第二の人生は加速する
二学期が始まってもオレは沈んだままだった。
おまけに何か集中して取り組まないといけない、という事が無く、時間ばかりあったから、中々浮上しなかった。
というのも、学校に入って以来置かれているオレの環境による。
小学校の時点では生徒は全員貴族なので、それを加味した教育方針を取られている。
その一例は夏季休暇で宿題が出されない事だ。
皆貴族の坊ちゃん・嬢ちゃんだから、家に帰ったとなると各々の家で家庭教師を付けられ、勉学に励まされる。
だから、長期休暇の間に弛まないようにと、わざわざ宿題を出す必要も無い。
それに、もし宿題が出されていたとしても、オレはさして困らなかっただろう。
オレが受けている授業、人より少ないし。
それというのも、学校の教師のほとんどが、三歳の時に王城で国王に謁見するにあたって、祖父さんに付けられた教師陣だったからだ。
初めての礼法の授業でも、貴族学でも、歴史でも、その他諸々の初めての授業で教師と顔が会う度に驚愕され、「グーテンベルクはこの授業を受けなくて結構です!!」と丁重に退出願われた。
…オレに友達いないのって、これもあるんじゃないか?
事情の知らない生徒達は一体何者かと思うよこれじゃ。
何か後ろ暗い事をしていたり、何か脅したりしたわけじゃありません。
ただ、意地になって授業に食らいつき、数日でマスターしただけです。
そういう経緯で、オレがまともに受けられるのが前世と同じような小学校の普通教科のみになっている。
そっちは曲がりなりにも元高校生だから困るわけも無い。
オレとしては空き時間に思うまま魔法の開発・実験が出来るし、読書も出来る、と願ったり叶ったりだった。
このような生徒の授業内容の習熟度に合わせた柔軟な対応はこの学校ではさして珍しい事じゃない。
しかし、本来こうした特別措置を取られるのは、公・侯爵家の不良(素行が悪いが成績が良い)息子・娘くらいだ。
伯爵家の、それも次男のオレに講じられるのは異例の事と言っていい。
その制度を聞かされた時、こう思ったものだ。
そんな問題児を野放しにしていいのか?学校側、と。
とはいえ、突っ返す事もせず、有難くその恩恵に与っている時点でオレにどうこう言う権利は無いが。
そこで今日も今日とてポカリと空いた自由時間に学校の敷地の端にある小高い丘の草むらに寝そべっていた。
…どうすっかな…
答えの出ない、そもそも何の解決策を見出したいのかもしかと定まっていない、建設的でない思案を頭に思い描く。
そのまま雲の流れる様でも眺めて過ごそう、と思った時だ。
子供の戯れる声が聞こえてきた。
「ウィン〇ーディアム・レヴィオーサ!!」
「だからレヴィ、じゃなくてレビだっての!!
お前は〇ンか!!そしたらオレはハー〇イオニー!?」
………ああ。
〇ンが何回もその呪文を言い間違えて、その度にハー〇イオニーが指摘していたから、それでか。
何事かと思った。
どうやら必死になってハリ〇タの呪文を再現しようとしているようだ。
こっそりと土手から首を伸ばして覗き込むと、眼下の窪みのようになっている開けた場所で男子生徒と女子生徒が向き合っていた。
見た所オレと同年代に見える。
………もしかして、ヘビ男か?
そう言えば入学して一月ぐらいの時に、オレが戯れに言い放ったハリ〇タの呪文に反応した男子生徒がいた。
その時返されたのがマル〇ォイの蛇の呪文だったので、心の中で〝ヘビ男〟と呼んでいた。
正直、カールとの特訓とか、ニーナのお使いとか、濃い出来事の目白押しですっかり忘れていた。
前回は即座に追いかけて逃げられたので、今回はこのまま様子を窺うことにした。
男子生徒は遠目にも色鮮やかな赤毛で、女子生徒は金髪に縦ロールという高飛車なお嬢様のテンプレの髪型の持ち主。
この組み合わせには見覚えがある。
攻略対象者の〝侯爵子息〟、ディートハルト・ハインツ・アーベルと、そのルートでの〝ライバルキャラ〟、エレオノーラ・ヴェンデルガルド・ブルックナー嬢だ。
…原作ではディートハルトは〝傍若無人のオレ様〟で、プレイヤーから〝謀略王子〟とまで呼ばれていた。
そしてエレオノーラ嬢は〝腹黒で執念深い悪役令嬢〟。
彼女がBADENDを迎えると、ネット上で『ざまぁwww』コメを打ち込むのが様式美だったという、清々しい悪役っぷり。
二人とも、間違っても、架空の呪文の特訓に心血を注ぐような熱血でも、馬鹿でもなかったはずだ。
それからも飽きもせずに次々とハリ〇タの呪文を持ち出しては唱える二人の様子を眺め、頬杖をついて結論を下す。
…これ、二人とも〝転生者〟じゃね?
初めはどっちか一方が転生者で、もう一方はそれに感化されただけかと思っていたが、明らかに二人ともハリ〇タ(げんさく)を知っている。かつ、心底夢中になった時期がある。
オレも、小学生の時には悪友二人と休み時間に呪文を言い合っていたものだ。
二人の光景はあの時のオレ達と同じだ。
懐かしさに浸りながら様子を眺めていると、ふとあの時の思い出が脳裏を過ぎる。
小学生だったある日。
いつものように休み時間に教室の後ろでオレと爽介が向き合い、呪文を言い合っていた。
横で澄ました様にオレ達を眺めている佑也も、本から書き出した手製の呪文帳を手にしている。
『リディ〇ラス!!』
『アグ〇メンティ!!』
『……ん?』
そんな呪文あったか?
そんな思いを胸に佑也を見ると、佑也にも聞き覚えが無いのか、ノートを捲っている。
『…あった。杖の先から水を噴出させる呪文だ』
『………何でまたそんな呪文を…』
そう言うと、爽介は胸を張って堂々と言ってのけた。
『これを使えば女子の下着が濡れ濡れのスケスケだろ!!』
『『………』』
思い返した昔の記憶に頭を抱えた。
…そうだ…爽介、心霊スポットだけじゃなくて、覗きスポット探しにも執心してた…
悪友の一人・爽介はいっそ清々しいと思えるくらいエロに熱意を傾ける奴だった。
その企みに付き合わされて(時には便乗して)どんな目に遭った事か…。
「…エレン(エレオノーラの愛称の一つ)。さっきからチョイスおかしくないか?」
「わかってないなぁ。ディー。
全ては理想のエロシチュエーションを作り出す為だろうが!!」
「………」
どうにか立ち直ったオレの耳にはそんなディートハルトとエレオノーラ嬢の会話が。
…エレオノーラ嬢の思考、まんま爽介だな
そんな感想を抱いていると、ディートハルトは腕組みをし、深くため息をつく。
「…お前、本っ当に前世っから変わらないな。
前世も『これを使えば女子の下着が濡れ濡れのスケスケだろ!!』ってマイナーな呪文引っ張り出してきて…」
「ってか爽介かよ!!」
土手から身を乗り出して突っ込むと、二人と顔が合った。
ポカンとする二人の間抜け面にも見覚えがある。
もう別人に生まれ変わって、骨格も容姿も何もかも変わってもわかるもんなんだな。
まさかの今世初の〝転生者〟はオレの悪友達だった。




