 多分、グスタフ爺が来るって聞いて慌てて用意したんだろうな…


 グスタフ爺はオレを前にすると手を彷徨わせ、くるりと円を描きながら「こうじゃ」と言う。

 教室中の生徒はぽかーんとしている。


 ……そう。これがグスタフ爺の指導法だ。



 グスタフ爺はこの見た目に反して、と言うべきか、むしろこの見た目の通り、と言うべきか、完璧な天才肌タイプだ。


 故に、天才の御多分に漏れず、人に何かを教えることに向いていない。

 自分の感覚やひらめきで様々な事をやって来たグスタフ爺は、体系立てた方法で人に何かを伝えていくことが出来ない。



 だが、前世(むかし)から『考えるな、感じるんだ』方式でやって来たオレにはグスタフ爺の言わんとする所が理解出来る。理解出来てしまう。


 今だってそうで、オレはため息をつきながら上着のポケットから片眼鏡モノクルを取り出し、左目にはめる。



 オレは魔法を使うと容姿が劇的に変わる。

 そこで作った、オレが魔法を使った姿を周囲から認識されないよう、そういった魔法を付与した魔具だ。

 一応対外的には〝魔力制御〟の魔具ということになっている。


 作ってからはお蔵入りしていたんだが、グスタフ爺がやって来るとあって引き出しの奥から引っ張り出してきた。



 これは学校に入ってカールに特訓を付けるにあたって作ったものだからグスタフ爺はその存在を知らないんだが、オレが取り出した魔具にざわめく周囲の中、一人だけ悠然と微笑むのみ。


 …一応〝魔術誤認〟の魔法も付加しているんだけど、やっぱり通じないか…


 改めてこの爺さんのハイスペック加減を噛み締めながら、魔力を放出する。


 魔力を放出した時特有の静謐な空気に包まれたまま、次いで、宙に突き出した手の平で大きな円を描く。


 イメージとしては、放出した魔力がペンキ、そして魔力を集中させた手の平が筆だ。


 多分この場にいる魔法の心得のある人間には、オレが描いた黄緑色の蛍光色の円が見えている事だろう。


 こうして円を描くことで、召喚されるような高位の存在のいる場所や時空と繋ぐ通り道を作る。


 今回はあくまでお試しレベルだから、魔力もごくごく抑えておいた。

 だから呼ばれるのは妖精とか精霊とかかな、と思っていた。



 …ええ。思っていましたよ。ここ最近自分の魔力の大きさを実感する機会も無かったもので。

 そして神様の過保護(しゅご)も長らく御無沙汰なもので。



 召喚成功の証の、円から発された眩い光に包まれた後、オレの突き出したままの手にじゃれついていたのは、子犬程度の大きさの赤い生物。


 いくらサイズが小さいといっても、その身体を浮かせるには不釣り合いに思える小さな羽を持ったトカゲのような不思議生物。


 全体的に尖ったフォルムのそれは、どう考えてもある種族しか該当しそうにない。



 …そのくせ、コロコロッと丸っこい印象だが。まだ子供のせいかね?


 オレはそう見当外れな感想を抱き、片目をすがめただけだが、周りはそうもいかなかたようだ。


 シン、と不自然なまでの静寂を破り、とある男子生徒の口からその種族が告げられる。


「…ドラゴン…?」



 ああ。オレもそう思うよ。


 …今からでもクーリング・オフ出来ないかな?チェンジでもいいんだけど




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