第二の人生は覆らない
カールの家から屋敷に戻ると、ケータイ(携帯式伝達魔石)に伝言が届いた。
伝言というのはメールみたいなもんだが、これには便利な機能がある。
それは、時間や場所などの条件を入力すると、その条件が満たされた時に伝言が届く、というものだ。
今回はオレが屋敷に戻った直後、だったようだ。
伝言の表示画面を開くとグスタフ爺からで、帰り次第教会に来い、との事だった。
直々のお招きなので、さっさと行くことにする。
そうでなくとも、帰っていくらか息抜きしてから教会に行くつもりではあった。
祈りを捧げたり、何かを懺悔したりする為ではなく、グスタフ爺に会いに行く為だ。
だったら丁度いいと、今度は家の馬車に乗って教会に向かった。
教会に行くと、ニコニコ顔のグスタフ爺が出迎え、オレを抱きしめる。
…うん。毎回こうされてどこかくすぐったくて照れ臭いし、胸元まであるもじゃもじゃの髭で息がしにくくなる。
かといってやめてくれと言ったら悲しそうな顔でしょんぼりするんだろうから、未だに言い出せずにいる。
グスタフ爺はダニエラにも両頬にハグをして出迎える。
ダニエラは微動だにしないポーカーフェイスだが、わずかに頬がピクリと動く。
…多分純粋な親愛の情だと思うから、我慢したって…
いつものグスタフ爺の部屋で向かい合って茶をすると、ふと思い出したように聞いてきた。
「今日、ヴォルフガング様とお会いしたそうじゃな」
「あれ?お忍びじゃないの?」
カップを手にキョトンとすると、首をフルフルと左右に振る。
「いいや。今城内が慌ただしくての。ヴォルフガング様はお母君のご生家に宿下がりしておられる」
何となく嫌な予感がしてカップをソーサーに置き、気持ち背筋を正す。
「…まさか、ハインツの奴、狙われているのか?」
すると、グスタフ爺は目をパチクリさせる。
「…ハインツ?ミドルネームでお呼びしているのか?」
「ああ。ヴォルフでいいって言ったけど、ヴォルフは祖父さんの名前だからって、こう呼ぶことにした」
オレの答えにグスタフ爺はしみじみとした表情をする。
「…そうか。ミドルネームのハインリヒは亡くなられたお母君が付けられた名でな。殿下は特に大事になさっておいでだ」
…オイオイ…原作より親密度上がってんじゃねぇか…
あまり仲良くならないよう一線を引いたはずだったのにな…。
これじゃ、ヴォルフガングの王太子指名が音を立てて近づいて来かねない。
しかし、オレの原作回避はどの道無駄だったようだ。
グスタフ爺は身を屈め、ヒソヒソ声で教えてくれた。
「…今、王太子様が病の床に就かれておいでじゃ」
もたらされた情報に目を見張った。
それは確かに〝第二王子〟を城内から避難させないといけない。
病気がうつっても困るし、万一の時を考えた敵対勢力の毒牙にかかりかねないからだ。
「儂でも手に負えんでの。
姫様や聖女殿にもお出まし願ったが、一向に良くなられんかった」
姫様?聖女殿?
聞き慣れぬ単語に内心で首を捻ったが、すぐに思い出した。
ああ。第二王女と、例の王国付き魔術師一族の秘蔵っ子・寵愛持ちのお嬢さんか。
確か二人とも、オレの一つ二つ下のはずだ。
〝姫〟呼びは王女だから、〝聖女〟呼びはその一族の中で巫女のような役目を果たしている事から付いた呼び名だ。
聖女なのに〝殿〟と呼ばれるのは、引き合いに出される王女との身分の釣り合いを考えての事だ。
いかに王国付き魔術師の一族といえど、王族の姫の方がはるかに高い地位だ。
それなのに〝姫〟よりも格式高い〝聖女〟という呼び名に〝様〟まで付けたら王女が格下に思われる。
そういった配慮から付けられた呼び名だ。
…つくづく貴族社会は面倒臭い…
そんな二人は生まれながらに膨大な魔力を持ち、かつ治癒魔法に長けている。
オレが王城にまで呼び出されながら、以来捨て置かれているのはこの二人がいるからだ。
いかに膨大な魔力があろうと、魔法の才覚があろうと、平和な世では治癒魔法の方が数段役に立つ。
多分オレの事は他国からの脅威が襲いかかってきた時の相討ち狙いの捨て駒だとしか思っていない。
…そうか…。そんな二人にまでお出まし願ったのに打つ手無し、か。
こうなると王太子の命は風前の灯火だ。
原作より四年生き延び、その最期もいくらか安らかなものと言えど、気休めにもならない。
ヴォルフガングも、出来た猶予期間でのびのびとした幼少期を過ごせたが、その分、肚を括る期間が与えられなかった。
それからは打って変わってオレの学校生活の話などの話題を振って来たが、オレの気は晴れなかった。
原作が始まるのはヒロインが高等部から入学してくる十一年後。
だってのに、誰の意思にも関係なく、着々とお膳立てが整えられていく。
傍観し、たとえ物語が始まっても介入しないでおこうと決めていたオレだが、この様子だと否応なしに舞台上に引き摺り出されるのかもしれない。
その頃には身近で助けてくれるダニエラ(味方)もいないだろう。
ダニエラは二十歳前からグーテンベルク家に仕え、その数年後に兄貴が生まれたというから、もう三十近い。
物語が始まる頃には四十に手が届く。
そうなるといかにダニエラといえど、敵に遅れを取りかねない。
それに、その年代には老後を見据え、高い地位を目指す時だ。
オレに付き合わせてその邪魔をするわけにいかない。
まぁ、そもそもお付きを伴っての学園生活が許されるのは小学校の間だけなんだが。
中等部以降は学校が雇った使用人が生徒の身の回りの世話をすることになっている。
オレは友人も、味方も無くそんな中に放り出される。
そんな現実を思い知らされた。
そんな、鉛を飲んだ思いのまま夏休みを終え、学校に戻った。




